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第14話 「罪深き愚者の敗走」

 今回は四千語百字と少し少なめです。


 鳥たちの声が、あちこちから聞こえてくる。

 魔樹海には空が無く、当然朝日を拝むことも出来ない。しかし、鳥たちのその歌声が、僕たちに朝の訪れを知らせていた。


――ついにこの時が来ちゃったよ……。


 あまりの緊張からいつも以上に早く起きてしまった僕は、すでに起床していたズーシャさんと師匠の二人と共に、僕たちが持ってきた果物で軽い朝食を済ませた後、この広場にやって来た。

 シーフ族の集落西部。そこはシーフ族の子どもたちが使う遊び場で、いつもは何もない所らしいのだが、今回は僕の試練をやるために柵を円形につなげて作った特設リングが設置されていた。


 周りには見物けんぶつするために集まったと思われる集落の人々がちらほらと見受みうけられる。ただでさえ体がガチガチに固まっているのに、これだと余計に緊張する。僕は自分の体をほぐそうと、その場で何回か軽く飛び跳ねてみるが、試練の時間が近づくにつれ緊張は増していく。


「だいぶ緊張しているみたいだな。大丈夫か?」


「えっ? あっ、師匠」


 落ち着きあるハスキーな声に僕が横を見ると、そこには露出度多めな普段着の格好をした師匠が立っていた。


「ハルなら大丈夫だ。もし危険を感じたらやめればいい。その時は、私が助けてやる」


「は、はい……」


 僕は緊張のあまりそれしか答えられない。

 今回は試合形式で、周りには師匠やズーシャさんのような強い人が何人もいる。本当に危なくなったときは助けてくれるだろう。

 魔樹海のような弱肉強食を絵に描いたような所で戦うより、今のような環境で戦う方が何倍も安全で恵まれているということは理解している。


 でも、やっぱり初めて魔獣と戦うということに恐怖を覚えずにはいられない。

 カムルが魔獣に食い殺されたあのシーンが、頭の中にこびりついて離れないのだ。あの時を思い出すたび、体は僕の意識とは関係なく強張ってしまう。


「し、師匠は……」


「ん?」


「師匠は魔獣と戦うことが、怖くないんですか? むき出しの敵意を向けられることが、怖くはないんですか?」


「…………」


「僕は、怖いです。あのギラギラした瞳や鋭い牙を向けられるたび、逃げ出したくて堪らなくなるんです。師匠は……」


「私だって怖いさ」


「えっ?」


 その意外な言葉に僕は隣りに目を向けるが、師匠はまっすぐに前を向いたまま話を続ける。


「私は死なないが、それでも未だに怖い。あの敵意を向けられると、心の底から逃げ出したくなる。長年生きている私がそうなんだ。初めて魔獣と向かい合うハルが怖いのは当然さ」


「師匠でも怖いんですね」


「当り前だよ。あの恐怖は慣れるようなものじゃない。もし怖くないと言っている奴がいるとすれば、その方が危険だ。人としての何か大切なものを失っているということだからな」


