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第8話 「決意」

 今回は五千字程度となっております。

 早朝。

 僕は何故かベッドではなく床の上で目を覚ますと、その見覚えのない部屋の様子から今自分が古種こしゅの集落にいることを思い出す。


――そっか……。昨日、師匠と一緒に古種こしゅの集落に来たんだっけ……。


 僕は床で寝た代償によってカチコチに固まった体を無理やり起こす。


「いてて。なんで僕は床で寝てるんだ……」


 まだ寝ぼけている頭を働かせ、昨日のことを思い出す。

 確か昨日は師匠が部屋を出て行ったあと、ヤコさんの特製スープを食べて寝転がりながら考えていた。

 結局僕はどうしたいのか、誰を守りたいのかを。


「あのまんま寝ちゃったみたいだな……」


 慣れない魔樹海を歩いて疲れていたとはいえ、呑気に床で寝てしまうなんて、僕はなにをやってるんだろう。

 間抜けな自分に呆れつつ、僕は昨日食べてそのままにしてしまったお椀を持って部屋を出る。

 廊下を歩いて昨日ザザムさんと話した居間に入ると、最初に出迎えてくれたのは彼の奥さんであるヤコさんだった。


「おはようございます」

「あらハルさん、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」

「はい。とても。ただ床で寝てしまったので、体が少し痛いですが……」


 僕はヤコさんにお椀を返す。


「すいません。返すのが遅くなってしまって。とてもおいしかったです」

「いえ、気になさらないで下さい。お口にあったようで何よりです。二人とももう起きてて、今は散歩に出かけてます。もうすぐ戻ってくるとでしょうから、座って待っててください」


 ヤコさんはそう言って優しく微笑むと、お椀を持って奥の台所に消えていった。

 一人残された僕は、ヤコさんに言われた通り座って待たせてもらう。


 昨日と同じ居間。

 しかし昨日とは違って、僕の心はもう決まっていた。

 僕はどうしたいのか。

 誰を守りたいのか。

 呪術師になるということ。

 強くなること。

 覚悟のこと。

 そして、自分自身のこと。


 出した結論が正しいのかは分からない。

 もしかしたら間違っているのかもしれない。

 それでも、僕はもう迷わない。

 僕の出した結論が例え間違ったものだったとしても、今は全てを背負う覚悟がある。

 僕は、静かにその時を待った。








「待たせてすまなかったのう。全員揃ったし、早速本題に入ろうか」


 二人が戻ってきて、それぞれが席に着くのを確認したザザムさんはそう切り出した。


「昨日も話した通り、君に呪核じゅかくを授ける条件は、師匠であるソフィアを殺すことじゃ。それは理解しておるな?」

「はい」


 真っ直ぐに僕を見てくるザザムさんに、僕は目を逸らさずそう答える


「うむ。では、君の結論を聞かせてもらおうかのう。――ハル君、君はソフィアを殺し、呪術師になる覚悟はあるかい?」


 ザザムさんの問い。

 昨日は答えられなかったその問いに、僕は一度大きく息を吸う。

 そして決意を胸に、僕は口を開いた。


「僕は……、親友を失ったあの時から、ずっと強くなりたいと思ってました。大切な人を守れるほどに、もう誰も失わないほどに、強くなりたい、強くならなければと思ってました。もちろん、今でもそう思っています。呪術の力は僕のこの願いをかなえてくれる。そのためには、どんなことでもするつもりです」

「では……」

「それでも、僕は……。僕には、師匠を殺すことだけは出来ません」


 僕はザザムさんから目を逸らすことなく、そう断言した。

 僕が出した結論に、彼は怪訝な表情を浮かべる。


 それはそうだ。

 魔法が使えない僕が強くなるためには、呪術師になるしか方法がない。

 だが、強さを求めつつ呪術師にはならないと言っているのだ。

 これを聞けば、誰だってあんな表情になる。


 しかし、ザザムさんが口を開く前に、隣りに座っていた師匠が声を荒げた。


「どういうことだ!?」


 師匠は突然僕の胸倉を掴み、無理やりに僕を自分の方へと引き寄せる。


「ハル! お前が強くなるためには、呪術師になるしか方法が残されていないんだぞ!? 分かってるだろ!?」


 彼女は自分の頭を僕の胸に叩きつける。


「この機を逃せば、もう二度と呪術師になることは叶わないんだ! それとも、強くなることを捨てたのか!? あそこまで願っていたことを諦めたのか!?」

「師匠……」

「私のことを心配してくれているなら、余計なお世話だ!! 昨日も話したが、私は不死身だ。死ぬことはない。何度死んでも蘇るんだ! それなのに……」

「師匠」


 彼女は僕の声にハッと顔を上げる。

 二度目でようやく僕を見てくれた師匠の顔は酷く弱々しくて、瞳は不安げに揺れている。

 彼女の表情は親に怒られた子供のように悲しげで、初めて見るその師匠に、僕は思わず息を呑む。

 しかし、ここで引くわけにはいかなかった。


「……師匠、落ち着いてください。今から順番に説明します」


 僕は師匠の手を優しくほどくと、事の成り行きを見守っていたザザムさんへともう一度向き直る。


「どういうことかのう?」

「僕は、強くなりたいと思って、無謀と知りつつ単身魔樹海に入り、そこで助けてくれた師匠であるソフィアさんの弟子になりました。でもそれは、誰かを守りたかったからです。僕の手の届く所にいる人を、強くなって守りたかったからです」

