嫌がらせ
ピクニックの後も4人は学内で行動を共にするようになり、ルーナリアの注目度は増し、マルクランとのお茶会後一時は落ち着いたように見えたやっかみが再燃していた。特に貴族の女生徒からの妬みは中々のものだった。
もとより昼休憩などの時間の長い休憩は教室にいることはなかったので、大きな害はないのだが、実技演習時に失敗と称した嫌がらせを受けることは増えていた。王族とその従者、そして学園一の実力者と共に過ごしているのが学園一実力のない庶民というのが貴族には耐え難いことだったのだ。そして3人は家柄もさることながら、見栄えもいい。将来の結婚相手を探している貴族子女としては、ルーナリアの存在が憎くてたまらない者となっていた。
更には、同じクラスにいる第三王子の機嫌が頗る悪い。敵視している第二王子と懇意にしている者が同じクラスにいるのが耐えられないのだろうことは分かっていた。
しかし、ルーナリアはそれをほとんど無視していた。以前と同じである。自分は何もしていない。ただ攻撃魔法が使えないだけ。それで蔑まれていた頃と何も変わらない。だから、何をされても反応せず、無視を貫いた。
「…っ」
以前ならば無視を貫いていれば、相手も適当に気を晴らしていたが、今回はそうはいかないらしい。どれだけ嫌がらせをしてもルーナリアの態度が変わらないことが、今回は相手を焦らしていた。そして、嫌がらせはエスカレートしていた。
「あらぁ、手元が狂ったわ。ごめんなさいねぇ。わざとじゃないのよ」
この学園において、実技演習は魔術だけではなく、少ないが剣技もある。貴族子女は剣技を嫌う者もあり、免除も可能だ。だが、魔法剣を得意とするものは剣技を嗜む者もおり、そういう者は張り切って実技演習にも参加する。そして、ルーナリアに失敗という名の嫌がらせをするのだ。
今日は実技演習も後わずかというところで、ルーナリアの左腕が切りつけられた。本当ならば刃の潰れた模造剣を使うところ、真剣を使っていたのだ。貴族はたまにそういう嫌がらせをするのだ。前半の演習では模造剣を使い、ルーナリアとの対戦時に真剣に持ち替えたのだろう。剣を合わせる前からもしやと思っていたが、やはりそうだったらしい。
「いえ、大丈夫です…」
血が滴る左腕を押さえ、ルーナリアは目を伏せた。貴族子女は鼻をフンと鳴らし、心配などしていない風に去っていく。このまま授業も終了するようで、教師も気づいているのかそうでないのか、ルーナリアのことを全く気にしていない。他の生徒もそれに倣うように去っていく。
ルーナリアはふぅとため息をつき、ジンジン痛む左腕にハンカチを当て、止血した。傷はそう深くない。そもそも、わざと切られたのだ。防御魔法を緩め、傷を負ったことがわかる程度に血が流れるように計算して刃を受けた。そうすることで、相手が満足するのならそれでいいと思ったのだ。
くだらない。ルーナリアは心でそう呟き、模造剣を片付けその場を後にした。
そして、昼食を摂るべく、いつもの場所へと足を向けた。
「リア?その腕はどうした?」
裏庭にはもうウィルフレド達3人が来て昼食の準備をしており、ルーナリアは姿を見せた瞬間ウィルフレドに声をかけられた。
「ちょっと演習で切られました」
「演習で?」
王族貴族が先に敷物の上に座っているところに、ルーナリアも失礼しますと声をかけて座る。いつまでたっても慣れないと思っていたが、意外と慣れている自分が恐ろしくもなった。
そんなルーナリアの言葉を聞いてウィルフレドは顔を顰めた。レイアードもその隣で同様の顔をしている。
「またやられたの?最近多くない?」
ため息をつきながら勝手にハンカチを外し、傷の状態を見てくるのはマルクランだ。
「あー、スパッと切られたね。そんなに腕の立つ奴いた?模造剣でこんな切れ味良好な切り傷作れる程の実力者」
血は止まっているが、5センチ程の切り傷が左腕の肘下に縦にできていた。
「…ワザとですし」
「治さないの?」
「私治癒魔法は使えない設定ですので」
分かっていてニヤニヤと聞いてくるマルクランに、ルーナリアは口を尖らせながら答えた。
治癒魔法を使うのは簡単だが、そもそも治癒魔法は難しい。紺色の髪色で、魔力が少ないことになっているルーナリアが使えるものではないのだ。
真剣を使われたんだろうと匂わされたのは、完全に無視を貫いた。
「くだらないやりとりはやめろ」
「あ」
不機嫌を全面に押し出した顔のウィルフレドが、早口で詠唱し、ルーナリアの腕に治癒魔法をかけた。途端に腕が暖くなり、傷がスーッと消えていく。
「消えちゃった」
「女の体に傷を残したままにしておけるか」
「傷がなかったら怪しまれるじゃないですか」
「どうせ俺達と過ごしていることはバレてるんだろう。治っていない方が不自然だ」
まだ言い返したかったが、あまりにウィルフレドが不機嫌なので、ルーナリアは口を噤んだ。
「気になるなら包帯でも巻いておけ。それすら腹立たしいがな」
「……ごめんなさい、殿下」
「リアが悪いんじゃない。守ってやれない俺が悪いんだ」
「でも授業中ですし」
「それでも、だ」
学年が違うのだから、授業中に起きることから守ることはできない。それが分かっていても、ウィルフレドはルーナリアを守れないことを悔しく思っていた。自分がしっかりしていれば、力があればこんなことにはならないはずなのだ。ルーナリアへ向けられた悪意は、自分たちのせいでもあることは分かりすぎるほどに分かっている。それが余計に悔しかった。
そしてルーナリアは、わざと怪我をすることで貴族に息抜きをさせているようなものなのだが、それがウィルフレドを悩ませていることを申し訳なく思っていた。
「殿下、傷を治してくださってありがとうございます」
「リア…」
「さ、ご飯を食べましょう。演習後なのでお腹ペコペコです」
「…そうだな」
ルーナリアがにっこり笑ってお弁当を出すと、ウィルフレドも少し表情を和らげた。