 師匠は僕の方を見て、優しく微笑む。


「だから、怖いと思っていることを恥じることはない。その恐怖心に立ち向かえるかどうか、それが一番大切だ」


「はい!」


 怖いと思うのは当然。

 大切なのは、おのれの恐怖に負けず、どう立ち向かっていけるのか。

 僕はその通りだと思った。

 確かに、魔獣は怖い。それでも、僕には守りたい人がいる。やり遂げたいことがある。

 だから。

 だからこそ、今ここで立ち向かわなければならないんだ。


「ありがとうございます、師匠。おかげで勇気が出てきました。僕は、僕に出来ることを全力でやってみます!」


「そうか。元気が出たみたいで何よりだ。ただ、無理だけはするなよ」


「はい!!」


 そうして幾分か僕の緊張が和らぐと、滑車の付いた巨大な鉄檻てつおりを引っ張る数人のシーフ族の人たちが広場に現れた。

 彼らは重そうなそれを皆で力を合わせて柵の中へと入れる。多分、あの中に僕の敵であるヒートドッグが入れられているのだろう。

 柵の確認や魔獣の移動など、今日の試練の準備を見守っていたズーシャさんは、僕の視線に気づいて近づいてくる。


「どうだ? 準備はできたか?」


「はい! もういつでも行けます」


「それは結構」


 ズーシャさんはニヤリと笑って鋭い牙を見せると、何かを思い出したのか「そうだ」と言って手を打つ。


「昨日聞くのを忘れていたんだが、ハル君は武器を持っているか?」


「え、あっ……」


 魔獣と戦うことに気を取られて、武器のことをすっかり忘れてた。

 無いことにはないが、本当に使えるのか分からない。

 僕はザザムさんから貰い受けたナイフをズーシャさんに見せてみる。


「これは?」


長尾シュルツ族の族長から譲ってもらったものです。かなり錆びているんですが、使えるでしょうか?」


「ふむ。なるほどな」


 彼は僕のナイフを受け取ると、それをまじまじと見る。


「確かにかなり錆びついているな。だが……」


 ズーシャさんは顎に手を添えてしばらく考え込むと、一つ頷いて僕にそのナイフを返してくれる。


「多分、今回の戦いでは大丈夫だろう。魔獣もHランクと低いし、問題ない」


「そうですか……」


「だが、君がどうしても不安だと言うなら、集落の物を使ってもらっても構わない。どうする?」


 僕は彼からそれを受け取ると、長尾シュルツ族のナイフに視線を落とす。

 ザザムさんから託されたそれは大きさもちょうどよく、軽くて扱いやすい。刀身は錆びついているが、それでもこのナイフには惹かれるものがある。

 何がどうとは言えないが、それでもこのナイフに魅力を感じている自分がいた。

 僕は手の中にあるナイフを握りしめる。


「いえ、このナイフを使うことにします。これといった根拠はないんですが、何となくこれを使った方がいいような気がして」


 ズーシャさんはそれを聞いて一つ頷く。


「うむ。君がそう言うなら、その方がいいのだろう。それに、今後そのナイフを使っていこうと思っているのなら、道具に慣れておくのは必要なことだ。やはりナイフと一言に言っても、初めて使う物はどこか違う。武器を大切にする者は、武器にも大切にされるからな」


「はい!!」


「さて、少し長話をしてしまったな。観客も飽き始めるころだ。そろそろ準備を始めるぞ」


「はい! よろしくお願いします!!」


 僕は怯える心に決意を刻むよう、勢いよく返事をした。







「さてこれより、ハル・リベルス氏の試練を始める! 挑戦者は柵の中へ!!」


 ズーシャさんの掛け声で、僕は柵の中、鉄檻てつおりの真正面へと歩み出る。


「では今回のルールを説明する。ルールはいたって簡単。今入っている柵の中から出ることなく、自分だけの力で檻の中から放たれた魔獣を倒すこと。それが出来れば、我らシーフ族の呪いを授ける! もし自分が危険と感じた場合、柵の外に出ることでこの試練を棄権することもできる。ただし、その場合は向こう三か月、この試練には挑戦できないものとする。また、この集落の族長である私が危険と判断した場合、即座に試練は中止とし、その場合もまた向こう三か月は試練に挑戦できないものとする! これに同意するならば、挑戦者は我の声に答えよ!!」


 僕は目の前にある檻を見つめたまま、決意と共に返事をする。


「はい! 同意します!!」


「うむ。ここに契りは交わされた! それでは、魔獣を放て!!」


 彼の掛け声で、僕の正面に置かれている檻の扉が開けられる。金属独特の重低音を響かせながら開いたそこから、大型犬ほどの魔獣、通称ヒートドッグが悠然と歩み出てくる。口輪くちわをはめられ、鎖が首に着けられている姿は昨日のままだったが、その瞳は明らかに違う。


 敵意。


 瞳はギラギラとした光を放ち、目の前に立つ僕へと射殺さんばかりの敵意を向けてきていた。

 僕は右手に持っているナイフを握りなおすと、目を閉じて一度大きく深呼吸をする。


「私の掛け声と同時に魔獣の鎖と口輪くちわは外れ、試練開始となる!  ハル・リベルス、準備はよいか!!」


 僕はその声で瞼を開け、目の前に繋がれている敵を睨みつける。


――君に恨みはないけど、勝たせてもらうよ。僕が僕の大切な人を守るために!


