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呪われた魔法使い

 お互いに不敵な笑みを浮かべながら、開戦前の一息とでも言わんばかりに、それぞれ紅茶に手を伸ばした。


「やっぱり、レイが淹れた紅茶の方が上手い」

「十分美味しいですよ。こんな高級茶葉、庶民はどう足掻いても手が届きません」

「同じ茶葉を使って、もっと美味しく淹れられるんだよ、あいつは。下手な使用人よりよほどうまいよ?」

「はは、それはすごい…」


 思わず乾いた笑いが口から漏れた。レイアードの家の使用人達に同情したくなる程だ。いやしかし、レイアードに劣らぬ腕を持つ使用人が揃っているかもしれないと、こちらも恐ろしくなる想像をしてブルっと震えた。お貴族様の生活なんて、想像しただけで恐ろしくなるだけだ。


「で、そこに刻まれた呪いは、リアから攻撃魔法を奪うものだね?」

「……いきなり核心をつきますね」


 紅茶のくだりからなんの前触れもなく、マルクランは本題に移った。ルーナリアはさほど驚いた様子もなく、言葉を返す。


「回りくどいの好きじゃないんだよね。ぼかした方が良かった?」

「いえ、父もそういう人でしたから、大丈夫です」

「あぁ、フォルマはもっとズバッといくだろうね」


 単刀直入、猪突猛進の父を思い出す。彼が言葉を濁すことは、そうなかった。


「確かに、この呪いは、攻撃魔法を使えなくするものです」


 左腕をすっと撫でる。服の下には、呪いの紋様が刻まれている。見ればすぐに呪いと分かるそれは、周りを怯えさせないためにも絶対に晒さないようにしている。

 見る人が見れば、何の呪いかも分かるだろうが、それはごく僅かだ。

 ルーナリアが、攻撃魔法を使えない、その理由を。


「なんでまたそんな呪いを…」


 予想はしていたものの、その通りの結果にマルクランは顔をしかめた。魔法使いにとって、魔法を封じられることほど辛いことはないからだ。


「この呪いがあろうがなかろうが、私は攻撃魔法を使わないので、問題はないんですよ。何も困りません」


 気にする必要はないのだと、暗に告げる。何も嘆かわしいことはないのだから。


「あぁ、ウィルが言っていたよ。とにかく使いたくないんでしょ?」

「はい。ですから、この呪いは私にとっては何の問題もないものです」

「でも、呪いをかけられる何かがリアにはあるんだよね?」

「さぁ?どうでしょう」

「じゃあ、その呪いをかけた人物は誰?」

「それは言えません」

「だよね」


 ルーナリアの答えが分かっていたかのように、マルクランはあっさりと引き下がる。深く追求する気のない態度に、ルーナリアは拍子抜けして目を瞬いた。


「何?」

「…いえ、追求してこないんだなぁと思いまして」

「問い詰めたところでリアは口を割らなそうだし。そういう魔法かけたりしたら、なんか危険な感じもする。君、フォルマの魔法が複雑に掛け合わされてるよね」

「さすがマルク様です」


 ルーナリアに掛けられた魔法を読み解こうとしているのか、じっとりした視線を送るマルクランに、微笑みを返す。

 ものすごく集中しないと解読できなそうだなぁと、マルクランは悔しそうに口を尖らせた。


「ちなみに、そういった魔法を掛けられると、父が感知して突撃してくると思うんですが、マルク様は父に会いたかったのでは?」

「うーん、なんか、それはヤバイ気がするんだよね。フォルマの本気の怒りに触れるのは、さすがの僕も勘弁したい」

「そうなのですか」


 意外だと言わんばかりに、目を丸くする。


「怒られたいわけじゃないんだよ。分かるかなぁ。魔法を掛けられたいけど、殺されたいわけじゃないし、フォルマに嫌われたいわけでもないんだ。フォルマは笑いながら楽しそうに即死しない程度の魔法を掛けてくるのがいいんだよ!」

「は、はぁ…」


 聞かなければよかったとルーナリアは思う。理解できる内容ではなかった。フォルマの魔法を想像してニヤニヤしているマルクランは、さすがにルーナリアの理解を外れる。


「まぁその話はまた今度するとして」

「今度…するんですか」

「当たり前じゃないか。リアはフォルマの攻撃魔法を受けたことはないのかい?」

「ありませんよ、そんなの」


 目を輝かせて恐ろしい問いかけをしてくるマルクランに、少し引いて答えた。


「父が私に攻撃魔法を向けたことは、一度もありません」


 ルーナリアは視線を少し下げた。思い浮かべるのは、優しい父の顔。


「リアはフォルマに愛されているんだねぇ」

「それはそうですね。私も愛していますし」

「なんか、想像つかないなぁ」

「そうですか?」


 ルーナリアにとって、父は誰よりも愛情深く、誰よりもルーナリアを想ってくれる人だ。しかし、大抵それは理解されない。あんなにルーナリアを包み込んでくれる人はいないというのに。


