錬金術
「さて、何を作ろうかな」
昼食を終えたルーナリアは、サンドイッチを包んでいたハンカチをぽいっと移動魔法で寮の自室に戻し、両手を胸の前で合わせ、10センチ程ゆっくり手を離した。
ほわっと手の間に白い光が集まる。その光をこねるように、撫でるように、ゆっくりと手を動かす。
「やっぱり魔石が無難よね。無難中の無難だわ」
そう呟きながら、手を動かし続けると、手の中の光がどんどん小さくなっていく。手を動かすのをやめ、光を手の上に乗せ、しばらく魔力を流し続ける。ここからは、魔力を込めれば込めるほど大きな魔石になる。大きければ大きいほど、魔力の大きさを誇示できるし、その価値も上がる。
「こんなもんかな」
魔石の大きさが5センチ程度になったところで、ルーナリアは魔力を込めるのをやめた。光は消え、黒く丸い石が手のひらに転がった。
「うん。いい出来」
魔石をつまみ上げ、空にかざす。黒くつやつやとしたまん丸の石は、それなりの価値があるだろう。
魔石の錬金は、ルーナリアの得意魔術だ。魔石だけでなく、魔術師が使う杖や、時間をかければ魔法剣士の剣なども錬金できたりもするが、魔石は需要が高いのと簡単に生成できることもあり、よく錬金していた。
魔石は、その名の通り魔力を込めた石だ。イングラム帝国ではいたるところで使われている。例えば、街灯の光源であったり、暖炉の火であったり、空調の風であったり、だ。魔法展開時に魔石を使用することで、より威力のある魔法を使えたりもするし、魔力の込め方によっては結界を展開することもできる。なんにせよ、万能の石だ。
しかし、万能であり、需要が高いが故、魔石は高価である。魔力を込めて作り出すしかないし、ものによっては時間もかかる。そして、消耗品だ。使い続ければ、壊れるか、消滅する。故に、魔石はいくつあっても困るものではない。
そんな魔石を生成したのには、一応理由がある。それは…。
「見事な錬金術だな」
「は?」
ルーナリアが生成したての魔石をスカートのポケットにしまおうとしていたところで、後ろから男の声がした。人気がないことを確認していたルーナリアは、思わず間の抜けた声を出して振り返った。
魔石を見つめるその人は、眩しいほどの金色の髪に、同じく金色の目をした、そこいらの令嬢が見惚れるであろう顔立ちをした男だった。魔法学園の制服をまとい、胸元のタイが青色であることから、ルーナリアより2学年上の生徒であることがわかる。
「レディを背後から覗き見するなんて、いいご身分の紳士のすることとは思えませんね」
「ん?…ほぉ」
金髪の青年は、ルーナリアの反応を見て意外そうな顔をし、興味深そうな視線を送った。が、ルーナリアは立ち上がるために視線を逸らしたために、青年の表情の変化を見ていなかった。
「その魔石を見せてもらっても?」
「こちらでよければ、どうぞ」
ルーナリアは、しまいかけていた魔石を、金髪の青年ではなく、その少し後ろに控えていた、金に近い茶色い髪に青い瞳をし、同じく青色のタイをした青年に差し出した。金髪の青年は一人でそこにいたのではなく、お付きのものと思われる生徒を従えていたのだ。そのためルーナリアは金髪の青年をそこそこ身分の高いものと判断し、魔石を直接渡すのではなく、茶髪の青年に差し出したのだ。
その判断は正しかったようで、茶髪の青年はルーナリアから魔石を受け取り、何かを確認した後金髪の青年に渡した。危険がないかどうか確認されたんだろうことは、誰にでもわかることだ。
「あんな短時間で作ったとは思えぬ、素晴らしい魔石だな」
「…ありがとうございます」
一体いつから見られていたのだ、とルーナリアは眉をひそめかけた。最初から最後まで見られていたというのか。
「これは何に使うのだ?」
何故答えねばならぬ…と思いつつ、ルーナリアは目線を下げたまま口を開く。
「授業で及第点がもらえず補習になるとのことでしたので、これを提出して補習を免除してもらおうかと思っておりました」
「このような魔石を作れるというのに、錬金学で及第点がもらえないのか?!」
「あ、いえ…、及第点がもらえないのは攻撃魔法です」
金髪の青年があまりに驚いた声をあげるので、ルーナリアは一瞬口ごもったのち、ごまかしを抜きに、本当のことを述べた。最後の方声が小さくなって行ったのは仕方のないことと思いたい。
「攻撃魔法が…。そなた、ルーナリア・フォルマか」
金髪の青年は、腑に落ちた表情でルーナリアを見た。
攻撃魔法が使えないというだけで個人認定されてしまうなんて、どのレベルの有名人だよ。他学年にも知れ渡るなんて、人気者過ぎるわ。
心の中でルーナリアは悪態をつきまくった。庶民というだけで嫌な視線を送られるというのに、ここまで認知されているとなると、今後の学園生活が思いやられる。ため息の1つもつきたくなろう。
「いかにも、私がルーナリア・フォルマです。…が、家名呼びはルール違反ですよ、殿下」
ようやく…他の人が出てきた…。