お誘い
噂が回るのは早いもので、マルクランと食堂でお茶をした翌日には、ルーナリアの処遇は変わっていたのである。
変わったと言っても、嫌味や文句がなくなり、蔑むような視線が減ったくらいで、分かりやすく誰かが馴れ馴れしく話しかけてきたりはないのだが。面倒な呼び出しがなくなり、聞こえる声での悪口がなくなっただけでも、ルーナリアにとっては劇的な環境の変化であった。
こう一日置きに態度が変わられるのには、呆れはするけれど。
しかし、平穏が戻ってきたのは純粋にありがたかった。無駄に疲弊しなくて済む。不躾な視線や、こそこそした噂話は聞こえてくるけれど、それは以前と変わらないものなので気にならない。攻撃魔法が使えない庶民の日常が戻ってきたのだ。多分。
「学外演習…ですか?」
「そう。四人で行って見ない?」
「なんでまた急にそんなことを…?」
ウィルフレドの秘密の部屋に集まった四人は、初日のようにソファに座り、レイアードの入れた紅茶と茶菓子を堪能しつつ、話を弾ませていた。
マルクランの言う学外演習とは、学園の生徒がその名の通り学外に行き、魔法の練習をすることだ。授業の一環としてもあるが、今提案されているのは、自習として自発的に行こうと言うものだ。
「もうすぐ学園で実力試験という名の魔力測定があるでしょ?その鍛錬だよ。リアはしたことない?」
「攻撃魔法が使えないんですから、鍛錬した所で何も変わらないので、したことはありません。というか、マルク様がそんな鍛錬をするイメージはないのですが…」
絶対に何か裏があるだろうと、ルーナリアは怪訝そうな眼差しでマルクランを見た。
「バレたか」
「ふっ。マルが真面目そうなことを言った所で信じてもらえるわけがないだろう」
「僕だって真面目なことは言いますけどー」
レイアードに小馬鹿にされても、いつものことすぎて全く気にした様子のないマルクランは、紅茶に手を伸ばした。ルーナリアとバッチリ目が合い、肩を上げて笑ってみせる。
「…ここにいる全員、鍛錬が必要そうに見えないという意味ですよ?」
ルーナリアは雰囲気に流されることなく、小馬鹿にしているのではないことをアピールした。
ここにいるメンバーは、実力者ばかりだ。魔力量もかなりのものだし、魔法の扱いにも長けている。普段から鍛錬をしているだろうから、実力試験前に付け焼き刃で鍛錬したところでさほど変わらないだろうと思ったのだ。試験前に慌てて鍛錬するのは、普段から真面目に鍛錬していないような、その程度の実力の者たちなのだ。
「それで、何を企んでいるのですか?」
黙ったまま隣に座る人を、ルーナリアはニッコリ微笑んで首を傾げ、下から見上げてみる。隣で微笑んだまま、ウィルフレドはぽりぽりと首筋を軽く掻いた。
「企んでいるっていうか…、丁度いい口実を傘に、リアと出かけたいなと思っただけだよ」
「私と…ですか?」
「僕もたまには羽根を伸ばしたいし。ピクニックに行くつもりでどう?」
「どう…と言われましても…」
二人きりじゃなく、あの二人もちゃんと着いてくるよ、とウィルフレドは付け足した。当たり前であるが。それでもルーナリアは眉尻を下げて悩んだ。
「今学園の外に出るのは危険なのではありませんか?魔物の件もありますし」
「どこにいたって狙ってくるやつは狙ってくるさ。ここにいたって、外に出たって」
心底嫌そうにため息をつき、ウィルフレドはソファの背もたれに寄りかかった。
「まぁ、学外って言っても、すぐ裏の森だよ。あそこは学園と同等の警備体制が敷かれているから、学園にいるのと変わらないんだ。そうじゃないと、他の生徒も学外演習なんてできないしね」
「なるほど」
「入学時に説明受けなかった?」
「受けたと…思いますが、行く気もなかったので忘れていました」
ソファに寄りかかったまま説明を続けるウィルフレドに、ルーナリアはにっこりとごまかしの笑みを送った。
学園裏にある森は、学び舎と同程度の広さを持ち、ある程度の攻撃魔法を使えるようになれば、申請して個人で学外演習を行うこともできる。時々獣が現れるので、それを相手に攻撃魔法の練習をするのだ。
攻撃魔法を使えないルーナリアは、自分には関係ないとばかりに、そんなことはすっかり忘れていた。授業の一環の学外演習で、他の生徒のおまけとばかりに着いて行く程度の場所でしかない。
「結構奥の方に綺麗な湖があるんだよ。さすがに授業じゃそこまで行かないだろう?」
「確かに…。それは気になります」
「明後日は学園も休みだし、行ってみないか?」
「うーーーん」
「ちなみに、もう四人で申請は出して通ってるよ」
「なんと!」
どうしようかと悩んでいるところに、マルクランの爆弾が投下された。悪びれた様子は一切なく、いたずら成功とでも言いたげな笑顔を見せている。
「ごめんごめん。通らないことはないと思ったんだけど、申請しておくに越したことはないかと思って。リアが攻撃魔法を使えなくても、レイとマルがいれば問題なしって許可がおりたんだよ。リアは防御魔法が使えるしね」
ウィルフレドが出してきた一枚の紙には、学外演習許可書と書かれており、確かに四人の名前が記されている。
「準備がよろしいですね…」
「その手配をしたのはレイだよ」
「なるほど」
マルクランの茶々を聞き、レイアードへと視線を移すと、こちらも作ったような笑みを浮かべていた。悪事に加担した自覚はあるようだ。
「僕だってリアの魔法見てみたいし、なかなか強いらしい剣技も見たいんだよー。ウィルとレイだけずるいじゃないか」
「ぜんっぜんピクニック気分じゃないじゃないですか!演習する気満々!」
「大丈夫!ちゃんとお弁当の手配もするよ!湖を見ながらお弁当を食べるのが最終目的さ」
「なんて胡散臭い!」
「いいじゃん、行こうよリア。きっと楽しいよ」
「……分かりました。行きますよ」
「やったー」
ルーナリアのため息交じりの言葉に、マルクランがニッコニコと笑ってみせた。ルーナリアより年上であるはずのマルクランだが、あまりに無邪気で同い年か年下にさえ見えてしまう。
隣を見れば、ウィルフレドも満足そうに、ホッとしたように笑っていた。
「本当に仕方ないですね、もう」
もう一度ため息をついて、ルーナリアも笑った。なんだかんだで、四人でのお出かけは楽しくなりそうだなと思っていた。




