男たちの決意
少し屈み、腿の上に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せ、ウィルフレドはレイアードを軽く見上げた。それは睨んでいるようで、面白いものを見るような目をしている。
「何を今更。お前だって分かっているんだろう、ウィル」
「その裏づけをしてくれているんだろう?主が思い込みで動かぬよう嗜めるのも従者の務めではなかったか?」
「はぁ…。裏づけは終わっていないが、お前の予想は俺の予想と一緒だ。魔物は、ウィルを狙ったんだろう。狙わせたのは第三王子だろうが、確証はない。魔物をどうやって放ったのかも分かっていない」
前回の魔物が襲ってきた時から、二人の疑いの目は第三王子、ジェラルドに向かっていた。分かりやすくウィルフレドを排除したがっているのは彼だからだ。
しかし、疑われるのも分かっているのだろう。証拠が見つからなかった。ジェラルド自ら手を下したわけではないから、当然といえば当然だ。自分達以外の魔力の干渉は感知したが、あの時はルーナリアの魔力に気を取られすぎて、それ以上追えなかったのだ。
「あいつも、厄介な者が味方にいるようだな」
「魔物を手なづけるなんて、古の禁術かもしれない。聞いたことはあるが、本当にそれがなされたのかを調べるのは時間がかかりそうだ」
「魔物に狙った対象を襲わせる…そんな術が存在するのか…」
「憶測でしかないことだ」
ウィルフレドは眉間にしわを寄せた。
「とりあえず、学園としては対魔物の結界を強めるようだが、こちらも護衛を増やすか…、何かしらの手を打たないとな」
「護衛を増やすとなると、リアに会いにくくなるな。どうにかしろ」
「わがまま言うな。簡単じゃないのはわかっているだろ」
ルーナリアがウィルフレドやレイアードと会っているのは、それ以上に人がいないからだ。護衛が増えればきっと嫌がるだろうし、今のようにたまの軽口もなくなるかもしれない。護衛が増えれば必然と目立つことになる。ただ歩くだけで目立つことになるのだ。そうなれば目くらましの結界など無意味で、精々周りに防音をしくくらいになるだろう。大体、護衛対象が姿をくらますなど、あってはならない。王宮から遣わされる護衛の者達は、結界を嫌がるだろう。当然のことだ。
そしてそれとは別に、ウィルフレドには護衛を増やしたくない理由があった。
「あれに、貴族を近づけたくない」
「は?」
レイアードは馬鹿にするような声をあげた。
「嫉妬か?それとも情けか?リアを娶ろうとしているのはお前だろう?娶らなければ、リアは貴族の相手などしないままで済む。護衛達に見下されることもないだろうさ」
レイアードは少し声を荒げた。主の考えの甘さに苛立ちを覚えていた。
護衛は貴族の力の立つものが務める。騎士や魔法使いには庶民もいるが、多くは貴族だ。家督を継ぐことのない次男や三男が多く仕えている。
王族の護衛となれば、実力もそうだが、家柄も重視される。下位貴族をあてがうわけにはいかないのが実情だ。上位貴族が相応とされる。ウィルフレドがそれを望まなくとも、周りはそれを必然とする。
そして上位貴族は、大抵庶民を見下しているのだ。貴族である自分達は高貴な血の流れるものであり、庶民は下賎な血の流れる者。例えウィルフレドが選んだ者だとしても、ルーナリアは厳しい目で見られるだろう。ウィルフレドはそれを懸念していたのだ。
「レイの言いたいことは分かっているさ。だが、リアが今俺たちと一緒にいるのは、友人だからだ。俺が押し付けたわがままのためだ。もしこの先、リアが俺の下に来ることを望めば、誰にも何も言わせないほどにしてやる。全てに片がつくまで、何も聞こえないように守ってやる。でも、今はそうじゃない。リアの気持ちがあるわけじゃない今は、本来ならば触れなくてもいい悪意には晒したくないんだよ」
自分とルーナリアの気持ちが同じでないことは誰の目にも明らかだ。そして、共にあることを望めば、辛い思いをするのはルーナリアだろう。今も、誰かの悪意はルーナリアに向かっているかもしれない。自分のせいだとはわかっている。分かっているけれど、今の自分では守ることにも限界がある。
