嵐、去る
守ろうと決めたのに、守ることを拒否された挙句、逆に守ると宣言され、更にはフォルマが課した難題をヒョイっとルーナリアに解決されたウィルフレドは、なるべく気づかれないように落ち込んでいた。フォルマの腕の中で嬉しそうにしているルーナリア以外、全員に気づかれていたけれど。
レイアードとマルクランは、哀愁漂う背中を見ていられず、思わず顔を見合わせていた。これからのフォローはどちらがすべきか、従者としてレイアードがするか、友人としてマルクランが明るく持って行くか。久しぶりに落ち込むウィルフレドの姿に、苦笑いしか出てこない。
ルーナリアの強さは、当初予想していたものよりも数段上で、呪いのことを差し引いてもやはり強かった。呪いは確かに命取りにはなるが、攻撃魔法を使いさえしなければ問題はない。フォルマの攻撃魔法を防いだという事実だけで、もう十分だった。あれを防げるのなら、大抵のことは大丈夫だろう。
確かにルーナリアを守る必要はないのかもしれない。けれど、一人の男としてはそれでは立つ瀬がない。ウィルフレドだって強いのだ。現王族の中では一番魔力が強いし、学園においてもマルクランの次に強かった。剣技をうまく合わせれば、マルクランにも勝てる可能性はある。
しかし、能力を隠していたルーナリアには、今はもう敵うかわからないとさえ思っていた。
好きな女に守られる。しかも年下の、である。それは男としては、なかなか認めたくないことでもあったのだ。
「さて、そろそろ帰るとするか」
心の中でウンウン唸っているだろう三人に気づいていながら敢えて無視し、フォルマは久しぶりの抱擁を満喫していたルーナリアの背中をポンポンと叩いた。
「もう?」
ルーナリアはフォルマから離れてあからさまに残念そうな顔をしてみせた。
「エリザが心配する」
「…そうね」
苦笑しながら答えたフォルマに、まだくっついていたかったルーナリアは渋々ながら頷く。
「エリザによろしくね」
「分かっている」
立ち上がった二人を見て、ウィルフレド達もゆっくりと立ち上がった。
「ルーナリアに何かあればすぐに来る。それを頭において動け」
「あ、あぁ…」
フォルマの鋭い視線を受け、思いふけっていたウィルフレドは慌てて返事をした。
結局のところ、やはりフォルマはルーナリアを守れと言っているのだ。ルーナリアが何と言おうと、ルーナリアを守れないのなら実力行使に出ると言っているようなものだ。ウィルフレド達は公言することなく、密かにルーナリアを護衛する。それこそウィルフレドが言っていたように、ルーナリアを守ることがウィルフレドを守ることになるから、だ。
ルーナリアもそれが分かっていたけれど、もうフォルマに言い返すことはなかった。
「……気をつけて過ごせ」
「はい。…ありがとう、父様」
今一度フォルマはルーナリアを見て、ルーナリアの返事を聞いて軽く頷き、姿を消した。
「早っ!」
フォルマが移動魔法を用いて転移したことに、一番先に声をあげたのはマルクランだ。ルーナリアはさっきまでフォルマがいたところを寂しそうに見つめている。
「転移も無詠唱とか!規格外すぎるから!」
興奮した様子で鼻息荒く話すマルクランに、貴族の面影は全く感じられない。今にも飛び跳ねそうなほどだ。
それも仕方のないことで、移動魔法で人間を移動させるのはかなり難しく、かなりの実力がなければ施行できないのだ。さらに無詠唱となれば、王宮魔導師でも出来るものはいない。マルクランが興奮するのも当然のことだった。いつもならば、貴族らしくない態度をとるマルクランを咎める役であるレイアードが何も言わないのがいい証拠だ。
「皆様、父が申し訳ありませんでした。娘の私が代わりにお詫び申し上げます。数え切れないほどのご無礼を、どうぞお許しください」
フォルマがいなくなったことを受け止めたルーナリアは、ウィルフレド達三人の方に向き直り、90度ほど頭を下げた。
「フォルマのことは気にしなくていい。あれは…色々と特別な存在だ。リアが頭を下げる必要はないよ」
「ですが…、失礼なことをたくさん申し上げました」
「いや…、うん、久しぶりで戸惑ったけど、いつものことだから問題ない。だから頭をあげてよ、リア」
フォルマへの恐怖をぬぐい切れなかった自分を情けなく思い、ウィルフレドは後頭部をポリポリ掻いた。そっと顔を上げたルーナリアは、そんなウィルフレドと目が合い、さらに深く頭を下げた。
「本当に申し訳ありません」
「本当にいいんだ、リア。フォルマは、余程の事でなければ陛下も手出しはできない。陛下ですら…と思ってしまう自分が恐ろしい…。とにかく、この事はもうおしまいだ。色々あったけど、とりあえずピクニックの続きをしようか」
この話はおしまいとばかりに、ウィルフレドはレイアードに昼食の準備をするよう目配せをした。レイアードは分かったと軽く頷き、移動魔法で準備を始めた。
「あ、ここだとさっきの事を思い出して昼食をとるのは気がひけるかな」
「もういないので大丈夫です…が、少しわがままを言うなら、少しだけ場所を移動したいです。せっかくなので湖は眺めていたいのですが、あの生き物が出たところからは離れたい…です」
「ちっともわがままではないが、それもそうだな。少し移動しよう」
少し恥ずかしそうにするルーナリアに、ウィルフレドはようやく微笑んで言った。




