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放課後

 午後の授業を終え、ルーナリアは昼休憩を過ごした木陰に再訪していた。

 授業の内容をひとかけらも覚えていないほど、ずっと思考を巡らせたが、結局答えにたどり着くことはなく、やや疲労状態であった。座学は頭を使うとはいえ、ここまで隙間なく考えたのはずいぶん久しぶりだったのだ。

 本当ならば木に寄りかかって待ちたいところだが、待ち人が待ち人ゆえにそうすることもできず、目立ちすぎないよう直立不動でいた。


 ふと、ルーナリアは周囲の空気が変わったのを感じた。

 

「結界ね」

 

 魔力の流れを感じ取り、ルーナリアは確信した。そして、来る待ち人に深呼吸をした。


「やぁ、待たせたかな」


 昼より日が傾いたことを感じさせない、輝く金色の髪をしたウィルフレドが、王子殿下の風格を漂わせて現れた。1歩後ろには、やはり茶色い髪の青年を引き連れて。


「いえ、さほど待っておりませんのでお気になさらず」

「そうか。立ち話もなんだ、其処にでも腰掛けて話すか」

「え」


 ウィルフレドが示したのは、昼にルーナリアが座っていた木陰だ。まさかの提案に、ルーナリアは固まる。


「何か問題でもあるか?」

「いえ、あの、王子殿下ともあろう方が、地面に直にお座りになるのはどうかと思いまして」

「お昼にレディはそうしていたように見えたけれど?」

「う…、わ、私は…庶民ですから…。あちらにベンチがございますから、そちらに行かれてはどうかと」

「あそこだと他の生徒にも見られるかもしれないけれど、それは平気だと言うんだね」


 ルーナリアが示したベンチは、程よく日当たりのいい、ひらけた場所にある。ここは裏庭で、もともと人通りの少ない場所とはいえ、人が通らないわけではない。今いる木陰の方が少しは目隠しにもなるのは分かっていた。

 それにしても、と、ルーナリアは驚いていた。ウィルフレドと一緒にいるところを見られでもしたら、どんな騒ぎになるかは想像できる。そのことを理解し、配慮しようとしてくれているのだ。一庶民にこんなに心を砕く身分の高い人がいると言うことに、驚きを隠せなかった。

 同時に、自分は試されているとも感じた。


「結界を…張られましたよね?防音と、対人不可侵と、それから目くらましも追加されているように思います」


 昼に感じていた結界よりも、さらに強い魔力だった。


「ご名答。やはりそなたは優秀だな」


 やはり、ということは、やはりなのだろう。ルーナリアはウィルフレドに試されているのだ。何をか、までは分からないが。


「現在ここは誰からも認識されない空間になっているのですよね。でしたら、あちらのベンチにお座りになられても、私達の姿を他の人が確認することはありません」


 こちらからは何がどうなっているのか見える。しかし、外側からはこちら側が見えないし、聞こえない。入ることもできないが、何故入れないかに気づくこともできない。よほどの魔力保持者でなければ、この結界は壊されないだろう。


「私はそれでも構わないが、そなたは私の隣に座れるのか?」

「…え?」

「この学園は身分を問わない。私があのベンチに座るのなら、そなたもその隣に座るのだぞ」

「え…いや…、それは…ちょっと…」

「私がレディを立たせたまま話をするような男だとでも思ったか?」

「いえ…そういうわけでは…」


 いくら学園が身分を問わないと言っても、ルーナリアは庶民で、ウィルフレドは王子殿下だ。王子殿下の隣に座るなど、考えられないことだ。ルーナリアはうまく返事ができないほどに動揺した。


「だから、ここで良いと言っている。ほら、座れ」


 ルーナリアが返事をするより先に、ウィルフレドは地面に胡座をかいて座った。王子殿下ともあろう人が本当に地べたに座ったのを見て、ルーナリアは目を見開いた。貴族の目を気にして、庶民ですらこの学園内ではそんなことをしないというのに、まさかの王子殿下がそれをしたのだ。目の前で起きていることが信じられず、もう何も考えられなくなっていた。

 座れ、と命令され、それを無視していることに気づかないくらいに。


「殿下、お戯れが過ぎますよ」


 動くことも話すこともできなくなっていたルーナリアを助けるように、ウィルフレドの隣から声が飛んで来た。

 ウィルフレドよりも少し低く、落ち着いた印象のその声の主は、茶色い髪の青年だ。


「反応が面白くてついつい…。いや、すまない。からかい過ぎた。座ってくれるとありがたい。そなたはいつも昼のように座っているのだろう?」


 また謝った!また!王子殿下ともあろう人がこんな簡単に謝るなんて!

