頭の悪い人に「ばなな」と言われたりんごの話
一時期流行りましたよね、これ。
よろしくお願いします。
僕はりんごだ。生まれは青森。自分で言うのどうかと思うが、優秀なりんごだと思う。優しい農家さんの愛情をいっぱい受けて育ち、選果場で「秀」をいただいた。
トラックによって運ばれて来たのは、東京都内のスーパー。僕は今、他の多くのりんごと共にカゴに入れられて売り物として並べられている。
実を言うと、ほんとは贈答品用になりたかった。大事に包装されて、綺麗な箱に入れられてみたかった。まあ、今更言っても仕方ないんだけど。
◇◇◇
僕はスーパーで退屈な日々を過ごしていた。不景気なのか、誰もりんごを買おうとしないのだ。
そんな中、ある日、一人の男が僕たちが並べられているカゴに近づいて来た。
やっと僕を買ってくれる人が!?――僕は身構えた。いや、身構えて何か変わるものでもないけど。気持ちの問題として、ね。
しかし、男が僕を手に取ることはなかった。代わりに、僕を指差して
「ばなな」
とこう言った。
――は?
僕はちょうど2秒ほど固まっていた。何を言っているのか分からない。失礼な。僕はりんごであり、バナナではない。
もし、道行く人100人に「これはなんですか?」と聞いたら、少なくとも98人はりんごと答えるだろう。
例え1人が「ばぶー」と答え、もう1人が「『これ』が指すものが不明瞭であるから回答しかねる」と答えたとしても。
とにかく、僕はりんごなのだ。断じてバナナではない。大事なことなので二度言った。
もちろん僕の言うことは男には聞こえない。
男はそのまま、何事もなかったようにその場を立ち去った。
◇◇◇
男が立ち去ってから、僕は考えた。男はなぜ僕に向かって「ばなな」と言ったのだろうか。
僕はいくつかの案を考えた。
ひとつめ。僕がバナナに見えた。そんなばなな。
………………。
――仕切り直させてほしい。そんなバカな。僕はりんごだ。自分の姿を確認したことなんてないけれど。僕はりんごのカゴに入れられていて、周りがみんなりんごだからりんごなのだ。
ふたつめ。実は僕はりんごの形をしたバナナだった。そんなばな(ry
それは……僕には分からない。選果場で調べられたのは、糖度だけだ。それがりんごの味か、バナナの味かなんて食べてみるまで分からない。
みっつめ。そもそもりんごってなんだ?
りんごってなんだろう? りんごとよく似た果物に、梨があると聞いたことがある。僕は赤いのがりんごで緑のが梨だと思っていたが、どうやら違うらしい。
緑色のりんごと梨は何が違うのだろうか? そもそもりんごはどのように定義されているのだろうか? 僕はりんごなのだろうか?
考えれば考えるほど、分からなくなる。
さっきまで、僕はりんごの見た目をしていると信じて疑わなかった。
だが、よく考えれば僕は自分の姿をこの目で見たことがないのだ。周りがりんごだから、自分もりんごだと思っていただけ。
そこに自分がりんごである確たる証拠はない。
◇◇◇
いつしか僕は、自分がバナナであると思うようになっていた。あの男は僕に「君はりんごじゃなくてバナナだよ」と教えてくれたのだ、と。
そう考えると、自分がりんごのカゴに入っていることがとても恥ずかしくなっていた。確か、りんごとバナナを一緒に置くとバナナが熟れすぎてしまうんだっけ――。
遅過ぎるかもしれないけど、僕はバナナの陳列棚に移動することにした。
幸い、バナナの棚はすぐそこだ。頑張れば僕でも移動できる気がする。
◇◇◇
店員が全員帰り、真っ暗になったスーパー。
僕は、バナナの棚に移動する計画を決行することにした。距離にして2m。一晩あれば十分進める距離だ。
まずは、慎重にカゴの端まで歩いて……。
歩くのには、かなり気を使う。何しろ自分で動くのは生まれて初めてなのだ。おまけにずんぐり体型だから、かなり歩きにくい。
しばらく頑張っていると、カゴの端についた。よし。いいぞ。これなら思ったより早く行けるかも――。
そう思ったその時、
つるっ。僕は足を滑らせた。
あっと思った時にはもう遅かった。自分の構成物が喉元にこみ上げてくる感覚。自分が落ちているのだと言うことを、否応なく理解させられた。
僕は迫ってくるスーパーのタイルを見ながら、意識を失った――。
◇◇◇
次の日、朝一のシフトに入っていた店員は、りんごが1つ床に転がっているのを見つけた。彼は店長に報告した。
「これ、下に落ちてたんですけど、どうしましょうか」
「昨日から落ちてたのか?なら、廃棄処分にしておいてくれ」
時々、自分が何者なのか、分からなくなります。りんごを主人公にする暴挙に出たから書いてる途中で頭おかしくなりそうだった……。
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