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まさかの告白?

「最近、殿下が食堂に行く回数が減ったことが話題になっているらしいですよ。知ってました?」

「なんだ、それは」


 晴れた昼下がり、学園の裏庭では、いつものように3人がお弁当を口にしていた。ウィルフレド専属シェフは、週の半分くらいはお弁当を作ることに精を出し、素朴そうに見えて、しかし繊細でとんでもなくおいしいものを作り出していた。ルーナリアは、たまにそれをつままされては、自分のものとの天と地の差に項垂れた。レイアードは食後のお茶まで準備するようになり、少しずつ優雅なランチ会になっていた。

 そんな3人で過ごすことに違和感がなくなって来ていた頃、学園内ではウィルフレドの変化に注目がいっていたらしい。


「今まで食堂で殿下のお姿を眺めることができたのに、それがかなり減ってしまったから、ご不満らしいです。どこでランチを食べているのか、聞かれたりしません?」


 食堂はこの学園にいるものならば誰でも利用できるから、自分の意中の人を眺めるのにはもってこいな場所だった。特に学年が違うものからすれば、貴重な場だったのだ。


「そういえば、そういうことを聞かれたような気もするな」

「麗しい令嬢の言葉を覚えていないとか、罪な人ですねぇ」

「麗しい仮面の下に、色情やら強欲さが恐ろしいほど漂っているからな。残念ながら僕の趣味ではないんだ」

「御身分のある方は大変ですねぇ」


 最近レイアードが準備してくれるようになった敷物の上で、お手製サンドイッチを食べながらルーナリアは他人事のように言う。本当に他人事なので、当然なのだが。


「あれ?レイアード様は、そういうのないんですか?高位のお貴族様ですよね?殿下の側にいたらさらに人気も高まりそうな気がしますけど」


 ルーナリアはサンドイッチを飲み込んでから、レイアードを見る。出会ったばかりの頃だったら絶対に聞かなかったであろうことも、今は遠慮なく聞いてしまえるようになっていた。


「ウィルの側にいるからこそ、声をかけてこないんだろう。ウィルの方が話しかけやすい雰囲気だからな。俺は顔つきがきついとよく言われる」

「そう…ですかね?」


 あらためてレイアードの顔を見てみる。確かに、目つきが少し鋭いかもしれない。睨みをきかせたら恐れ慄く令嬢はいるかもしれないなと、ルーナリアは思った。しかし、基本的には整った顔立ちの、素敵男子だ。背もウィルフレドより少し高い。護衛を兼ねていることもあり、鍛えられた体つきはなかなかのものだ。加えて魔力も高い。身分もある。貴族子女たちにとって優良物件なのは間違いない。

 次にウィルフレドの顔を見る。レイアードよりは目がぱっちりとしていて、キツさはない。こちらも整った顔をしているから、軽く微笑めば、貴族子女位イチコロだろう。レイアード程ではないが鍛えられた身体は引き締まっているし、魔力もある。なんてったって王子殿下だ。全て揃いすぎている。


「好みの問題だとは思いますけどね」


 結論、ルーナリアは素っ気なく言った。興味がないのがありありとわかる。


「レイは普段は寡黙だからな。話しかけにくいんだよ」

「なるほど。わかりやすいですね」


 確かにレイアードはあまり自分から話すことがない。あくまでウィルフレドの従者という立場を取り、必要以上に口を開かないのだ。鋭い目つきで寡黙とくれば、近寄り難くなるのかもしれない。


「ところでリア、君は僕とこんなに一緒にいるのに、僕に何も思わないのかい?」

「え?何を思うんですか?」

「僕は結構君を気に入っているんだけれど」


 ニコニコしながら、ウィルフレドが艶っぽい目でルーナリアを見た。思わずルーナリアの胸が一度跳ねた。


「私が庶民で面白いから…ですよね?」


 気持ちを持ち直し、なんでもないことのようにルーナリアは返す。


「本当にそれだけだと思っている?」

「……」


 ルーナリアの視線は空を彷徨い…。


「それ以外に何かありましたっけ?」


 そして、にへらっと笑ってみせた。困った時は笑うに限る。

 ウィルフレドがルーナリアに構うのは、一時の気の迷いのようなものだろうと思っていた。ルーナリアはフォルマの娘だし、庶民の割に魔力があるし、貴族のように感情を隠さない。王族にとって、庶民は未知の人種のようなものなのだろうと、だから知りたいのだろうと思っていた。

 もしくは、旧知のフォルマの娘であるから、気心が知れた気になったのかも知れないと。畏怖の対象に近いような気はするが、慕っていた部分も大きいのだと感じたのだ。


「リアは鈍いのかな…。それとも、そういうフリをしている?」


 ウィルフレドが捕食者のように目をギラつかせ、ニヤリと口角を上げながらじわりじわりとルーナリアに近づいた。ルーナリアが気持ち後ずさりしたのは、生理的反応として正しいことであろう。


「…意味が分かりませんが…」

「僕はリアといるのが楽しいと思うから、一緒にいるんだよ」

「それは殿下にとって庶民が珍しいからですよ。外に行けば、私より面白い人はもっといます…よ」

「リアは賢い子のはずだよね。庶民みんなが僕と対等な会話ができるなんて、さすがに思わないな。むしろ、貴族だって怪しい」

「いやいやいやいや、それはさすがに私を買いかぶりすぎですから。そんなに賢い話なんてしてませんよ?」


 対等な会話とは、緊張せずに話せるということか。軽口を叩けるかどうか?それとも、話の内容だろうか。ルーナリアは眉間にしわを寄せながら懸命に考えるが、慌ててしまって考えがまとまらない。嫌な動悸までしてくる始末だ。