ウィルフレドは悔しさをにじませ、拳をぎゅっと握りしめた。
「お前は、俺の味方だろう。リアの味方にも…なってくれるか?」
願いを込めた目で、レイアードを見る。レイアードは目をそらして立ち上がり、窓際に立った。
「レイ…」
「弱気を見せるな。俺は付き従うと決めた者の味方だ。お前の妃はその対象ではない。専任をつけることが望ましいことは分かっているはずだ」
「それは分かっている。しかし、リアは妃ではない」
「ならば、どうにもならないな」
スナイデルは、次の世を作る者、その人に付く。その妃には付かない。ましてや、婚約者にも満たない者となれば、見る価値さえない。それが決まりなのだ。いざとなれば、妃でも切り捨て、主を守る。だからこそ、妃には妃専任の従者が付くことになっている。妃だけを守る者が別にいなければ、ただ捨ておかれることになってしまうからだ。
レイアードもそれに従っている。ウィルフレドの言葉には頷けるはずがなかった。
ウィルフレドは握りしめた拳を開き、軽く握りなおした。
「レイ、では、フォルマの娘としてならどうだ」
「何?」
ウィルフレドの声から弱気が消え、気が戻ったのを確認し、レイアードは振り返り目を合わせた。
「リアを取り込めば、フォルマはこの国に残るだろう。この国の危機に、フォルマは必ず手を貸す。フォルマが付くとなれば、俺にとってもこの国にとっても、大きな利となる。リアはその鍵だ」
「しかし、リアはフォルマは自分のためには動かないだろうと言っていたぞ」
「俺は、リアを利用しない。正しくリアを囲い、正しく力を使う。それでもフォルマの力が必要となれば、正しくフォルマに願おう。リアは、ただの鍵にすぎない。だが、フォルマをこの国に留める理由にはなるはずだ。その上でレイアードに問う。お前はルーナリアの味方になってくれるか」
ウィルフレドの瞳はレイアードを鋭く捉え、王族の威厳を放っていた。ルーナリアへの思いは本気であるからこそ、表向きはルーナリアを利用するのだと強く訴える。愛称ではなくその名を正しく呼ぶことで、今はプライベートではないのだと告げていた。
「いいでしょう、我が主。ただし、私が優先すべきはウィルフレド殿下であることをお忘れなきよう。お二人同時に危機が訪れた際は、私はルーナリア嬢を見捨てます。ルーナリア嬢が殿下の隣に立つ器ではないと判断すれば、遠慮なく見捨てます。それでよろしいですね」
レイアードの言葉もプライベートから業務用に切り替わる。それは、主を嗜める時か、従う時のもの。ウィルフレドはそれを見極め、目を細めた。
「分かった。その判断は任せよう」
「畏まりました、殿下」
レイアードは膝を折り、ベッドに腰掛けたままのウィルフレドに頭を下げ、目上の者への忠誠を誓う時の仕草をしてみせた。
ウィルフレドはそれを見て、ほっと息をついた。
「頭をあげろ、レイ」
「はっ」
頭を上げたレイアードは、ニヤニヤと笑っていた。
「ことあるごとに俺を試すのはやめろ、レイ」
ニヤついて顔を見て、ウィルフレドは脱力し、ベッドに大の字に寝転んだ。
「それが俺の仕事だ」
「楽しんでいるだろう」
「それも俺の仕事だ」
「趣味だろ」
ニヤついたまま見下ろしてくる自分の従者を、ものすごく嫌そうに見上げた。従者のくせに事あるごとに主を揶揄う、従者としてはありえない行動をする者のことを。
「ウィルはもう少し我儘を言ってもいい。お前が我儘を言うのは何年振りだ」
ふと、優しい表情に変わり、レイアードは落ち着いた口調で言葉を落とす。
「俺に弟のようになれと言うのか?」
「そうならないために俺がいるのだろう?あんなアホな真似はさせないさ」
「そうだな」
ウィルフレドも、表情を緩め、軽く笑った。
「とりあえず、護衛は俺にアテがある。リアとも上手くやれそうなやつだ」
「そんな奴がいるのか?」
「まぁ、任せておけ」
またニヤリと笑ったレイアードを見て、ウィルフレドは是とばかりに目を閉じた。




