練習しましょう
「大体がイメージなんですよね…」
善は急げとばかりに、早速4人は隣の空き部屋に移った。マルクランが部屋中に結界を張り、目くらまし、不可侵、耐性、防音のしっかりした外よりは狭い演習場が完成した。
ルーナリアがその結界の完璧さに「完全犯罪ができそうです」と言えば、「興味がないことはないけど、僕の魔力が溢れていてすぐにバレるだろうね」と返された。
その間にウィルフレドとレイアードには学園の制服に着替えてもらい、ルーナリアのよく分からない動揺は消え、ほっと胸を撫で下ろす。
そういえば殿下は顔が整っているのだから、そこに更に素敵なお洋服をお召しになられたらカッコよく見えるのは当たり前じゃないかと、ルーナリアは結論付けた。ここにいる3人の殿方はそもそも顔が整っているのだ。貴族とは顔が美しくなければならない決まりでもあったかと、くだらないことを考えてしまうほどに。
そして冷静になったルーナリアは、どうやって自分の持つ技を教えたらいいかと、ようやく考え出した。
「想像力ですよね。詠唱するのだって、それで想像しやすくして魔法を組み立てるわけですし…」
長文詠唱が覚えられないと嘆くクラスメートを見て、お貴族様の頭は空っぽかと無言で突っ込んだことがある。つまりはその詠唱文を理解していないから覚えられないわけで、その意味を理解していれば一言一句違わず、順序も間違わずスラスラと言えるはずなのだ。ただ唱えればいいというものではない。
「リアはどうやって無詠唱を覚えたの?」
うーんと唸るルーナリアに、ウィルフレドが声をかける。
「私は幼い頃からできていたので、実はどうやって覚えたのか曖昧なんです。父を見て育ったので、それが普通だったというか…」
「うわぁ…」
「その反応…、慣れてきましたよ」
一番身近にいた魔法使いがこの国一の魔法使いだったわけだし、その父から魔法を教わってきたのだから、ルーナリアは自分も父同様規格外なことは知っていた。今までは自分の魔力は隠してきたし、周りの人間と親しくすることもなかったから生暖かい反応をされることがなかっただけで。
意外だったのは、魔力の多さを、高水準の魔法を妬むことなく、高い身分を持ちながらもルーナリアに魔法の教えを乞う態度だ。身分を振りかざして横柄な態度をとる貴族達とは違うとは思っていたけれど、この人達は本当に態度を変えないのだとルーナリアは感心し、またどこかでホッとしていた。
「短文詠唱から慣れていくというのはどうでしょう」
とにかく魔法は想像だ。詠唱は魔法の展開を助ける呪文。だとしたら、想像しきれない部分を短文詠唱でカバーできないものかと考えた。
「短文詠唱?」
「こんな感じです。…灯せ」
ウィルフレドの疑問に、ルーナリアは見たほうが早いだろうと右手の人差し指を立て、詠唱すると共に指先に小さな炎を出した。初級レベルの火魔法だ。
「おぉ、なるほど」
ルーナリアの指先でユラユラ揺れる炎を、3人は感心した様子で眺めた。
「でもこれは攻撃魔法ではないのか?」
「確かにそうですが、これは呪いは発動しません。呪いが発動するのは、私の放った攻撃魔法が、対象を傷つけた時なのです。ですから、灯りとして使用する時や、飲み物を冷やしたくて氷魔法を使った時などは何も起こらないのです」
「ならば良かった」
「ご心配をおかけしてすみません。先に言えば良かったですね」
「いや、いいんだ」
心底安心している様子のウィルフレドを見て、ルーナリアは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
「火魔法も氷魔法も、大体が攻撃魔法と認識されていますけれど、誰かを害さずに使えるものでもあるんですよね。あとから誰かが攻撃魔法とひとくくりにしてしまっただけで、本当はそうじゃないんです」
「確かに、そうだな」
「殿下もやってみますか?あ、レイアード様はどうですか?」
そもそも無詠唱のことを言い出したのはレイアードだったと思い、ウィルフレドの少し後ろで話を聞いていたレイアードに目をやると、既に実践を始めていた。ルーナリアとウィルフレドの会話を聞いて、我慢ができなかったのだ。
「灯せ」
レイアードの右手の人差し指に、ルーナリアの時と同じように火が灯った。それをみたウィルフレドとマルクランが、おぉ!と驚きつつも楽しそうな嬉しそうな声をあげた。
「大丈夫そうですね。この感じで、レベルを上げていけばいいと思います。レベルをあげると当然難しくなってきますが、できなくなったからといって焦らず、とにかく落ち着いて想像することが大事です」
「あぁ。なんとなくコツはわかった。ありがとう、リア」
「いえ、私は一つの方法を提案しただけに過ぎません。レイアード様の実力があってこそですよ」
短文詠唱ができたことの驚きでレイアードは普段より言葉が少なくなっていたが、ルーナリアは気にすることなくにこりと笑って応えた。
基礎という土台がしっかりしているからこそできることなのだ。短文詠唱しかり、無詠唱を取得するには付け焼き刃の知識では無理だ。いくら魔力が高かろうと、積み重ねた努力がなければできない。それが分かっているから、ルーナリアはレイアードを手放しで賞賛した。
「ウィルもやるんでしょ?なら、レイもウィルも僕に向かって魔法を打ってよ。僕は跳ね返す技の方を習得したいからさ」
レイアードの短文詠唱をみてワクワクが止まらなくなったマルクランは、他の3人の目が丸くなる提案をした。
「攻撃魔法をぶつけ合うなんて授業では普通にやってることでしょ?それにぶつけてもらわなきゃ跳ね返さないじゃん。まさかリアに攻撃魔法使わせるわけにいかないんだし」
「それは、そうだが…」
ギョッとして言葉を失った3人に、畳み掛けるように言葉を重ねると、レイアードが反応した。しかし、躊躇しているのは誰の目にも明らかだった。
「もちろんウィルやレイに向かって跳ね返したりしないよ。…コントロールがうまくいかなかったらごめんだけど」
「……」
短文詠唱の練習に、魔法を跳ね返す練習。異なる2つの練習を同時に行う事にマルクラン以外は躊躇していた。
授業で行うのは大体が同じ術の掛け合いだ。もしくは、攻めに対して守りで立ち向かう。今回はどちらも攻めのようなもので、軽い気持ちでは頷けないのだ。
「じゃあ、各自防御魔法を最大限かけて、そこに更にリアに防御魔法を重ね掛けしてもらうのはどう?短文詠唱も中級程度までに留めたら対応できるでしょ」
「う…ん…。それならいけるか…」
「そうだな」
ルーナリアの防御魔法を実際に目にし、体験したことのある2人は、その実力を思い出し、その方法ならありかもしれないと頷いた。2人がいいのなら、と、ルーナリアも頷く。そして各々が防御魔法を自身に展開した。
「リア、確認なんだけど、魔法を魔石に纏わせて、留めて、跳ね返す、でいいんだよね?」
「そうですね。マルク様がイメージしやすい方法ならそれでいいと思います」
ワクワクしながら杖を握って声をかけてきたマルクランに、ルーナリアは苦笑を隠せなかった。ウィルフレドとレイアードもルーナリアと同じ反応だ。マルクラン程の力があればこの程度の説明でいいだろうが、本当ならばもっと細かく理解し、想像しなければならないからだ。
ルーナリアは楽しみでたまらなそうなマルクランに防御魔法をかけた。追って残り2人にもかける。そして部屋の四隅にそれぞれ散らばった。
「さぁ!どんどんぶっ放してきて!やるよー!」




