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怖がりの魔法使い

 攻撃魔法は派手だ。

 炎に氷、雷に竜巻、さらには掛け合わせていくらでも派手なものを見せることができる。

 この国において、強い攻撃魔法を使える魔法使いは、みんなの憧れだ。だから、攻撃魔法の威力を高め、より大きな魔法を使えるように、魔法使いは日々鍛錬している。

 逆に、攻撃魔法を使えない魔法使いは、魔力があっても蔑みの対象だ。ルーナリアはその努力もしていないから、嫌われている。

 いくら防御魔法が一流だろうが、補助的な魔法しか使えない魔法使いは、底辺でしかないのだ。


「私は恵まれています。いつだって父が守ってくれるから、私は攻撃魔法を使えずとも、山で生きることができました。攻撃魔法を使いたくないと言った私を、父もエリザも咎めませんでした。それでいいと言ってくれました。お前のことは俺が守ってやるから、安心して後ろにいればいいと、言葉の通り全てから守ってくれました。エリザは、私が身を守れるようにと、知りうる全ての防御魔法、補助魔法を教えてくれました。私が虹の世代でなければ、何も問題にはならずに過ごしていけたんです」


 ルーナリアは野心を持っていなかった。王宮で仕事がしたいだとか、街に降りて素敵な生活をしたいだとか、そんなことは考えたこともなかった。

 山で生き、父の隣に居られればそれで良かった。


「…それは、フォルマの攻撃魔法を見て育ったから、攻撃魔法が恐ろしくなってしまった…ということか?」


 幾分冷静になったウィルフレドが、先ほどまでの怒りを収め、ルーナリアに問いかけた。


「いえ、それはありません。私は父を尊敬しています。誰よりも強い父を敬うことはあっても、恐れることは絶対にありません。父の背中を見て育ってきたんです。父がどれだけ努力をして、どれだけその身を犠牲にして、どれだけの想いで戦っているのか、私は理解しています」

「では…」

「私が怖いのは、自分が攻撃魔法を使うこと、それだけです」


 ルーナリアは、その気になれば炎をその手に出し、氷を飛ばし、風を操り、雷を落とすことができる。ただ、しないと決めているだけで。

 ルーナリアは俯いて目をぎゅっと閉じ、膝の上で握りしめた右手を隠すように左手を乗せ、次の言葉を紡ぐ。


「私は臆病なんです。そして卑怯です。私じゃない誰かが魔法を使って攻撃するのは怖くないのに、自分がそれをするのは怖いんです。私は父のように強くはない。でも、鍛錬すれば、父のような、それこそ破滅の攻撃魔法が使えるようになるかもしれません。でも、それを私は自分のものとしてコントロールする自信はありません。父のように強い精神は、持ち合わせていないのです。いつか自分の魔法が暴走して、誰かを傷つけるかもしれない。そう思うだけで怖くて怖くて、使えないのです。誰かに守られることしか、できないんです…」

「それはない」

「え?」


 即座のウィルフレドからの否定の言葉に、ルーナリアは思わず顔を上げ、目を瞬いた。


「君は自分で自分を守れる人だ。それに、昨日は率先して僕を守ってくれた。君は、守られるだけの人間じゃないはずだ」

「それは…、でも…」


 金色の瞳は、まっすぐルーナリアを見つめていた。そこに怒りも蔑みもなく、ルーナリアは戸惑った。


「さっきはきつく言ってしまって悪かった。でも、攻撃魔法を使えない君が、一刻の躊躇もなく僕の前に立ち、魔物から僕を守った。誰にでもできることではないと思っているよ。この国に、フォルマより強いものは多分いない。レイがどれだけの力を持っていて、魔物に対応できるのかわからない状況で、リアはレイを信じて魔物に立ち向かったんだ。そんなリアが、卑怯だなんて、絶対に思わない」

「殿下…」

「リア、君はウィルを守りながら、俺にも防御魔法を飛ばした。それは簡単なことではない。油断すれば自分の防御魔法が弱まる。リアはそんなヘマはしなそうだけど。ウィルを完璧に守りながら、俺のことも守った。君は強い」

「…レイアード様…」


 ルーナリアは、胸に手を当て、もう一度目をぎゅっと閉じた。


 この学園に来てから、ずっと一人で立っていた。攻撃魔法を使えないことが、使おうとしないことが、どれだけ非難を浴びるかわかっていたつもりだった。自分で立てた誓いだから、頑張らなければいけないとわかっていた。それでも、山では常に父親がそばにいてくれたから。一人が、どれだけ心細くて、寂しいか、本当の意味で分かっていなかった。

 自分が悪いのだから。誰も悪くはないのだから。何をされても従い、受け流し、平気なふりをした。辛いと言ってはいけないと、自分を律してきた。こんな風に、自分を受け入れてくれる人間は、いなかった。

 ルーナリアは、目が潤みそうになるのを懸命にこらえた。


「ありがとうございます…」


 ここで折れるわけにはいかない。ルーナリアは、自分に喝を入れた。

 一人で立てなくなるわけにはいかないのだ。甘えるわけには、いかない。


「お二人は、やっぱり変わっていますね。強い魔法使いは、守られることを嫌がりますよ」


 ルーナリアは笑って言った。

 強い魔法使いは、防御の必要がないくらい攻撃魔法を放つ。攻撃される隙など与えない。だから、守られなければいけない魔法使いは、強くないのだ。


「偉そうに言うならば、僕は守られることが仕事だからね。むしろ戦うと怒られる」

 

 偉そうに言うようなことではないことを、ウィルフレドは偉そうに言う。さすが王族と、ルーナリアはこっそり思った。


「後ろを気にせずに戦えるならば、それほど楽なことはない。下手に動かれる方が面倒臭い」


 レイアードは淡々と言う。力を持つものの言葉だなと、ルーナリアは思った。


「…レイアード様は、父と同じことを言いますね」

「なるほど。守られることを知っている人が、ウィルを守ってくれる。それはなかなかいいかもしれない」

「いや、私は護衛じゃないですからね。戦えない護衛なんて、護衛じゃないですよ」

「僕は守ってくれるなら、信頼できる人がいいな」

「出会って二日の私を信頼しないでください。というか、この学園内でそうそう護衛が必要なことなんて、起きて欲しくないです。ここは、この国で二番目に安全な場所であるはずなのに」


 そう、ここは王族が通う魔法学園。魔物がまた現れて襲ってくるなんて、そんな危機がそうそう起きていい場所ではない。


「魔物は…どうしてここに現れたんでしょうね…」


 問いかけか、つぶやきか。ルーナリアの声は、空に溶けた。


 



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