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ダンテ・フォルマ

 イングラムにおいて、ダンテ・フォルマの名を知らない人間はいない。

 イングラム最高にして最強の魔法使い。刃向かうものあれば骨まで残さず消し炭にし、何度も王の命を狙うものから守ってきた。過去には帝国の魔法師団を束ね、他国からの侵略を阻んだ。それどころか報復として攻め入り、帝国の領土を拡めもした。

 一度剣を振るえば、騎士団の者さえ剣を弾かれ、騎士団長でようやく互角になると言われていた。剣に魔法を纏わせれば、敵う者はいなかったとされている。

 他国にもその名を轟かせるその人は、あるとき突然魔法師団を辞め、山に篭り、外界との接触を切った。


「何があったと聞いている」


 魔力の強さを示す、金色に近い色素の薄い茶色い髪が、ボサボサのまま首の後ろでひとくくりに束ねられ、肩甲骨辺りまで流れている。無精髭はそのまま、紫の瞳は鋭く細められ、視線だけで金縛りにあいそうな程の眼力。汚れたシャツにズボン、革のブーツを履いたその人は、突然現れ、殺気を振りまきながら近づいてきた。溢れんばかりの魔力もダダ漏れだ。


「ルーナリア」


 名前を呼ばれ、はっと顔を上げたルーナリアは、涙に濡れた瞳でその人をみつめた。


「父様…っ」


 ウィルフレドから体を離し、突然現れた父親に手を伸ばす。しかし、足がすくみ、腰が抜けた状態では立ち上がることすらできない。


「来い」


 フォルマの言葉と同時に、ルーナリアの姿が消えた。今まで抱きしめていた温もりが突然なくなり、驚くウィルフレドが視線を彷徨わせると、ルーナリアはフォルマの腕の中におり、フォルマの首に腕を回してしがみつくように抱きついていた。

 移動魔法で瞬時にルーナリアを移動させたのだ。人間の移動は最高難易度になるが、フォルマの手にかかればそれも一瞬だ。


「ごめんなさい…っ、ごめんなさい父様」


 抱きついて泣きながら謝るルーナリアを、フォルマはお姫様抱っこをする腕に力を入れ、さらに抱きしめた。


「お前が謝ることはない。大丈夫だ」


 無精髭が残る頬をルーナリアの頭に寄せ、優しく声をかける。しかし視線は鋭いままだ。


「我が娘に何をした、小僧ども」


 突然の帝国一の魔法使いの登場に言葉なく立ち尽くしたままのレイアード、マルクラン、そして座ったまま立ち上がらずにいるウィルフレドは、巨大生物以上の驚愕の自体に、なかなか言葉が出ない。


「ちがっ、違うの父様。アレ…アレが…」


 フォルマの肩に当てていた顔を少し上げ、しかし見るのも恐ろしくてたまらず、ルーナリアは左手で湖の方を指差した。フォルマはゆっくりとそちらに視線を移し、あぁ、と軽く息を吐いた。


「なるほどな」


 その言葉と同時に、ドガンッと地響きを伴うほどの爆発音がし、巨大生物が燃えた。というか、火が見えたのは一瞬だけで、すぐに消えた。そこにいたはずの生き物と共に。


「無詠唱でこの威力…」


 目の前で起きた出来事に、ウィルフレドはたまらず顔をひきつらせた。

 無詠唱、無動作、杖なしで爆発するほどの火魔法を繰り出すことは、並大抵の魔法使いには出来ないことなのだ。通常は攻撃魔法が繰り出されるまでに詠唱による時間があるが、フォルマにはそれがない。しかも仕草もない。それは受ける方からすれば、恐ろしいことでしかないのだ。


「アレはお前達の仕業ではないのだな?」


 先ほどまでではないものの、殺気を纏ったまま睨みつけるような視線でフォルマは三人を見た。王族を睨みつけるなど、本来ならば不敬罪に該当しそうだが、そうはならないのがフォルマだ。彼だけは特別なのだ。


「誓って、俺たちは何もしていない。ここにはピクニックに来ただけだ。あれは突然現れた」


 ゆっくりと立ち上がりながら、ウィルフレドは言葉を返した。王族として、怯えた態度をとることはできない。幼少期ならまだしも、もう16になるのだ。植え付けられた恐怖心に加え、振りまかれる殺気はなかなかのものだが、負けてはならないと自分を叱咤し立ち向かった。


「だとしても、お前らは三人もいてルーナリア一人守ることができない腑抜けか。それともなんだ?俺の娘と分かった上で、ウィルを守ることを優先したか?」

「いや…それは…」


 早速口籠る。

 襲われたのはルーナリア一人だ。たまたま湖に近づいたのがルーナリアだったから襲われたのだろう。ウィルフレドをはじめとした三人はルーナリアを救出しようと思った。が、情けないことに、ルーナリアの反撃の方がはるかに早かった。

 間違いなく後者ではない。しかし、前者と言われれば前者になってしまう。それをフォルマの前で認めるのは、さすがに躊躇してしまう

 どう答えるのが一番穏便に収められるか、高速で頭を回転させる…が、動揺が大きくまとまらない。目だけはそらすまいと、フォルマを見続けるだけで気力が削られていく。


「父様、殿下は私を助けてくれたわ。みんな庶民の私を守ろうとしてくれたのよ。そんな風に責めるのは良くないわ」

「そうか…。そうだな。ルーナリアがそう言うのなら仕方ない。…お前達命拾いしたな」

「父様っ」


 ルーナリアの言葉に怒気を収めたものの、フォルマはウィルフレド達に睨みをきかせていた。ルーナリアは父の態度を良しとせず慌てていたが、そんなことに動じるフォルマではない。王族だろうが貴族だろうが関係なく、自分を貫いていた。

 そしてそんなやりとりの中、いつの間にかルーナリアの涙は止まっていた。




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