「それにしても、フォルマが解呪できないほどの呪術を扱う人間なんて、一体どこにいるんだ…。フォルマならこの国の外からでも呪術に詳しい人を連れてきそうだよね?」

「…その必要はないと、私が父に言いました。攻撃魔法が使えないだけですから」

「じゃあ、僕が解呪を試すのは?」

「遠慮しておきます。きっと無理でしょうし、私は何も困っていませんから、このままで良いのです」

「…つまり、呪いを解く気がないんだね」

「……」


 マルクランの問いかけに、ルーナリアは困ったような笑みを返した。

 真っ向から肯定するのは違う気がするけれど、否定する気にもなれなかったからだ。

 この呪いを知った父は、必死に解呪しようと力を尽くしてくれた。マルクランのいうように、国外から解呪できそうな人を呼び寄せようともしてくれた。けれども自分でそれを断ったのだ。この呪いと共に生きて行こうと決めたから。


「それ以外の魔法は使えるんですよ。特に防御魔法は得意です。周りにはあまり知られていませんけれど。補助魔法だって使いこなせます。何も困らないんですよ」

「リアは普段は上手に魔力を隠してるみたいだね。ウィルもレイも、あの防御魔法は一流だって太鼓判押してたよ。僕も見てみたいなぁ」

「そう頻繁に魔物に襲われたくはないですよ」

「大丈夫!僕はこう見えて強いんだよ。剣技を捨てて魔法一本でやってきたから、魔法だけならレイだって僕の足元にも及ばないよ」

「そうなのですね」


 レイアードの魔法もなかなか強かったが、それが足元にも及ばないとなれば、マルクランの魔法はどれほどの威力なのかとルーナリアは考えていた。父の魔法を思い浮かべ、あれ程ではないにしろ、似たようなものだろうか?と想像した。


「その代わり、剣技はまっっったくできなくてね。斬りつけられそうになったら防御魔法を展開するしかないから、実は防御魔法も結構得意だよ。だから、僕の側にいれば結構安全」


 剣技が苦手なことを隠そうともせず、カラッと笑うマルクランに、ルーナリアも思わず笑みをこぼした。


「実は私はそこそこ剣技が得意なのですよ。そして防御魔法も得意なので、守られなくても案外平気なんですよ」

「守られるだけじゃない女なんて、最高じゃん」

「なんですか、それ」

「ほら、ウィルの周りもいろいろ物騒でしょ。周りの人間も…巻き込まれることはあるから」

「あぁ…そうでした」


 むしろ守られるだけじゃない方が都合がいいと言われた気がする。それを思い出すと、いいことなのか悪いことなのかわからなくなりそうだった。口に出すのは不敬になりそうなことばかりで困る。


「リア、僕は誰にも呪いの内容は言わないよ」

「…ありがとうございます」

「だからさ、嫌じゃなかったらウィルのそばにいてあげてよ」

「……」

「あいつ色々苦労してきてるからさ。信じられる人間もごく僅かしかいない。友達なんてレイと僕以外にいないと思うよ。その僕ら二人を巻き込んででも、君にそばにいて欲しいらしいんだよね」

「……」

「でも、正直面倒なことも多いから、強制はしないよ。あ、そばにいるいない関係なく、呪いのことは口外しないからそこも安心して」


 ニコニコ笑って話し続けるマルクランを見ていると、深く考えるのが間抜けなことのように思えてくる。ルーナリアは困ったように笑い、口を開いた。


「呪われた魔法使いなんて、厄介なだけじゃないですか」

「じゃあ僕にその呪いを解かせてよ」

「そんな危険なことさせられません」

「えー?すごく興味深いのになぁ」

「私は実験動物じゃありませんよ」

「ざーんねん」


 諦めたとばかりに、マルクランは椅子の背に寄りかかり、んーっと伸びをした。相変わらず貴族らしくない態度である。いくら防音結界が張られているとはいえ、大衆の前で声を出して伸びをするなんて、普通の貴族はしない。


「呪われた魔法使いなんて……」


 だから、マルクランの耳にはルーナリアとつぶやきは最後まで届かなかった。一瞬見せた表情のない顔も、見えなかった。


「え?リア何か言った?」

「いえ、何も」


 ルーナリアは軽く笑った。

 いつ、どこで、誰に、何のために刻まれたのか明かすことのできない呪いを、腕に感じながら。







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