 なぜなら、どんどんウィルフレドとルーナリアの距離が縮んできているのだ。もともと敷物の上に座って胃お弁当を食べていたから、二人の間にお弁当を置くくらいの距離しかなかったのが、その半分くらいに迫ってきている。


「僕は中身のある話が好きなんだ。リアの考えることは、興味深いことばかりだったよ」

「な、何を話しましたかね、私は。突拍子のない事しか言ってないと思うんですが」


 そして、その突拍子のなさを楽しんでいると思っていた。庶民ならではの、夢物語のような話を…。きっと周りではそんなくだらないことを話す人はいないだろうから、面白く感じるのだと思っていたのに、違うというのだろうか。

 ルーナリアは混乱したまま、戸惑いを浮かべてウィルフレドを見たが、ウィルフレドは変わらず色気をも感じさせる微笑みで見つめてくる。


「フォルマの娘だから…じゃ、ないんですか…?」


 言っていいか悪いか悩みながら、ルーナリアはその言葉を口にした。


「フォルマを取り込むために、リアを使うって言いたいの?」


 ウィルフレドから微笑みも色気も消え、鋭い視線を送られたルーナリアは、間違いに気づき、俯いて額に手を当てた。


「今のは、愚問でした。すみません。ちょっと考えがまとまらなくて…」

「ウィル、言い方がキツイぞ」

「そうだな…。悪いリア。言いすぎた」

「いえ、持ち出すべき話ではありませんでした。少し待ってください、落ち着きます」


 混乱から忙しなく鼓動を打つ心臓を落ち着かせるべく、ルーナリアは数回深呼吸をしてから顔を上げた。もう、ウィルフレドの顔に苛立ちはない。


「私を利用して、父を取り込もうとする人がいることは知っています。父が配下につけば、国への影響力はかなり上がりますから。ただ、殿下がそういう人であると思ったわけではないんです。疑うようなことを言ってしまってすみません」

「リアが寄ってくる人間を疑ってみるのは正しいことだと思う。僕を疑うのも悪いことではない。ちょっと気に入らなかっただけだ。すまない」

「ひーーーっ、本当にやめてください。殿下が頭を下げるなんて心臓がもちません!!!」


 本当にウィルフレドは頭を下げていた。居た堪れず、ルーナリアは顔を覆い、その場に突っ伏した。ウィルフレドが謝るのには慣れたが、頭まで下げられるのはさすがに耐えられなかった。

 その横でレイアードは魔法を使ってお湯を沸かし、お茶を淹れ、さりげなく2人に差し出していた。そして自分もカップに口をつけている。


「多分だけど、リアをどうにかしたところで、フォルマは配下になんてつかないだろう」


 ウィルフレドが言葉を発したことで、恐る恐る顔を上げたルーナリアは、ウィルフレドに手で促され、レイアードの淹れたお茶を口に含む。少し渋みのある紅茶が、混乱し、緊張した心を落ち着かせてくれる。


「どうして、そう思いますか?」


 紅茶のカップを持ちながら、同じく紅茶を口に含んだウィルフレドに話しかける。


「あれは、リアを人質に取ったところで、おっそろしい魔法を使って自分で奪還するだろうし、リアを誘惑して囲い込んだところで、一緒についてくるような男でもない。リアが願えばその力を使うかもしれないが、フォルマは馬鹿じゃない。ダメだと思えばリアを諭すだろうし、拒否もするだろう」


 ウィルフレドはニヤリと笑みを浮かべる。


「そうですね。父は納得できなければ動きません。私が騙されていると分かれば、私に嫌われてでも無理やり連れ戻してどこかに閉じ込めるでしょうし、私が本気で悪を願うようなことがあれば、きっと見捨てると思います。父はただの娘バカではないので」


 ルーナリアは苦笑した。


「僕の思うフォルマと、リアの思うフォルマが同じで安心したよ」

「私もです」


 2人は顔を見合わせて、ふっと笑いあった。


「と、言うわけで、僕がリアを気に入っているのは、一個人として、女の子として好きだからだよ」

「いやぁぁぁぁ、話戻したと思ったら、さらっと重要なこと言われてるーーー」


 ルーナリアは再び顔を覆って突っ伏した。顔全体に熱が集まるのが分かった。それを見て、ウィルフレドは満足そうにニコニコしていた。


「リアのそう言う反応が好きなんだよね」

「…勘弁してください……」


 ルーナリアとて、ウィルフレドに好感は抱いている。しかし、ルーナリアは庶民だ。所詮、庶民。ブレーキをかける理由はそれだけで十分だ。


「在学中の戯れって考えてるわけじゃないからね。時間はたくさんあるんだし、ゆっくり考えていこうか、リア」


 楽しそうにウィルフレドは言い、未だ突っ伏したままのルーナリアの頭を撫でた。ルーナリアの動悸は余計に酷くなる。


「本気っぽくてますます怖いので、本当に勘弁してください…。殿下と友人というだけでもあり得ないことなのに、それ以上とか考えられません…」


 消え入りそうな声で、ルーナリアは必死に告げた。

 それからしばらく、ルーナリアは頭を上げることはできず、されるがままウィルフレドに頭を撫でられることになった。





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