ルーナリアは嫌われ者
攻撃魔法の実習訓練を行っていた演習場から、生徒達が連れ立って去っていく。
午前の授業はこれで終わりなため、皆昼休憩を取るため食堂へと移動していくのだ。
昼休憩を挟んで、午後は魔法の理論学だったはず。ルーナリアはゆっくり歩きながら、これからすべきことを考えていた。
まずは、昼食をとる前に、耳を澄ませずとも聞こえてくる声から、自分のすべき行動を選択する。
「まったく腹立たしいわ」
「この誇らしき学園にこんな山猿が紛れ込んでいるなんて、いい加減耐えられませんわ」
「虹の世代でなければとっくに排除されていましょうに」
「補習だなんて、恥ずかしくて顔を上げることすら憚られますわ」
ルーナリアを蔑んでいるであろう令嬢たちの声は、斜め後ろから。それなりの立場と実力を持つ貴族のグループと思われる。その陰口の後ろからわずかに聞こえてくる魔法詠唱の声。
今日は水か、そう心の中でつぶやくと共に、それが起きるであろう位置からわずかに体を移動する。と同時に。
ざっぱん!
ルーナリアの頭上からほどよく大量の水が落ち、ルーナリアの体を水浸しにした。
空は晴天。雲一つない青空。雨など降るわけがなく、さらにはルーナリアの周りにだけ局所的に雨が降るなんていう事象が起きるわけがなく、それが魔法によってもたらされた現象であることは明らかだった。
「あぁ〜ら、火の魔法の残りがあっては大変と水魔法を出しましたのに、火の玉さえ出せない庶民には必要ありませんでしたわよね。私としたことが、手元が狂ってしまいましたわ」
「こんなまともに魔法も使えない庶民が同じクラスにおりますと、私たちの魔法の精度も落ちてしまいますわよね」
「いくら退学が許されていないからといっても、いつまでもこんな庶民と同じ空気を吸っているのは嫌ですわ。私、お父様に進言してみようかしら」
「そうですわよね。私もお父様とお兄様にお口添え頂けないか、今一度お伺いしてみますわ」
オーッホッホという高笑いを響かせながら、びしょ濡れになったルーナリアを横目に、令嬢たちは演習場を去っていく。
そんな令嬢たちの後ろ姿をため息まじりに眺めながら、ルーナリアは思った。
今時そんな高笑いする令嬢、今日日小説にだって出てこないわ、と。
ルーナリアが心の中で悪態をついているとも知らず、演習場に残っていた他の生徒たちも、ルーナリアを無視して去って行った。
このクラスに、ルーナリアを心配するような生徒はいない。貴族然り、庶民の同級生も、ルーナリアを良くは思っていないのだ。
貴族は誇りを持ってこの学園に在籍している。そもそもこの魔法学園に入学できることは、全国民にとってのステータスだ。イングラムの民は、大なり小なり魔力を持って生まれるが、全員が魔法を使いこなせるわけではない。それなりの魔力量と、才がなければ魔法は使えない。貴族の家から魔法を使えるものが出るとなれば、それだけで家の価値は上がるのだ。様々な魔法を使いこなせるようになれば、帝国での影響力も増す。それ故、大した力を持たないルーナリアは、普通の庶民以上に貴族に嫌われている。
そして庶民がこの学園に入学するのは、貴族以上に難関だ。魔力の高いもの同士で婚姻を結ぶことの多い貴族と違い、庶民には魔力の高いものが生まれること自体少ない。そして、金銭的余裕がなく、専門の教育を受けることもできない。魔力があっても、魔法を使えなければ意味がないのだ。当然、魔法学園に入学することなど夢のまた夢だ。だから、運よく才を発揮し学園に入れたものは、それこそ死に物狂いで勉学に励み、1つでも多くの魔法を使えるようにと必死になる。この学園での成績次第で、未来が変わるからだ。運が良ければ王宮での仕事にありつけるかもしれない。さらに運が良ければ、貴族の目にとまりお抱えの魔道士になったり、養子縁組をしてもらえることもある。学園に所属する貴族達に蔑まれることがあっても、彼らは挫けることなく向上していく。それが自らの未来を切り開くと知っているから。
だからこそ、この学園に入学を許された同じ庶民でありながら、向上心のないルーナリアは他の庶民にも嫌われている。虹の世代として、本人の意思に反しての入学だったとしても、衣食住を保証され、さらには勉学までできるありがたい環境に身を置きながら、それを蔑ろにしているようにしか見えないルーナリアは、庶民にこそ嫌われていた。