「知っているよ。でも、だからこそ、呪術の力が君には必要なのではないかね? 確かに、自分の師匠を殺すことは辛いだろう。だが、一時いっときだ。先ほども言っていたが、ソフィアは不死身だ。死ぬことはない。それなのに、どうして殺すことを躊躇ためらう?」


 隣りに目を移す。そこには、その綺麗な真紅の瞳を僕に向ける彼女がいた。

 僕の真意をどうにか探ろうと揺れる瞳。

 優しく、時に厳しく、今も僕を見守り続けてくれている師匠の瞳。

 その瞳を見て、自分の中にある覚悟をもう一度胸に刻む。


 そして、僕はザザムさんを真っ直ぐに見つめ返し、

「僕の守るべき人の中に、師匠も含まれているからです」

 胸を張ってそう答えた。


「っ……!?」

「なっ……!?」


 絶句する二人。

 だが、僕は構わず続ける。


「僕は、強くなって大切な人を守りたい。もう誰一人として失いたくないと思ってました。ただ、それが誰なのか分からなかった。僕は誰のために強くなりたいのか、分からなかったんです。でも、やっと昨日分かりました。それは、僕の手の届く所にいる人全員。その人ら、全員を守りたい。そう思えたとき、その中に師匠もいることに気がついたんです。だから、僕に師匠を殺すことは出来ません。だっておかしいじゃないですか。僕が守りたい人を守るために、当の本人を殺すなんて」


 僕の言葉に、ザザムさんは混乱しながらも喉の奥から声を絞り出す。


「そ、そうかもしれんが、ソフィアは死なんぞ? 例え殺したとしても、失うことはない……」

「ザザムさんの言う通り、師匠は死なないのかもしれない。でも死ぬとか死なないとか、正直僕には関係ないんですよ。僕はただ、自分の大切な人が傷つくところを見たくないだけなんです」

