マルクラン・ドット
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翌日、ルーナリアの学園での立場は激変していた。正確に言えば、昨夜から寮内でも話題になり、刺すような視線を何度も感じてはいたが。
魔物襲来時にウィルフレド王子殿下と同じ場におり、レイアードと共に魔物撃退に尽力した。それはルーナリア・フォルマだと、学園中に知れ渡り、至る所で話のネタにされていた。
想像はしていたけれど、あからさまな視線と言葉のやりとりに、ルーナリアはうんざりしていた。
教室の定められた席に座っていたが、視線は不躾で、ひそひそ話も丸聞こえだ。面と向かって突っかかられだと思えば、殿下の通り道にわざと姿を見せたのだろうと罵られたり、どうせ魔物と戦うレイアードの足手まといになったのだろうと罵られたり。攻撃魔法も使えないお前がいたために二人を煩わせたのだろうやら、お前が二人に助けを求めて巻き込んだのだろうと言われたり、とにかく非難轟々の渦中にいた。
精神的疲労で机に突っ伏して頭を抱えてしまいたかったが、すんでの所でそれを堪え、軽く口を尖らせて仏頂面を晒していた。それすら周りの不興を買うのだが、そんなことを気にしていられないほど、ルーナリアの周りは悪意に満ちていた。
誰も何も知らないくせに、ここまで蔑まなくてもいいではないかと思わずにはいられない。魔物に襲われたのはあの場にいた三人一緒だと言うのに、誰もルーナリアを労わないし、憐れまない。ウィルフレドとレイアードと一緒にいた事実だけが一人歩きし、悪意に満ちた視線を飛ばされる。
これがウィルフレドと共にいるための苦行だとするなら、友人だと言うことがバレた時はどうなるのか。考えただけでゾッとした。
「ルーナリアさん、いるかな?」
少し高めの男の人の声でルーナリアの名前が呼ばれると、教室は一瞬ざわめいて静かになった。
声のした方を見れば、教室のドアから、綺麗な栗色のマッシュルームヘアーをした、エメラルドグリーンのパッチリとした瞳の男の人が頭だけひょこっと覗かせていた。
「君?」
教室をぐるっと見回した彼は、ルーナリアを見て少し首をかしげるように倒した。
「はい、そうですが…」
どうして自分だと分かったんだろうとルーナリアがキョトンとしていると、栗色のマッシュルームヘアーの彼は、おいでおいでと手招きをした。
訳が分からず軽く眉間にシワが寄ったが、悪意のなさそうなニコニコ顔で手招きを続けるので、戸惑いつつも席を立つ。
「あの…」
「ちょっと話があるんだ。来てくれる?」
彼の前まで行くと、ようやく頭だけ教室に入れていたその体勢を直し、真っ直ぐに立ってルーナリアと向き合った。ニコニコしているその顔は警戒心を削ぐが、拒否はできないと分かっていつつも戸惑いを隠せない。
「えぇと…」
「ここじゃ落ち着いて話なんてできないでしょ」
戸惑うルーナリアの背後に向かって、栗色マッシュルームヘアーの彼は冷たい視線と、さっきより一段低い声を飛ばした。途端に教室の空気が凍るように冷めた。
「さ、行こっか」
悪意ある視線を冷たい目で一瞥し、栗色マッシュルームヘアーの彼はルーナリアに向き直るとまたニコっと笑った。
くるっと背を向けて歩き出す彼に、ルーナリアも数歩遅れて着いて行った。
実は呼び出しを受けるのは初めてではない。責め立てられたり、罵倒されたり罵られたり、朝から何度かそんなことをされていた。しかし。この人は罵倒すべく呼び出したのではなさそうだなと、ルーナリアはぼーっと考えていた。
なんにせよ、あの気まずい空間から出してくれただけでもありがたかった。今日は授業など受けず、仮病でも使って部屋に閉じこもるべきだったかもしれないと思っていたくらいなのだ。それでもお見舞いと称して部屋に来られたらどうしようもないだろうし、今日を逃げたところで何も解決しないだろうからと、全く楽しくもなんともないあの部屋にいたのだった。
「突然連れ出しちゃってごめんね。僕が誰かもわからないでしょう?」
歩きながら、栗色マッシュルームヘアーの彼がルーナリアに声をかけた。
「申し訳ありません。存じ上げません…」
彼が自分に悪意を持っていないのはなんとなく分かったが、誰なのかもわからないので警戒はしてしまう。
分かっているのは、多分彼は貴族だろうということと、制服のネクタイの色から、この学園の青の学年だということだけだ。彼の言葉は貴族としては少し砕けているが、先ほど教室内でざわめきが起きたのは、彼がそこそこ有名な人だからだろうし、そのざわめきに嫌な感じはしなかったから、庶民ではないのだろうと思っていた。それに彼の栗色の髪の色は、高い魔力を示している。貴族で間違いはないだろうと、ルーナリアは言葉遣いに気をつけた。
「学年が違うと分からないよね。僕はマルクラン・ドット。君の二つ上の学年だ」
「マルクラン様…」
名前を繰り返すが、聞き覚えはない。家名には聞き覚えがあるが、本人自体にはやはり覚えがなかった。
「詳しいことは着いてから話すとして、君を罵るために連れ出したんじゃないことは誓うよ」
「それは…分かります…」
「そう?それなら良かった。僕の友人に、君を連れてきてほしいってお願いされちゃってさ。こうしてパシリをしているんだよ」
「パ、パシリ…」
お貴族様らしくない言葉に、思わずルーナリアは引きつった。
「それにしても、赤の雰囲気は想像以上に悪いんだね。驚いちゃったよ」
「いえ…いつもはあそこまで酷くはないんですが…」
「君がウィルフレド殿下とレイアードと一緒にいたって言うだけで、あそこまでなるんだろう?君はたまたま巻き込まれただけだというのに、酷いもんだよ。彼らがあれを見たらどう思うか…」
「……」
はぁっとため息をつきながら、マルクランは大げさに眉を下げた。その後ろ姿を見ながら、魔物とのやりとりは巻き込まれただけかもしれないけれど、一緒にいたのはたまたまではないんですと、ルーナリアは心の中でつぶやいていた。
「あの、どこへ向かっているのか伺ってもよろしいですか?」
誘われるがままマルクランに付いて行っているが、ルーナリアが足を踏み入れたことのない学園の領域に入っていることに気づき、恐れながらも問いかけた。
「あぁ、そんなに畏まらなくてもいいんだよ。と言っても、得体の知れない人間にそれは難しいか」
足を止めることなく振り返り、マルクランは困ったような顔をしてみせたが、話を自己完結させた。そして楽しそうに笑い、続ける。
「秘密の部屋に行くんだよ。ふふっ」
風邪をうつされまして、咳が止まりません。