 僕はナイフを構え、少し腰を落として臨戦態勢に入る。


「いつでも大丈夫です! お願いします!!」


「よし! それでは、試練開始!!」


 ズーシャさんのその声と共に、試練は始まった。








「ガルアァァァァァァァ!!」


 口輪くちわと鎖が外れたヒートドッグは、その体からは想像できない大きな咆哮ほうこうをあげる。

 しかし体の底から震えるようなそれにも、僕は一歩も引かない。

 正直怖い。出来ることなら、今すぐにでも逃げ出したい。

 でも、僕にはやり遂げたいこと、やり遂げなければならないことがある!

 僕は、右手のナイフを握り直し、ヒートドッグから目を離さず昨日のガノンとのやり取りを思い出す。




『魔獣を前にすると、きっとハルの体は言うことを聞かなくなるだろう。手足は震え、力が入らなくなる。視界も狭くなり、自分の心臓の音しか聞こえなくなるはずだ。でも、それでいい。魔獣と戦う時、特に初めて彼らを前にしたときはそうなるのが自然だ。だから、最初は相手の攻撃を避けることだけ考えろ。相手にスキが出来たとしても、ただ自分の身を守ることだけを考えるんだ』


『でもそれだと勝てないんじゃ?』


『確かにな。だが、それが勝負では重要なんだ』


『どういうこと?』


『狩りで一番大切なことは何だと思う?』


『狩りで大切なこと? うーん。それはやっぱり、獲物を見つけて素早く仕留めることじゃないの?』


『そう思うだろ? だが違う。狩りで一番大切なこと。それはな、相手を知ることさ。相手の動きを観察し、そこから癖や行動パターンを知る。そうすれば、どんな状況になっても対応することが出来るんだ』


『そうかもしれないけど、僕にそんなことできるのかな……? 逃げるだけならまだしも、相手を観察するなんて……。そんな余裕ないよ』


『そうだな。だから、俺がお前に秘策を授けてやる』


『秘策? それって?』


『試練が始まったら、間髪入れずに呪術を使え。体力とか、今後のこととか考えず、すぐに呪術を使うんだ。そうすれば、相手はそれを察知して全力で襲ってくる。最初は大変だろう。だがな、次第に相手の体力がなくなってくる。そうなったらこっちのものだ。相手の弱点を探し、そこを全力で叩くだけ。だから、最初から全力で行け! 躊躇せず、お前の呪術を見せてやれ!!』




――ありがとう、ガノン。君のアドバイスのおかげで、僕は今ここに立ててるよ。


「さて勝負と行こうか、ヒートドッグ!」


 僕は目を閉じて、もう一度深呼吸すると、自分の胸にある呪核じゅかくに意識を向ける。

 ほのかに熱を帯びるそれは、確かに僕の中にあった。

 僕はその存在に語り掛けるよう、ゆっくりと祈りじゅもんを紡ぎ始める。


「《我が名は愚者ぐしゃ、敗者にしてあわれな道化。心と体をメッキでおおい、救世主を名乗るその姿は、ハリボテの案山子かかし。憧れを抱き、涙を流しながら笑うそれは、まさに道化。叶わぬと知りながら諦めぬその背中に、人々は嘲笑と共に指をさす。傲慢ごうまんにして強欲の我は、今、歩む!》」


 僕は瞳を開け、その名を口にする。


「『呪術・罪深き愚者ぐしゃ敗走はいそう』」


 その瞬間、胸に埋め込まれた呪核が膨らみ、己の形を変え、漆黒の触手を僕の体中に張り巡らす。体の表面を動きまわったそれは、腕や脚、顔や心臓にまで触手をいきわたらせると、満足したように動きを止めた。


「待たせたね。さあ、勝負だ!!」


「グルガァァァ!!」


 宣言と同時に、恐ろしい魔獣は僕に向かって走り出した。


 

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