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治癒魔法

「ウィル、確かお前は治癒魔法が得意だったな?」


 そう言いながら、フォルマはずかずかと大股で歩き、ウィルフレドとの距離を縮める。


「あぁ、得意だ」

「それならお前がルーナリアの傷の治療をしろ」

「父様っ。殿下にお願いするようなことじゃないわ!」

「歩けないのだろう」

「…っ」


 フォルマの言葉に、ルーナリアは思わず目を伏せ下唇を噛んだ。ウィルフレド達も一斉にルーナリアの足に目を向ける。ルーナリアの足は赤黒く変色し、腫れていた。

 痛々しい足に、ウィルフレド達は顔色を変えた。巨大な生物を絶命させた所にフォルマが現れたことで、誰もルーナリアの怪我の程度を確認出来ていなかったのだ。


「黙って治療されておけ。ウィルもお前を治療したいはずだ。なぁ?」

「もちろんだ。リア、早く」


 ウィルフレドはフォルマに向かって腕を差し出したが、フンッと鼻息であしらわれ、ルーナリアはウィルフレドの前の草の上にゆっくりと降ろされた。


「分かってるな?かすり傷1つ残さず治せ」

「もちろんだ」


 ルーナリアの前に跪き、ウィルフレドは治癒魔法の詠唱を始める。フォルマはそれを確認し、背を向けた。

 いくら帝国一の魔法使いとはいえ、王子殿下に命令するなどありえない。ルーナリアはフォルマにそう進言したかったが、向けられた背中には何も言えなかった。


「レイ、マル、話がある。来い」


 フォルマは残る二人に声をかけ、ルーナリア達から少し距離を置いた。

 せっかく会えた大好きな父親が離れていくことに、寂しさを感じずにはいられない。たまらず目で追っていたルーナリアだが、不意に伸ばした足に暖かさを感じ、視線を足に戻した。

 巨大な生物に絡まれ赤黒く変色して腫れ上がった両足を、優しい光が覆っている。最上級の治癒魔法だ。


「殿下…。私なんかのためにお手間を取らせてしまって、本当に申し訳ありません」


 その治癒魔法を展開している人を思い出し、ルーナリアは頭を下げた。


「そんなことはないよ。それより頭を上げて。リアがそんなことしなくていい。いや、むしろお願いだから頭を上げて欲しい。一刻も早く!」


 声こそ大きくないが、ウィルフレドは力を込めてルーナリアに言った。むしろ、最後の方はだいぶ慌てた様子で。

 あまりの切羽詰まった様子に、キョトンとしてルーナリアは顔を上げた。


「殿下?」

「頭を下げられるのが心臓に悪いという意味がよく分かった。リアが僕に頭を下げたところを見られたら、絶対にフォルマにやられる。だからお願いだから頭を下げないで欲しい」

「…そういうことでしたか…」


 一国の王子が、庶民相手にこんなに悲壮感漂うお願いをすることなんてあるだろうか。ルーナリアは小さなため息をつきつつ苦笑した。


「では、殿下も軽はずみに私に頭を下げないでくださいね」

「軽はずみではないんだけど…、善処するよ」


 ウィルフレドもまた苦笑した。

 その会話がなされる間にも、ルーナリアの足はどんどん回復していく。既に赤黒さはなくなり、元の肌の色に戻っていた。


「殿下は治癒魔法が得意なのですか?」

「ん?あぁ、そうだね。昔フォルマにしごかれていた頃はみんな怪我が絶えなくて、必然的に治癒魔法が上達していったんだ。あの二人が攻撃に回って、僕は後方支援として回復に回ることが多かったから、レイやマルより治癒魔法は得意なんだ」

「そうなんですね。少々複雑な気持ちですが、納得はしました」


 治癒魔法が使えることは素晴らしいことだが、それが父フォルマの荒行の末の結果ということを聞けば、落ち着いてはいられない。当時フォルマが魔法教育を担当していたとしても、その方法が規格外であることは明らかだからだ。

 高位貴族や王族に怪我を負わせ、更にその治療を自らにさせるなど、到底ありえない。それを見守っていた周囲の人間の忍耐は底知れないだろう。


「リアは治癒魔法は使えないのか?」

「いえ、一応使えます」

「それならどうしてこんなに酷い怪我を放っておいたんだ?痛かっただろう?」

「……平気です。痛みは…我慢すればいいだけですから…」


 ルーナリアはそう言って目を伏せた。

 治癒魔法は自分自身にも使うことができる。上級の魔法使いともなれば、攻撃魔法を仕掛けながら、自身に治癒魔法をかけ、戦闘時のタイムロスを防ぐのだ。ルーナリア程の魔力保持者で治癒魔法を使えるとなれば、普通は自分で怪我を治す。しかし、ルーナリアはそうしなかった。それどころか、痛いという素振りすら見せなかった。フォルマ以外の人間が怪我に気づくことができない程、ルーナリアは痛みを表に出さなかったのだ。


「これは、普通の女の子が我慢できるような怪我ではなかったよ」


 もうすぐ治療が終わるであろうルーナリアの足を見ながら、ウィルフレドは静かに言った。

 ルーナリアの怪我は、骨こそ折れていなかったものの、その一歩手前の状態ではあったのだ。

 フォルマは言った。歩けないのだろうと。それをルーナリアは否定しなかった。あの巨大な生物を討伐した後、ルーナリアは怯えて動けないのだろうと思っていたけれど、それだけではなかったのだ。フォルマが移動魔法でルーナリアを抱えたのも、それが分かっていたからなのだろう。

 ウィルフレドはルーナリアの怪我に気付けなかった自分に腹が立った。ルーナリアの強がりを見抜けなかった、自分に。フォルマは、すぐに気がついたというのに。


「痛いのは、平気です。痛みを感じられるのは、生きているからですし」

「リア?」

「…死ねば、痛みどころか何も感じられません」

「それはそうだけど…」


 ウィルフレドはルーナリアの表情を伺おうとしたが、俯き加減なために何を思ってそう発したのか分からなかった。


「これで終わりだ。もう痛みはないだろう?」


 ウィルフレドの言葉と共に治癒魔法の光が消える。ルーナリアの足は元の色に戻り、腫れも消えていた。


「全く痛くありません。ありがとうございます、殿下。お手を煩わせてしまってすみませんでした」


 ルーナリアは座ったまま軽く足を動かし、痛みはなく元通りだとアピールした。そして頭を下げかけたところで、先ほどのウィルフレドの言葉を思い出し、不自然な位置で止まった。


「覚えていてくれて助かるよ」

「父がいる間だけ、ですよ?」


 不自然な位置で頭を止めたまま目だけを動かし、困ったような顔で笑うウィルフレドを見て、ルーナリアもまた笑った。





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