 次から次へと起こる想定外の出来事に、ルーナリアは頭を抱えたくなった。しかし、あまりに想定外すぎて、もはや体が動かない。


「そうか、これか!心配ならこの剣を彼に預けよう。それなら安心できるか」

「いやいやいやいや!やめてくださいやめてください!預けなくていいです!むしろ持っていてください!何かあった時に剣がないとか、恐ろしすぎます!座りますから!すぐ!すぐに!」


 ウィルフレドが昼と同じく剣を預けようとしたのを見て、ルーナリアはさらに動揺した。身を守る剣をこんな小娘のために簡単にお付きのものに預けるなど、もう耐えられなかった。

 そして言葉通りに崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。お弁当を食べていた時のようにゆったりとではなく、ピシッと膝をついての正座で。


「そこまで気に病むものか?剣がなくても魔法があるのだし、彼もなかなか優秀なのだぞ」

「もう、そういう問題ではございません。ただただ私の心臓に悪いので、お願いしますから帯剣していてください」


 心臓の鼓動は早く、この状況を抜け出したいが故に、ルーナリアは頭を下げ、ウィルフレドに懇願していた。もう土下座状態だが、そんなことも気にしていられない。


「分かったよ。分かったから頭を上げてくれないか?その、困らせるつもりじゃなかったんだよ。どうしたら害するつもりはないと信じてもらえるかと思って。悪かった」

「王子殿下ともあろう方が、簡単に謝らないでください!しかも庶民に!」


 がばっと頭を上げ、もう礼儀も何も捨ててルーナリアは叫んだ。

 王族ともあろう人が簡単に頭を下げるのはよくないことだ。ましてや、庶民に頭を下げるなど、あってはいけない。

 たとえ道を外れるようなことをしても、王族は謝らないのだ。王族としての威厳を保つため、謝らないように教育される。謝れば弱みを握られるも同然。

 だから、高位貴族も謝ることをしない。基本的に自分が正しいのだから。否であっても、身分あるものが是と言えば是になる。それがこの世界なのだから。


「悪いと思えば謝る。それはダメなことかい?」

「…え?」

「僕は確かに王子だけど、間違ったことをしたら謝るよ。自分が全て正しい立場だとは思いたくない。そうして道を外したことに気づかないままではいたくない」

「…ですが…」

「君や…みんなの言いたいことはわかっているよ。貴族や他国の貴賓に弱みを見せることはしない。けれど、ここは学園だ。僕は確かに王子だけれど、友人と対等に過ごして見たいと思うんだよ。たった数年の自由だからね。まぁ…友人なんていないも同然だけれど」

「……」


 個人の意見としては正しい。しかし、王族としては正しくない。

 ルーナリアは少し冷静になった頭で考えた。

 王族は、敬われ、もてはやされ、慕われ、愛され、贅沢なものに囲まれ、生まれながらに全てを持っているように思われるが、孤独だ。常に敵味方の選別をし、情報の取捨選択をし、揚げ足を取られぬよう、完璧に立ち振舞わなければならない。味方を見誤れば、あとは転落するのみ。配偶者ですら、信に足るか疑い続ける。それは、孤独だと思う。

 学生時代くらい、自由に過ごしたいと思う気持ちは、分からないでもなかった。


「分かりました。その話し方をしている時の殿下は、信じます。王子殿下の仮面を被っている時は、警戒します」

「僕が本物で、私が偽物だと?」


 今度はウィルフレドが目を瞬いた。ルーナリアは、心を決めた。


「はい。ですから、帯剣していてください」

区切り難しい問題に直面中

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