補習?
子供の夜泣き対応でなかなか更新できず…
「殿下、殿下の貴重なお時間を私なぞに割いていただかなくていいのですよ」
「遠慮することはない。先輩に教えを乞うことは、学園で推奨されているぞ」
「せっかく補習を免除されたのに、意味ないじゃないですか。どうせ本当に攻撃魔法が使えないか見たいだけでしょうに」
ルーナリアは最後の方は独り言のような小声で言った。
「察しがいいと助かるね」
「聞こえてるし」
思わず口をとがらせる。
「その髪の色と、フォルマの教えをもってしても攻撃魔法が使えないっていうのは、いくら情報として聞いていても信じられなくてね。錬金も、防御魔法も、魔力の流れを読む力も一流なのに」
「誰にでも得手不得手はあると思うんですけどね」
そう、得手不得手はある。茶色の髪を持ってしても、防御魔法が苦手な人はいるし、錬金が苦手な人もいる。逆に、紺やグレーの髪色であっても、ルーナリアのように錬金が得意な人もいれば、結界を張れる人もいる。紺やグレーに限ってはその他の魔法が全く使えないことの方が多いけれど。
茶色の髪の持ち主は、大体満遍なく一通りの魔法が使えるのだ。ルーナリアのように、落第寸前レベルで一つの魔法を使えないという人間は、他にいない。
「それから、私は父に攻撃魔法を教えてもらったことは一度もありません。その他の魔法に関しても、私の魔法から、父の面影を感じることがあるとすれば、それはコピーでしょうね」
「…確か昨日、師はフォルマだと言っていたと思うが」
「そうですね。父は師です。ただしそれは、精神面です。感情のコントロールの仕方、そして魔法の使い方を教えてくれました」
「魔法の使い方…」
「あぁ、そうじゃなくて、どのタイミングでどの魔法を使うか、です。山は獣がうじゃうじゃいますから、よく父と獣退治をしていました。ごくごく稀に、魔物も紛れ込んできましたね。基本的に父が攻撃専門で、私は防御専門です。まぁ、父の力があれば私の防御魔法などなくても大丈夫なんですが、父が後ろを気にせず魔物を退治するためには、私が自分に完璧な防御魔法を使う必要がありましたし、父は時に無謀なので、防御魔法をかけた方が私が安心できた…というわけです」
「フォルマなら…ありえる…」
昨日レイアードが魔物の吐く炎に突っ込んでいったように、父もまた魔物の攻撃を気にせず真正面から突っ込んでいくタイプだった。さすがに父は炎そのものに突っ込むことはせず、魔法やら剣を使って炎でも氷でもぶった切っていたが、避けるという事をしないので、ルーナリアはいつもヒヤヒヤしていたのだ。雷を剣で受け止めてそのまま攻撃に使った時など、生きた心地がしなかった。
1番は父親の足手まといにならないように、そして父親も怪我をすることがないように、ルーナリアの防御魔法は磨かれていったのだ。
「じゃあ、君の魔法自体の師は誰なんだ?まさか独学ではないだろう?」
庶民ならば、学園に入るまで全く魔法を学ばず、使えないままの人もいる。貴族ならば専門の家庭教師やおかかえの魔法使いに教鞭をとらせるのだろうが、庶民にその余裕はない。
けれど、茶色の髪をもつものはその魔力の多さから、魔力の暴走を防ぐためにも幼少期から魔法を学ぶ必要がある。大抵は親が魔力持ちであるのだから、親から学ぶことが多いが、そうでないとすれば…?