「……!?」


 ザザムさんは口をパクパクさせて今度こそ絶句し、ガクッと肩を落として俯いた。

 きっと、失望させてしまったのだろう。

 自分でもめちゃくちゃなことを言っているというのは自覚している。

 でも、もう決めてしまったのだ。

 師匠も含めて、誰もかれも全て守ると。

 この決意は、もうすでに僕の胸に刻まれてしまった。


 一度刻まれたものをなかったことには出来ない。

 失ってしまったものが、もう二度と戻ってこないのと同じように。


「な、なあハル」

「は、はい?」


 その声に隣りを向くと、なぜか瞳を潤ませ顔を紅潮させた師匠がいた。


「ま、守ると言ってくれたことは嬉しいんだが、私はそんなに弱くないぞ? どちらかというと、私がハルを守る側のような気がするんだが……」

「分かってますよ、師匠。それでも、男っていうのは、女性を守りたい生き物なんです」


 何時いつだったかは忘れたが、昔カムルも言っていた。




『女性を守るのが、男だぜ』




 今思えば、かなり大人びた子どもだ。

 というか、おっさんみたいな奴だった。


「それに、いつまでも守られたりはしません。いつかは、僕が師匠を守れるぐらいに強くなってみせます!」

「う、うぅ。だ、だがどうやって?」

「うーん。まだ具体的には決まってないんですけど、魔法も呪術も使わずに強くなります! 前例がいないだけで、強くなれないと決まったわけではありませんから!」

「い、いや、それだとハルが危険な目に……」

「いいんです! 自分で決めたことですから! それに、こんなことで音を上げてたら、師匠を守れるようになんてなれませんから」

「は、はう。――そ、それはそうかもしれないが……」

「僕は諦めません!」


 こんないつかの押し問答のようなものを繰り返していると、


「ククク……」


 おもむろにザザムさんの肩が揺れる。


――ど、どうしたんだろう? もしかして怒らせちゃったとか……。


 師匠と話していて忘れていたが、さっきまで真面目な話をしていたのだ。

 それなのに、いつもの流れでついついふざけてしまった。

 これは怒られるやつだと、僕は身を固くする。


 しかし、

「ガハハハハハハハッ!」

 怒っているどころか、ザザムさんは大声を上げて笑い出した。


 困惑する僕をよそに、ザザムさんは一通り笑うと、満足したのか涙を拭って僕を見る。


「いやー、久しぶりにこんなに笑わせてもらったわ」

「あ、あの、何がそんなに……」

「いやな、師匠を守りたいと言った弟子なんか初めてでのう。さらに、魔法師にも呪術師にもならんときた。無計画でそこまで言い切るとは、本当に呆れたわい」


 僕は急に恥ずかしくなって、赤面した顔を隠すため下を向く。


「なんかすいません……」

「いやいや、責めとるわけじゃない。むしろ、謝るのはわしの方じゃ」

「えっ?」


 ザザムさんはそう言うと、静かに僕に頭を下げた。


「すまなかった」

「ど、どうしたんですか!? 僕はザザムさんに謝られるようなことは何も……」

「実はのう、試練の内容なんじゃが、あれ嘘なんじゃ」

「…………」


 えっ?

 どういうこと?


「ソフィアを殺すという試練、あれ自体が嘘なんじゃ」

「えっ!? ええっっっっっっ!!?」


 驚く僕をよそに、ザザムさんは再びハハハッと陽気に声を上げる。


「笑い事じゃないですよ! 本当に悩んだんですからね!! 悩みで胃に穴が開くかと思いましたよ!!」

「いやー、すまんすまん。ハル君の覚悟がどんなものなのか知りたくてのう。でも、まさか師匠を守りたいとくるとは。クククッ」

「ほっといてください!」


 ザザムさんはまた一通り笑うと、

「ハル君」

 一転して真っ直ぐに僕を見る。


 その表情は、師匠に似た優しい笑顔だった。


「覚悟とは、自分の行い全てを背負うということじゃ。例えそれが、間違っていることだとしても。君には、その覚悟があるか?」


 僕はもう迷わない。

 例えどんなことが起ころうとも、それが自分の選択した結果なら、僕はその全てを受け入れる。

 そう誓ったのだ。


 だから、

「はい。僕は、もう逃げません」

 はっきりとそう答えた。


「そうか……」


 ザザムさんはそう言うと優しく微笑む。


「うむ。おめでとうハル君、合格じゃ」

「ごう……かく?」

「うむ。合格じゃよ。わしは、君が呪核じゅかくを授けるに相応しい人物だと判断した。試練は、合格じゃ」


 ということは……。

 ということは、僕は呪術師になれるってこと!?


「や、やった! やりました、師匠!」

「よかったな!」


 僕は嬉しさのあまり、師匠とハイタッチする。

 これで、強くなれる。

 誰も失わずにすむ。

 もちろん、これからは大変だろう。

 きっと僕が想像している以上に過酷なこともある。

 それでも、師匠と二人なら頑張っていける気がした。


「さて、そうと決まれば、善は急げじゃ。早速、呪核じゅかくの授印に移ろうかのう」

「今ですか?」

「そうじゃ。まぁ、すぐに終わるから大丈夫じゃよ。――ちょっと痛いがのう」

「痛いんですか!?」

「ちょ、ちょっとだけじゃ」


 目線を逸らしながら言うその言葉には、先ほどとは打って変わって説得力が微塵もない。


「嘘ですよね!? 絶対嘘ですよね!!」

「う、嘘ではない。なあ、ソフィア?」

「あ、ああ。全く持って大丈夫だ」


 師匠!?

 なんで目が虚ろなんですか!?


「や、やっぱりやめようかな。安易なことはしたくないですし」

「もう遅い! さあ、君の覚悟を見せてもらうぞ!!」

「僕が言ってた覚悟は、そういうことじゃないですよ!!」


 いつの間にか僕の目の前に立っていたザザムさんが、僕の胸にその手を当てる。


「準備はよいか?」

「全然よくないです! ちょ、ちょっと待ってください!!」


 しかしザザムさんは僕の静止を無視して、呪文のようなものを紡ぎ始める。


「我、授ける者なり。この者の覚悟を認め、道を示す」

「し、師匠!? 助けてく……」


 僕は助けを求めるが、師匠はあの下手くそな口笛で素知らぬふりをしていた。


「し、師匠のバカァァァァァァァァ!!」

「この者の想い喰らいて、力となれ『呪核・引責いんせきの呪い』」

「くっ……ぐっっ……」


 流れ込んでくる。

 何かが僕の中に入ってきて、体中をめぐる。

 それは、師匠にかけられた呪いの比ではない。

 それは凄いスピードで体中を動き回ると、ある一か所で動きを止めた。

 心臓。

 体中の魔回路が交差している場所。

 そこで呪核じゅかくは動きを止めると、一気に僕の奥の奥。

 ()()()()()、その奥底に流れ込んできた。


「ううぅ……がぁ…………ああああああああああああああああああああ!!!!」


 それは言葉に表せないほどの激痛で、僕はその痛みに容易たやすく意識を手放した。


 

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