守られない強さ
「殿下に守って頂く必要は、ありません」
動揺しただけだと思っていたけれど、気持ちが不安定になっていたのだと、父とウィルフレドの会話を聞きながら、ルーナリアはようやく気が付いた。
大嫌いな生き物に襲われて、学園に入って初めて攻撃魔法を使って、ウィルフレドに抱きしめられて、久方ぶりに父に会えて、たくさんの出来事が一度に起こったために、弱い自分が顔を出していたことに気づくのが遅れた。自分の置かれている状況に、下唇を噛んでひたすら耐えるなんて、らしくないことだ。
私は強い。誰よりも鍛錬し、誰よりも努力をした。何度転んでも立ち上がり、何度挫けても立ち直った。ずっと、ずっと戦って来たのだ。私の強さを認めるのは、他の誰でもない私自身。誰にも負けはしない。自分自身にだって負けない。私はダンテ・フォルマの娘なのだから。
「私の剣術は以前お見せしたように、父のお墨付きです。補助魔法も防御魔法も、最上級を使いこなせます。攻撃魔法を使えなくとも、その他で十分にカバーできます。先程は油断からお見苦しいところをお見せしてしまいましたが、精神面を鍛えればあれ位あしらえます。殿下、一時の気まぐれで、王族に仕える方々が一庶民を護衛するなどしてはいけません」
「しかし、攻撃魔法なしでは敵わないこともあるだろう」
「殿下、庶民には魔力を持たない者が多くいます。攻撃魔法はもちろんのこと、治癒魔法を扱える者はほとんどいません。その者たちに心を砕くことがあれば、殿下はその全ての者たちを自分達の手で守ると言うのですか?王宮にいる、戦闘能力の低い文官や、下働きの者達にも同じ事ができますか?」
「それとこれは話が違いすぎる」
「そんな事はありません。何も知らない者が見れば、同じ事になるのですよ。そして、期待と、失望、絶望を与える事になるのです」
「それは…」
ルーナリアは真っ直ぐな瞳で、ウィルフレドを見つめた。初めて見るルーナリアの表情に、鋭い言葉に、ウィルフレドは言葉を失う。
最善の策だと思ったが、ルーナリアを失うのが怖くて、焦ったのかもしれない。全くもってルーナリアの言う通りだった。ウィルフレド付きの護衛がルーナリアを守れば、他の者達も同様に守ってもらえると思う。しかし、実際はそうではない。守ってもらえなかった者達は、期待した分だけ、絶望するのだ。
「リアが強い事は分かっている。それでも、絶対などこの世には存在しない」
山育ちのためか、フォルマの元で育ったためか、ルーナリアは反応が早く、それに対しての動きも早い。魔物が現れればいち早くそれを察知し、戦闘に入るだろう。つまり、危険にさらされる可能性も高いと言う事だ。
跳ね返りの呪いを知ってしまった今、ウィルフレドは何も知らなかった時のようにルーナリアを一人にはしたくなかった。それが自分一人の我儘だとは分かった上で。
「私を、殿下のアキレス腱にされては困ります」
「何を…」
「殿下の弱点になるのは嫌です。私を護衛しているなどと知られれば、それこそ敵につけ込む隙を与えるだけではありませんか。余計に私が狙われるようになるだけです。その結果、守りが薄くなった殿下が襲われる可能性だってあるのですよ。私に護衛をつけるのは得策ではありません」
「だが…」
そうしなければ、リアを側に置けない。そう言いかけて、ウィルフレドは思いとどまった。冷静なルーナリアの言葉に、頭が冷えていくのを感じる。
今の自分はこの国の第二王子として、国民のことを考えてはいない。ウィルフレド個人として、自分の気に入った人間を側に置きたいがために、駄々をこねているに過ぎない。自分の浅はかさに、愚かさに、頭を抱えたくなった。
そして、ルーナリアは、自分の側に居てくれようとはしない。ルーナリアはそれを望まない。その事実に打ちのめされそうな弱さを見せないようにするのに必死だった。
「殿下、私は、殿下の側に居たくないと思っているわけではありませんよ」
「!?」
心の内を読まれたのかと、ウィルフレドはハッとしてルーナリアを見た。
「私だって心を読む禁術なんて使えませんよ」
苦笑いをしながら、ウィルフレドを見つめる。
「顔に全部出てます。殿下も結構わかりやすいところ、あるんですね」
「なっ」
照れてしまったのか、恥ずかしかったのか、顔を赤くしたウィルフレドをルーナリアはにこやかに見た。
王族は感情を読まれることのないよう教育されている。ウィルフレドももちろんそのはずで、今までは薄い仮面を被ったような印象があった。笑っていても、からかっていても、申し訳なさそうにしていても、表情が作られているとルーナリアは感じていた。それを不快だと感じていたことはなく、王位継承権のある王族なのだから当然だろうとだけ思っていた。
しかし、今日のウィルフレドは、王族の仮面を落としてしまったのかと思うくらい様々な表情をして見せていた。焦ったり悲壮感を漂わせたり怯えたり、喜んだり苦悩したり。
そんなウィルフレドを見るのは悪くないなと、ルーナリアはこっそり思っていた。
「庶民としては、殿下達と一緒にいるのは精神的に疲れたりしますが、楽しいと思っているのも事実です。一人で食べるご飯より、皆さんと食べるご飯の方が美味しいですし、ちょっとおかしな出来事はありましたけど、こうして湖を見に来られたのも、楽しかったです。殿下達が誘ってくださらなかったら、学園の外に出ることなんてなかったと思います」
ピクニックと称して森の中を歩くことも、巨大生物に出会うまでは綺麗な湖を見ることができたことも、ルーナリアはとても嬉しく思っていた。多分ウィルフレド達が思っている以上にだ。
この学園に来てから感じることのできなかった自然を、存分に感じることができた。それだけで、本当に嬉しかったのだ。
そしてそんなルーナリアの言葉を聞いて、ウィルフレドはホッとしながら、そう思ってくれていたルーナリアに喜びを覚えていた。
「守られなくたって、殿下の側にいることはできるはずです。私は自分の身は自分で守れます。殿下を守りながら自分を守ることだってできます。この学園に来てからの二年を、無駄に過ごしてはいません。父様といた頃より、魔法の精度だって上がっているはずです」
「む」
突然話を振られ、娘に見つめられ、フォルマは少し目を丸くした。
「まだ…心を乱されることはあるけれど、それでも、成長しているでしょう?父様の不意打ちの攻撃魔法だって問題なく防げたわ。この国一番の魔法使いの攻撃魔法を防いだのよ?ここまで出来るなら、私に護衛は必要ないでしょう?それを確かめるために、私を試したのよね?」
「…相変わらず、聡い娘だな。ウィルはルーナリアを見習うといい」
フォルマはいたずらがバレた子のような顔をして、軽くため息をついた。
「それは、今まで通りでいいと、認めてくれたということ?」
「それ以外にどう捉える?」
「ありがとう、父様」
フォルマが微笑んでルーナリアの頭に手を置くと同時に、ルーナリアは満面の笑みでフォルマに抱きついた。
それは父がくれた、肯定の言葉だったから。