「父の妹をご存知ですか?」
「妹…エリザか!」
「はい。エリザが私の魔法の師です」
「何故だ?フォルマにその時間がなかったからか?」
「父は、私が父のようになる必要はないと言っていましたよ。娘に破滅の攻撃魔法を教えたい父親なんかいるか!だそうです」
「た、確かに…」
ウィルフレドの顔が少し青くなった。隣でレイアードも無言で目を閉じている。
これは、破滅の攻撃魔法を見たか、それに準じるものを展開されたことがあるな、とルーナリアは踏んだ。
父は短気である。怒ればそれこそ本気で雷を落とすのだ。ルーナリアにその経験はないが、父を訪ねてきた人が父を激昂させ、その状況を作り出したのは何度も見た。その時に家を守るべく防御魔法を展開するのはルーナリアの役目だった。
「まぁ、色々わかった。だが、初歩的な攻撃魔法くらい使えてもいいだろう。やってみろ」
「……」
ここまで言っても折れる気の無いウィルフレドを、ルーナリアはジトーっとした目で見た。そんなにも見たいのか、と。
一度見なければ諦めないのだろう。ルーナリアは渋々右手の掌を上にして前に突き出し、初歩中の初歩、昨日授業でもやらされて、あえなく失敗した魔法を詠唱した。
ウィルフレドとレイアードの視線を痛いほど感じる。
「炎よ」
「……」
「……」
しばらく、無言が続いた。
ルーナリアの掌に炎は現れず、何の魔力の動きも生じなかった。
昨日の授業の時と全く同じ状況である。
「まぁ、こんな感じです。これで信じられましたか?」
2人からの嫌な感じの視線を感じながら、ルーナリアはおしまいとでも言わんばかりに手を下ろした。
「…リア、僕たちにも聞こえる声で詠唱してみろ」
「え?」
「確認のためだ。いいだろう?」
なにやら、ウィルフレドの眉間にしわが寄っている。レイアードの視線も、心なしか鋭い。ルーナリアはその必要はないと言おうとしたが、ウィルフレドの言葉に圧力を感じ、やめた。
そもそも、魔法の詠唱は人に聞かせる必要はない。聞こえない声でやるのが普通だ。自分の魔力にさえ響けば、魔法は発動する。読唇術を使えるものならば、声が聞こえずとも唇の動きで何の魔法を詠唱しているのかはわかる。だから、上位の魔法使いは唇をほとんど動かさずに魔法詠唱を行い、魔法を展開する。
詠唱を声に出してするのは、魔法を習い始めた時か、相手にいかに自分が強力な魔法を発動させようとしているのか、恐怖を与えながら展開する時だ。ルーナリアの父は、時々後者をしていた。
二人の視線が先ほどよりも痛くなってきたところで、ルーナリアは渋々、本当に渋々魔法詠唱を始めた。
「この地に集う…火の欠片よ、我に力を与えたまえ。この手に炎を」
半ばヤケクソで詠唱を終え、右手を前に出すが、もちろん先ほどと同じで何の変化も起きていない。
「詠唱が違うではないか!まさか君はこんな初歩的な魔法詠唱も覚えていないというのか!」
「え、えぇと…」
「だから君は攻撃魔法が使えないのか!詠唱を覚えていないから!」
「まぁ…、その…」
「あれだけの防御魔法が使えて、こんな初歩的な魔法の詠唱を覚えられないなんてありえないだろ。どういうことだ!」
「ウィル、庶民の友人に王族の気配撒き散らしすぎだ」
どうやらルーナリアはウィルフレドを興奮させてしまったらしく、ウィルフレドは片膝を立て、ルーナリアとの距離を縮め、顔を近づけてきていた。その顔は、怒りに満ちていた。それをレイアードが止めに入った。
「あぁ、…悪い」
ウィルフレドは眉間のシワを消し去ることは難しいながらも、威圧するかのように近づけた顔を離した。膝も戻し、また胡座をかきなおした。
必要以外会話に入ってこないレイアードが話に入ってきたくらいなのだから、ウィルフレドは王族としての立ち振る舞いにそぐわないことをしたのだろう。そんなことをルーナリアは表情を変えることなく思っていた。
王族の怒りは、貴族であっても恐れるものだし、庶民ならさらに恐れおののき震え上がっていてもおかしくないものだ。しかし、ルーナリアはそんな感情を覚えることはなかった。赤の王子殿下は、これくらいの感情の乱れは日常茶飯事だからだ。
「…ふざけたように見えてしまったのならば、申し訳ありません。確かに、詠唱を覚えられないわけではありません」
「では、どういうことだ」
怒りを消しきれていないウィルフレドは、声に怒りを乗せてルーナリアを問い詰める。
「私は、ただ、攻撃魔法を使いたくないだけなのです。どれだけの人に怒鳴られ、詰られ、蔑まれても、私は、魔法で何かを攻撃したくはないのです」
ルーナリアは目を伏せた。
「私は攻撃魔法を使えないのではなく、使わないのです」
レイアードが本当に存在感がない…
おかしいな




