叱責と謝罪
ほのぼのとした雰囲気で過ごしていたルーナリア、ウィルフレドだったが、突然空気が変わる。
バリバリッ。
耳をつんざくような恐ろしい雷鳴が響き渡り、晴天の空から先ほどマルクランが出したものとは桁違いの強力な雷が落ちた。
ウィルフレドを狙うかのように、一直線に。
「!」
もう少しで直撃というところで、雷はウィルフレドの頭上でシュッと音を立てて消えた。
「今のは…」
一瞬の出来事に驚きながら、ゆっくり立ち上がり、ウィルフレドは辺りを見渡す。空は青い。雷が落ちるような雲もない。ならば、さっきの雷は…。
「父様…」
困った様に眉を下げ、ため息をつきながら振り返ったルーナリアの目に映ったのは、不機嫌そうに近づいてくるフォルマだった。その後ろには顔色の悪いレイアードとマルクランもいる。
説明するまでもなく、先ほどの雷を落としたのはフォルマだ。しかも、ウィルフレドを狙って。
「今の防御魔法はルーナリアのものだな」
「そうです。…父様、やりすぎですよ」
「やりすぎも何もあるか」
王族を攻撃しただけでも大問題であるのに、それを全く気にした様子はなく、何故か不機嫌そうにルーナリアに近づき、しゃがみ込んで足に触れた。
「治っているな」
「元通りにして頂きました」
「当たり前だ」
ルーナリアの足の様子を観察し、フォルマは尚不機嫌そうに立ち上がった。
「お前たちはそれでウィルの護衛のつもりか?防御魔法一つまともに展開できない護衛など、何の価値がある」
ただ立ち尽くすレイアードとマルクランに向かって、フォルマは冷気のこもった低い声を吐き出した。
「ルーナリアがいなかったらウィルは死んでいたな。俺を反逆者にでも仕立て上げたいか」
すっと細められた目に、二人は動きを封じ込められたかのように、動けなくなる。
フォルマの攻撃は、ウィルフレドの命を奪えるほどのものであった。それを肯定されたことで、二人の背筋は凍っていた。致命的な攻撃に対し、二人とも全く対応できなかったのだ。フォルマの強大な魔力の動きにこそ気付けたものの、そこからウィルフレドを護るべく動くことができなかった。護衛失格もいいところだ。
そして、ウィルフレドが死んでいたのなら、フォルマは王族を害したものとして反逆者扱いになる。フォルマが敵に回るということだ。この国にフォルマを捕まえられるものなどいない。他国に逃げられたところで、今度はフォルマの脅威にさらされる。
自分たちが未熟なために、帝国は第二王子を失うだけでなく、国の危機に瀕するところだったのだ。震えそうになる身体を、ぎゅっと拳を握ることで収めるだけで精一杯だった。
「お前は王族だろう。自分の身を守ることさえできないのか。ただの足枷でしかないではないか」
「…っ」
振り返り、フォルマはウィルフレドにも冷たく言葉を投げつけた。
王族が自分の身を守ることは、何よりも大事なことだ。時には周りの人間を盾にしてでも、自分の命を守りきらねばならない。王族を中心に成り立っているこの国で、自分達の命がどれだけ重要なものかは、自分達が一番よく知っている。血が、重んじられるこの国では。
だから、護られるべき王族にも、強さが求められる。強大な魔力を有して生まれたからといって、何もしなければただの宝の持ち腐れだ。訓練をし、鍛錬をし、その魔力を使いこなせなければ意味がない。ウィルフレドはそれをしっかり理解して己の魔力を使いこなし、マルクランには及ばずとも、レイアードと肩を並べる程度の実力は手にしていた。
しかし、ウィルフレドもまた、フォルマの魔法に一切反応できなかった。気付いた時には雷が自分めがけて落ちてきており、はっと思った時には、防御魔法によって雷は消えていた。あの防御魔法がなければ、ウィルフレドは命を落としていたかもしれない。
「ルーナリアはお前の護衛ではないはずだ」
より一層フォルマの目がきつく細められた。
「その通りだ。リアの手を借りたことは申し訳なく思っている」
「父様、私はこの国の民よ。護衛じゃなくても王子殿下を守る義務はあるわ」
「自分の身すら守れない王族の面倒などみていられるか」
「父様レベルの魔法、そうそう防げる人なんていないでしょう。それにさっきの威力なら、私まで巻き込まれていたはずよ。私が防御魔法を使ったって何もおかしくはないわ」
「お前が巻き込まれるわけがない」
「私のことまで試したわね」
「万一の時は消すつもりだった。その必要はないと思っていたし、実際なかっただろう」
「…それでも、嫌だったわ」
「…そうだな。やりすぎたかもしれん。すまなかった」
フォルマの謝罪に、その場にいたルーナリア以外の3人が目を丸くした。言葉だけでもフォルマが謝罪するところなど、見たことがなかったのだ。フォルマとルーナリアの仲を見せつけられ、素早く今一度ルーナリアの立ち位置と、その存在の重要性を再確認した。
元々はウィルフレドとフォルマが対峙していたはずなのだが、ルーナリアによってそれは解消させられたらしい。フォルマはもうウィルフレドを見ていないし、怒りに満ちた視線も消えている。一先ずはルーナリアに助けられたらしい事を実感し、ほっと胸をなでおろした。
「父様、怪我をしているでしょう?私が治療するわ」
自分達がフォルマの視界から消えているのを好機とし、レイアードとマルクランはウィルフレドの側に近づいていたところ、またも信じられない言葉を耳にし、ウィルフレド達三人は自分の耳を疑った。あのフォルマが怪我をするなど、聞いた事がないし見た事もない。何がどうなればフォルマが怪我を負うのだと、三人それぞれ顔を見合わせ混乱した。
「その必要はない。エリザにさせる」
怪我をしている事は否定せず、しかしどこに怪我を負っているのか全く気付かせない態度でフォルマは立っていた。
「エリザに心配をかけたくないの。さっきの事も、エリザには知られたくないわ」
辛そうな表情で頭を振り、フォルマを見つめてルーナリアは訴えた。少し考えるようにして、フォルマは頷いた。
「そうだな。分かった。頼む」
「ありがとう、父様」
切なそうに微笑むと、ルーナリアはフォルマの足に向かって治癒魔法を展開させた。




