治癒しないわけ
「要は、ガス抜きですよ。青の学年ではそういうことはない……ですよね。赤はそういうところ……緩いので」
ウィルフレド達3人の引き攣る表情を見て、ルーナリアはもごもごと言葉を濁した。そして気まずさをごまかすべく、BLTを口に入れた。相変わらず素晴らしい素材を利用しているため、大した味付けがなくともとろけるほど美味しい。
「力のない庶民が王族と有力貴族のお仲間に入れてもらっているわけですから、不満は多いですよ。身の程をわきまえろと思うのが普通です。それに反論する気はありませんし、反抗する気もありません」
「しかし、これ以上悪化したらどうするんだ」
「気付かれないように防御魔法を展開していますし、さすがにこれ以上は授業中の事故だ
とはごまかせなくなると分かっていると思うのですが…。あ、殿下が手を下したらもっと悪化しますから、やめてくださいね」
「くっ…」
庶民と貴族の壁は厚い。それが王族相手となれば、壁は倍以上に厚くなる。はずなのだが、それをぶち破ってしまったのがここにいる4人だ。目立つし、不穏分子は余計に目立つ。
ウィルフレドはとても不満そうにルーナリアを見ていたが、ルーナリアは素知らぬふりで食事を続けた。
「ウィルには残念だけど、リアの言い分が正しいね。赤に下手に手を出したら第三王子が逆上して余計にリアの立場が悪くなるでしょ」
「それは分かっている。だが、傷つけられると分かっていて、何もしないのが嫌なんだ」
マルクランの言葉に、ウィルフレドは余計に顔を顰めた。好きな女を守れない自分が情けなかったのだ。
「殿下は傷を直してくれたじゃないですか。それで十分ですよ。王族に傷を治してもらえる庶民なんて、なかなかいませんよ」
ウィルフレドが気に病まないよう、ルーナリアはニコニコ笑ってみせる。
本当に、これくらいのことを気にすることはないのだ。あんなかすり傷は、怪我のうちに入らない。父との修行はもっともっと辛かったのだから。それに、治してくれる人も、いるのだから。
「殿下は優しいです」
「リアはもっと優しい。でも、僕は庶民が傷つけられることが当たり前とされる国にはしたくない」
ウィルフレドの言葉に、レイアードとマルクランがハッとした。
貴族至上主義で選民意識が強いのがこの国の貴族だ。それをいい事とは思っていなかったし、変えたいと思っていたが、それでも庶民の扱いに対して仕方のないと思っている所があったのだ。庶民が虐げられることを少なからず黙認していた。自分の中のそれに気づき、思わず唇を噛んだ。
「殿下、勿体無いお言葉です。それから、そんな風に思ってくださっていることを嬉しく思います。私の見る目は、間違っていなかったようですね」
ルーナリアの心からの笑顔に、ウィルフレドは思わず頬を赤らめた。
「ただ、攻撃魔法を使えない私が、虹の世代にいることに嫌悪してる人はたくさんいます。それは仕方のないことです。そんな私が皆さんと仲良くさせて頂いているのですから、これくらいの怪我で済むのならいい方なのですよ。殿下がこれ以上私を囲い込むようなことをしたら、ものすごい反発があるでしょう。ですから……」
「分かった。ものすごく嫌だけど、我慢する。但し、怪我を負ったら必ず教えてくれ。そのままにはしておきたくない」
「分かりました。お気遣いありがとうございます、殿下」
「そこは名前を呼んでもらえたらもっと嬉しいのになぁ」
「ふふふ。申し訳ありません」
渋い顔をして昼食を口に運ぶウィルフレドに、ルーナリアはやはり笑って見せた。二人のにこやかな雰囲気に、レイアードとマルクランも表情のこわばりを解いた。
食事を再開してニコニコしているルーナリアの思慮深さと懐の深さに、3人はただただ感心していた。
庶民で、魔力があるのに攻撃魔法は使えないという事実は、彼女をとても辛い立場にしただろう。けれど、彼女はひたすら耐える道を選び、助けも求めず自分で解決してきた。そして今、自分とは関係のないことで更に辛い仕打ちを受けることとなったのに、文句の一つも言わない。成人もしていない彼女のその強さに甘えてばかりではいけないと、3者3様に考えていた。
「ところで、リアはどうして自分で治癒魔法をかけないの?呪いの跳ね返りじゃなかったら自分で治せるでしょ?」
食事を終え一息ついたところで、マルクランは疑問に思っていたことを投げかけた。
「あ、それはですね、魔力の流れを読める人がいたらまずいかな…と思って、なるべく余計な魔法を使わない様にしていたんです。マルク様は魔力の流れを読めますよね?」
「うん。強い魔力が使われれば気づくし、意識していればそれなりに分かると思うよ」
「離れていても、ですよね?」
「そうだね。最近学園内で感じたことのない魔力を感じるなぁと思っていたよ。リアが本気で防御魔法を展開した時だろうね。その時はリアの存在を知らなかったから誰か分からなかったけど」
強い魔法を使えば、そこそこ魔力を持っているものならばそれが展開されたことを察知することができる。マルクランが言った様に気を払っていれば強い魔法でなくとも察知することは可能なのだ。ルーナリアはそれを恐れていた。
「殿下とレイアード様も、分かりますか?」
「マル程じゃないけど、そこそこ分かるよ」
「ウィルと同じだ」
ウィルフレドとレイアードが頷いたのを確認し、ルーナリアはやはりそうかと小さく息を吐いた。
「私は周りの人とほとんど関わりを持たなかったので、誰がどれだけ魔力の流れを読めるのかが分からなかったんです。どのくらいの魔力があると読み取れるとか、そういうこともよく分からなくて。先生達のこともよく分からないし、それをいちいち把握するのも面倒で、だったら余計な魔法を使わないほうが簡単だろうと思ったんです」
「…リア、以外と面倒くさがりなんだね」
「私はここで目立つ予定はなかったので、それでいけると思ったんです」
「あぁ…、なんか…ごめんね?」
「それはいいんですけど」
申し訳なさそうにするウィルフレドに、ルーナリアは苦笑した。
「お二人が分かるということは、第三王子殿下も分かると考えていいですよね」
「多分、分かるね。リアが警戒するのは正しい」
「治癒魔法は、そもそも高度な魔法ですし、皆が皆使えるわけでもありませんから。不用意に学園内で使わないほうがいいかと思った、それだけなんです」
3人の王子の魔力は少しの差はあれどそれぞれ魔力は高い。髪色は金色。ウィルフレドが魔力の流れを読めるのであれば、第三王子も読めると予想した。ウィルフレドよりも魔力の低いレイアードも読めるのだから、他にもそういう人がいる可能性はある。ルーナリアが学園内で警戒するのは当然のことだろう。
「もう…それも無駄なことかもしれないと、思っていますが」
なかなか話が進まなくてすみません…




