第一王子
ルーナリアとマルクランが魔物と対峙する少し前、ウィルフレドとレイアードは王宮の一室で人を待っていた。豪華な椅子に座るのはウィルフレドだけで、従者として付きそうレイアードは斜め後ろに立っている。
しばらくするとノックの音と共に質のいい服を着た金色の髪の男が入って来た。その後ろには薄茶色の髪の男が付き従う。
「兄上、この度はお時間を作って頂き、誠にありがとうございます」
ノックの音と共に立ち上がっていたウィルフレドは、その男の方に向き直り、頭を深く下げた。レイアードもそれを追って頭を下げている。
「よせ。私とお前の仲だ。堅苦しいことはなしでいい」
「ありがとうございます」
ウィルフレドが兄上と呼んだその人は、この国の第一王子であるリュミエールだ。金色の髪を持ち、瞳はグレー。上品な立ち振る舞いでウィルフレドの前の椅子に座ると、ウィルフレドもそれに習い頭を上げて椅子に座りなおした。レイアードも頭を上げ、リュミエールの従者と目配せをし、動き出す。
「兄上、昼食は摂られましたか?」
「お前が来ると言っていたから共に摂れればと思っていたが、お前は食べたのか?」
「いえ、兄上と同じように思っていました。今準備をさせます」
そう言うとウィルフレドはレイアードに目配せをし、レイアードは意を汲んで頷いた。
とは言っても、リュミエールが昼食を摂っていないことは既に調べてあり、リュミエールの従者とも打ち合わせ済みで、続きの間に昼食は準備されている。当然それを見越して、部屋もただの応接室ではなく、食事が可能なダイニングテーブルのある部屋を選択していた。
テキパキとテーブルに食事を準備していく従者を横目に、ウィルフレドとリュミエールは会話を続けた。
「相変わらずお忙しそうですね」
「最近は魔物が増えて来たからな。通常の執務にそれが追加されているだけのことだ。お前も今年で卒業だろう。すぐに忙しくなるさ」
「心しておきます」
学園にいると国の情報に疎くなりがちだ。やはり魔物は増えているのだと確認し、ウィルフレドはため息をついた。
「学園にも魔物が出たらしいな。お前もその場にいたとか?」
「はい。レイが捌きました」
「結界ももう万全ではないな」
食事の支度が済み、2人は食前の祈りを捧げ、口をつけ始めた。
久しぶりの王宮での食事は、簡易的ではあるもののやはり学園で食べるものとは違った豪華さと繊細さがあり、懐かしさとともに、ルーナリアたちとの弁当を思い出していたウィルフレドだった。地面に座って皆で食べる食事は、何故かこの豪華な食事よりも美味しいと感じてしまうのだとおかしくなる。
「で、私に会いに来た理由は、最近懇意にしているという庶民の女学生のことか?」
「…彼女のことをご存知でしたか」
「隠しているわけではないのだろう?」
「そうですね。隠せるものでも、隠すものでもないと思っていますので」
「随分と入れ込んでいるようだな」
「どうでしょうね」
「フォルマの娘だとか?」
「ははっ、よくご存知で。その通りです。あのフォルマの娘で、ジェラルドと同じ赤の学年です」
「それくらい、調べずとも勝手に耳に入るさ。そうか、虹の世代か」
そつなく食事を摂りながら、2人は合間合間に話をする。忙しい王族は食事をとりながら仕事の話をすることが多いため、2人ともこういう時間の取り方は慣れているのだ。
「兄上に相談したかったのは、虹の魔法使いについてなのです」
「彼女と婚約をしたいというのかと思っていたが、違ったか」
「さすがにそこまでの関係ではありませんよ」
それを狙ってはいるのですが、とウィルフレドは心の中でつぶやいた。
「兄上は、虹の魔法使いについて、どこまでご存知ですか?国民が皆知っているような話ではなく、秘密にされているような情報はあるのでしょうか?」
「何?」
「私も確かな情報があるわけではないのですが、学園を卒業し、執務に関わっている兄上ならば何かご存知なのではと思ったのです」
「例えば?」
リュミエールの視線が厳しくなった。ウィルフレドはそれから目をそらすことなく、話を続けた。
「虹の魔法使いは、既に誰なのか分かっている、とか」
本当に知りたいことはそれではないのだが、気になることではあったため、ウィルフレドはこちらを選択した。問いかけられたリュミエールの表情はさほど変わらない。もともとリュミエールは表情が変わる方ではないのだ。そもそも王族はそういう教育を受けているからというのもあるが。
「残念ながら、私もそれは知らない。父上なら知っているかもしれないが、知っていたところで言わないだろう。フォルマの娘が虹の魔法使いかどうかが知りたいのか」
首を振るリュミエールに、ウィルフレドは小さくため息をついた。
「気にならないわけではないのですが…。それより、虹の魔法使いの行く末が気になるのです。歴代の虹の魔法使いの情報が全く分かりません。兄上はどうですか?」
「行く末か。それは気にしたことがなかった。確かに、伝承されていないな」
「そう…ですか…」
「書庫には行ったのか?古い書物を調べれば何かわかるかもしれない。学園の図書室には置いていない機密文書もあるだろう。お前の求めている情報があるとは断言できないがな」
「まだ行っていませんでした。今度調べてみます」
王宮の書庫は基本的には王族と上の役職をもつものしか入室できず、貴重な文献も多くしまってある。国家機密に当たるであろう虹の魔法使いの情報がおいそれと手に入るとは思えないが、手がかりはあるかもしれないと、ウィルフレドは留め置いた。
「お忙しいところ、時間を割いて頂きありがとうございました」
食事を終え、ウィルフレドは立ち上がって頭を下げた。リュミエールもほぼ同じ頃合いに食事は終えていた。
「だから、畏るなと言っている。私も虹の魔法使いについては気になるところがあるから調べてみよう。何か分かったら知らせる」
「ありがとうございます」
リュミエールは親しい者の前でだけ見せる笑顔でウィルフレドを見る。ウィルフレドも同じく笑顔を返した。
「可愛い弟の恋人のことだからな。大したことはできぬと思うが、力にはなるさ」
「心強いです。…が、残念ながら恋人でもないのですよ。今はただの友人です」
「お前がその子を隣に従えて私に会いにくる日を楽しみに待っているよ」
「そうですね。そうできるように努めます」
なかなか強情そうな少女を思い出し、ウィルフレドは苦笑した。




