お気に入りの娘
学園の食堂は、百五十人以上入ることができる、なかなか広いホールのようなところだ。二人がけのテーブルから、四人がけ、そして長テーブルがある。暗黙の了解で、庶民は端にある長テーブルを使い、貴族は二人がけや四人がけのテーブルを使う。ソファなんかがある席もあるが、そこは使う者が決まっていて、その人以外が座ることはない。
ルーナリアが食堂を使うことはなく、暗黙の了解も知らなかったが、中を見回しただけでなんとなくそんなルールがあるのだろうと気づくくらい、あからさまな線引きがされている空間だった。
そういうところは教室や演習場とさほど変わらないなと思う。
そんな食堂が、いつもよりざわめいている。貴族は大声を出したり、騒ぐことを嫌うため、集まったところで囁くようなおしゃべりをするだけなのだが、今この時はそうではなかった。
何故なら、食堂のそこそこいい席に、ルーナリアとマルクランが向かい合って座っているからだ。学園主席の、マルクラン専用席に。
「目立っていますね…私達」
「だろうね。貴族が表立って庶民と同じ席に着くなんて、彼らの想像を超えているんでしょ」
「超えるでしょうね…簡単に」
景色のいい窓際の席は、小さめの庭園がよく見える。色とりどりの花が綺麗に並び、手入れの行き届いた植木によく映えていた。
しかし、綺麗な庭園を堪能する気にならないほど、周りは騒がしい。貴族で、さらには学園主席のマルクランと、庶民で攻撃魔法の使えないルーナリアが同じ席についているのだ。前代未聞の事態に、貴族の動揺は凄まじかった。
言われるがまま席に着いているルーナリアを非難する声であったり、ルーナリアを席に着かせているマルクランに対する驚愕の声であったり。ルーナリアがマルクランに何か不敬な事をしたのではないかと疑う声もあったが、それならば床に頭をつけさせるであろうから違うだろうと自己完結している声であったり。いろんな憶測が飛び交っていた。
「想像はしていましたが、想像以上です…」
マルクランからの提案でここに座っているルーナリアだったが、あまりの反応に、頬が引き攣りかけていた。
「リア、僕の名前を呼んでみてよ。さっき教えた、僕の名前」
ニヤニヤしながらルーナリアにとっては楽しくない提案をしてくるマルクランを、本当はじっとり睨みたかったが、我慢して少し微笑んだ。
「マルク様、何のお話があってこちらにいらしたんでしょうか?」
「うぅーん、いいねぇ。その呼び方、今はリアにしか許していないんだよ」
「えっ!?どういう事ですか!」
「えー?そういう事だよ?リア以外、僕をそう呼ぶ人はいないってこと」
「ーーー!」
二人の会話を聞いて周りがどよめいた同じ時、ルーナリアは驚愕の事実に言葉を失った。
そしてそのすぐ後、マルクランは口元を動かし、結界を展開した。途端に、周りの音が途絶える。
「うるさいから静かにしちゃった」
ニコニコしながらマルクランはルーナリアを見る。未だ口をパクパクさせているルーナリアが面白くて、自然に頬が緩んでいた。
「リアにまで防音はかけていないんだけど?」
「驚いて声が出なかっただけです!どういう事ですか!?私しか呼ばない呼び方なんて、友人の域を超えてません??」
マルクランの茶化しを気にする事なく、ルーナリアはまくしたてるように問いかけた。そう言えば昔はそう呼ばれていたと言っていたけれど、それが特別を意味するとは思わなかったのだ。さっきのマルクランの言い方では、ルーナリアが特別な人物のように聞こえてしまう。
「えー?そんな事ないでしょ。だって僕、リアとあの二人以外に友達なんていないし」
「え」
「親も僕のことは愛称じゃなく名前で呼ぶし。もちろん兄弟も」
「じゃあ、昔呼ばれていた人というのは…?」
「誰だっけな?乳母かな?多分?」
「何故に疑問形…」
がっくりとルーナリアの肩の力が抜けた。マルクランはあまり執着をしない人物なのかもしれない。だから全てに適当なように見えてしまう。実はその裏でいろんな事を考えているというのに…。
「まぁでも、これで目的はほぼ達成できたでしょ。僕と君の仲は大体分かっただろうし。あとはおしゃべりしながらティータイムを満喫したら十分だね」
「…そうですね」
わざわざ食堂に足を運んだのは、ルーナリアとマルクランの仲が良い事を見せつけるため。ただそれだけなのだが、想像以上にルーナリアを疲れさせた。
「さ、邪魔者もいない事だし、それの話をしてもいい?」
ニコニコしながらも、目が笑っていないマルクランの指先は、ルーナリアの左腕を指していた。
「あぁ、周りの防音はバッチリだし、僕達の話も周りには聞こえていないから大丈夫。更には、緊急性のある声は届いてくるから安心して」
「なんと汎用性のある結界…」
「魔法の細かい設定を変えるのが趣味なんだ。前は呪術にハマって色々調べてた」
「だから…分かったんですね。今まで誰にも気づかれたことはなかったのに」
「単純に僕は魔力が高いからね!探知能力もそこそこ高いよ。まぁ、どれもフォルマには敵わないけど」
「そうなんですね」
「そのフォルマでも解けない呪いについて、僕が興味を持つのは当然だと思わない?」
目を光らせたまま、そして笑顔のままマルクランはルーナリアを見続けた。個人的興味だと訴える目は、少しだけルーナリアの警戒を解く。
「そうですね。…分かりました。ですが、全ては教えられませんよ?もう結構知られているような気はしますけれど」
ふふっと笑って、ルーナリアはマルクランを見返した。こちらも、目だけは笑わずに。
あけましておめでとうごじいます。
今年もよろしくお願いします。
少しゆっくりペースになりそうですが、なんとか頑張ります。
まずは、ウィルフレドの出番をもっと増やしたいです。




