ルーナリアの剣技
魔物を引きつけるべく、ルーナリアは走った。
ルーナリアが対峙するのは雷を落とす魔物であるから、ウィルフレドやレイアードと少し距離を取りたかったのだ。防御魔法をかけているとはいえ、用心するに越したことはない。
猪ほどの大きさもあろうかという、禍々しい気を撒き散らす魔物は、その背についた羽をバッサバッサと羽ばたかせ、ルーナリア目掛けて雷を落とした。
ルーナリアは落雷地点を予測し、大きく後方へ跳んだ。
そう、その言葉の通り、跳んだ。
「跳んだ!?」
ルーナリアを見ていたのだろうウィルフレドが、驚きの声をあげた。
それも無理はない。ルーナリアは助走なしで2メートル以上跳び上がって落雷を避けたのだ。しかも軽々と。そして、次々と。
種を明かせば簡単なこと。身のこなしを軽くする補助魔法をかけ、更に地に向かって風を起こすことで助走なしの高い跳躍を可能にしているのだ。
何度か雷を避けていると、その跳躍で近付かれることを恐れたのか、魔物が少しルーナリアから距離をとった。
跳んで刺すことも出来ないわけではないが、距離があると調整が難しいのでそれは策としては捨てていた。
「リア、気をつけろ!」
斜め後ろからウィルフレドの声が飛んでくる。
魔物が今までで一番最大の攻撃を仕掛ける動きをしているからだろう。
ルーナリアから距離をとった魔物は、赤い目を見開き、大きく開けた口からは恐ろしく鋭い牙を何本も見せ、声にならない吠え声を上げる。それと共に、空を、地を裂くようなバリバリという雷鳴と共にルーナリアめがけて大きな雷が落ちる。
「リア!」
焦るウィルフレドの声など気にせず、ルーナリアは両手で剣を空に掲げ、その剣で雷を受け止めた。
雷はルーナリアの体に触れるなく、全て剣に纏わされている。バリバリと音を立てながら、全てその剣に。
ルーナリアはニヤリと笑みを浮かべ、確認するかのように剣を軽く回す。そして高く跳躍すると、その剣を魔物に向かって力一杯振り下ろした。何が起こったのか分かっていない魔物は、赤い目を見開き、自分に届くはずのない位置で振り下ろされた剣から向かってくる雷の塊に打たれた。
『ギャアァァァアアァァッ』
自分が放った雷を返された魔物は、電撃に体を痺れさせ、焦げ付かせ、地へ落ちていく。
ルーナリアはすかさず駆け寄り、さっきよりはやや低く跳ぶ。
「はっ!」
剣を持ち直し、ヒクヒクとしか動かない魔物の喉元を狙い、剣を突き下ろした。
ザッ。
声を出すことも出来ず、魔物は黒い血を流し絶命した。
「よし」
ルーナリアは剣を抜き、魔法で汚れを洗い流し、移動魔法で呼び出した鞘にしまいながらウィルフレドの下へと足を向けた。
ちらりとレイアードを見れば、そちらも難なく魔物を倒し、剣をしまっているところだった。
「殿下、お怪我はありませんか?」
「あぁ、リアの防御魔法は何も通さなかったよ」
「ふふ。私の剣の腕もなかなかのものだったでしょう?」
魔物を倒しやや興奮しているのか、ルーナリアは嬉しそうに、楽しそうに、ウィルフレドに話しかけていた。
「肝が冷えたけど、僕の心配なんていらなかったね。想像以上だったよ。僕より腕が立ちそうだ」
「それはどうでしょうね」
「授業で手を抜いているというのも分かったよ。僕はまだリアのことを調べきれていないようだ」
「山でのことまで調べ上げるのは相当骨が折れますよ」
ルーナリアとウィルフレドは、軽く笑いあった。
「こちらが済んだら加勢に行こうと思っていたのに、そんな心配無用だったな」
「レイアード様、さすがの腕前ですね」
「リアこそ。攻撃魔法なしでどうするのかと思ったら、まさか魔物の魔力を利用するとは、恐れ入ったよ」
「雷を扱うからといって、雷に強いわけではありませんからね。相手の魔力を反転させる分には、魔法が暴走することもないですし、手っ取り早いだろうと、父に教わったんです」
「「フォルマ、恐るべし」」
ウィルフレドとレイアードの声が重なり、やや顔色を悪くした。もうそれも見慣れた光景で、ルーナリアは軽く笑った。
「相手が雷や炎ならこれでいけますが、氷となると一筋縄ではいかなかったと思うので、氷の相手をしてもらえて助かりました」
「それでも、リアならどうにかするんだろうなと思うようになったよ」
「それはどうでしょうね」
ルーナリアの謙遜を、レイアードは軽くかわした。ルーナリアの実力は底知れないと、警戒さえ生まれる。
魔物を一人で退治するのは、それなりの実力がなければ出来ない。この学園内でそれが出来る生徒は、数える程しかいないのだ。しかも、赤の学年には一人もいない。
ルーナリアが難なくしたことは、全てレベルの高い技術を持ってしたことで、それは特別なことなのだ。
「私達、お友達ですよね」
「ん?あぁ、そうだが、どうした?」
ニッコリと感情の読めない笑顔を貼り付けて、ルーナリアは2人に近づく。
「この剣はレイアード様にお借りしたことにしてください。予備、そう、予備の剣ということにでもしましょう」
「…急にどうした」
ウィルフレドは意味がわからないというように、ルーナリアを見る。ルーナリアは目を細め、笑みを消す。
「もう、いなかったことにするのは諦めます。それでもごまかせるものはごまかしたい!私はレイアード様のおこぼれを斬ったことにしましょう。つまり、ほぼ、レイアード様が倒したということで!」
「……匿えということか」
「了承していただけますか?」
「レイ」
「仰せのままに。どうせ教師は私を通して話すでしょうから、リアにはそれに話を合わせて貰えば問題ないでしょう」
「助かります。ありがとうございます」
とにかくルーナリアは、この学園において目立ちたくはない。けれど、さすがに魔物二匹をレイアード一人で退治したとなると、さすがに時間が短すぎる。レイアードの実力でそれは無理だと知られている。けれど、ウィルフレドが魔物に対応したとなると、それはそれで問題になる。この国で2番目に安全であるはずの学園で、王族が魔物に襲われ、しかも手を煩わせたとなると王宮から何を言われるかわからないのだ。それも、短期間に二度目。
ウィルフレドが守られたまま、魔物が退治されたとするのが、一番話が穏やかに済む。それは学園にとってもそうであるし、ウィルフレドとレイアードにとってもだ。
目立ちたくないルーナリア。守られていないと王宮からうるさく言われるウィルフレド。護衛としての任務を全うできていないと罰せられるかもしれないレイアード。
礼を言っていたのはルーナリアだが、ルーナリアの申し出によって三人がそれぞれ一番いいように着地できていた。
「来ましたねぇ」
面倒くさそうに呟いたルーナリアの視線の向こうに、顔色を変えて走ってくる教師数名が見えていた。




