護る覚悟
ブックマークありがとうございます。
花粉症がひどくて、目が開けられないほどですが、頑張ります。
イングラム帝国において、一番に守られるべき存在は帝国王陛下であり、次いで王位継承権の高い順となっている。帝国王妃陛下も当然護衛対象であるが、王陛下よりは下位であり、王子殿下達よりも下位の存在だ。側妃達も同様である。
守られるべきは帝国を統べる者であり、帝国王陛下に何かがあったときにその代わりを担える者だ。その妻達は例え王子殿下を産んでいようと、王位継承権のある者より優先されない。いざという時は、切り捨てられる。それは周知の事実だ。
だから、王子殿下の恋人であっても、守られる存在とはなり得ない。この国において、王族よりも優先される人間など、いないのだ。
けれど、ルーナリアは、守らなければウィルフレドの傍にいることはできない。傍に置くことが、できない。
ルーナリアを諦めるか、国に逆らう。ウィルフレドに与えられたのは、その二択だ。
ウィルフレドは、ぎゅっと歯を食いしばり、拳を握りしめ、思いを巡らせた。
自分にとってルーナリアとはなんなのか。ある日突然現れた、庶民の娘。二つ下で、身分を気にする割に、鋭い物言いをし、賢く物事を判断する。物怖じはしないのに、ちょっとからかえばすぐに動揺し、表情は豊か。攻撃魔法はからっきしダメだというのに、魔法を読む力は正確で、防御魔法や間接魔法のレベルは高度。フォルマ直伝の剣術もなかなかの腕で、魔物をも撃退する。あのフォルマの魔力を纏う、けれどただの少女だ。
笑うと可愛い少女は、権力や肩書きに吸い寄せられるように近づいてきた女達とは違い、隣にいると安心する子だった。魔物を倒した後の笑顔は見惚れるほどだったし、拗ねた顔も可愛い。コロコロ変わる表情に何度も目を奪われ、心も奪われた。
泣きながらしがみつき、何度も謝る少女を、守ってやりたいと、そう思った。自分にとってなんだっていい。守りたいと、そう思ったのだ。
ウィルフレドはちらりと後ろを見た。斜め後ろに控えるレイアードと目が合う。友人ではなく、従者としての、スナイデルとしての顔をした彼と数秒目を合わせ、ウィルフレドは心を決めた。
「俺が、リアを守る。攻撃魔法は使わせない」
「殿下…」
フォルマへと視線を戻したウィルフレドは、ゆっくりとした口調で宣言した。その言葉に、ルーナリアも顔を上げる。
「それでいいんだな?」
フォルマはウィルフレドを睨むように見た。
「あぁ。約束は守る。こんな事でリアを諦める気はない」
「ほぉ、そうか」
「リアに何かあれば、フォルマは俺を消しに来るだろう。そうならないように、俺の護衛も俺の為にリアを守る。リアを守ることが、俺自身を守ることになる。何もおかしいことはない。何にも逆らってはいない」
「ふっ、考えたな」
フォルマの目つきが元に戻り、張り詰めた空気が和らいだ。ウィルフレドは、その態度から自分の選択が間違っていなかったと思い、気付かれないように軽く息を吐いた。
この国では王位継承権を持たないものは基本的に護衛対象とはならない。しかし、ウィルフレドを守るためにルーナリアを見捨てた場合、その場でウィルフレドの命が守られたとしても、その事実を知ったフォルマが報復しに来るのは既定事項だ。そうなれば当然ウィルフレドの命はない。ルーナリアを守らなければ、ウィルフレドを守ることにもならないのだ。ウィルフレドを守るということは、ルーナリアを守ることでもある、とウィルフレドは告げていた。
「レイ、お前もそれでいいんだな?」
「我が主の思うままに」
「ふむ」
レイアードはスナイデルとしての従者の顔で、フォルマの問いに答えた。それにより、ウィルフレドの言葉がただの独りよがりではないとの認識になる。
「ウィルも少しは頭を使うようになったか。もう坊やじゃなくなったな」
「あれから七年経っているからな。さすがに成長している」
「まだ甘いがな。お前はもっと頭を使え。何のためにスナイデルが後ろについていると思っている」
「……」
「中途半端な奴にルーナリアを任せることはない。さっさと覚悟を決めろ」
「……分かっている」
「ふん」
少し雰囲気が柔らかくなったかと思えば、すぐに元の空気に戻っていく。緊張と弛緩を繰り返し、余計に疲労を感じる空間になっていた。
「リア、勝手に決めてごめん。でも、そんな呪いの話を聞いて、リアのことを放ってはおけない。どうか、俺の側で守られていて欲しい」
重苦しい空気を掻き分けるかのように、ウィルフレドは下を向いたままのルーナリアに声をかけた。フォルマに言われたからでもあるが、ルーナリアはこの話の主だった人間でありながら、ほぼ蚊帳の外だったのだ。ウィルフレドは、ルーナリアがどう思っているのかを全く想像できていなかった。
「リアは俺の側にいるのは嫌だと思っているかもしれないけど、俺は側にいて欲しいと思っている。同じ気持ちを持って欲しいとは今は言わない。ただ、心配なんだ。だから…」
「その必要はありません」
「え?」
ウィルフレドの言葉を遮ったのは、先ほどまで辛そうに下唇をかみ、うつむいていたルーナリアの、芯の通った声だった。思わぬ展開に、ウィルフレドは驚きを隠せない。
「その必要はありません、殿下」
顔を上げたルーナリアに不安そうな雰囲気はまるでなく、そういえばこの子はフォルマの娘だったと周りにいた誰もが思い出すような、鋭い表情をしていた。その表情に、ウィルフレドは息を飲んだ。
「私は、殿下に守って頂く必要はありません」




