王子殿下とお友達になりました
どうしてこうなった。そう言いたくなるのも無理はないと思う。
庶民が王子殿下と友人になるなど、本来ありえないことだ。聞いたことがない。
「もしかしてリアは知らない?僕の父とフォルマも友人同士だよ」
「え?」
ウィルフレドと友人になってしまったことに悶々としていたルーナリアの頭上に、さらに爆弾が投下された。
さて、どちらを突き詰めたらいいのか。愛称呼びか、父のことか。なぜこの王子は躊躇なくルーナリアの頭をかき回す事を言ってくれるのだ。
「王子殿下のお父様と言えば…国王陛下…ですよね?」
ルーナリアは少しだけ悩んだ末、父の話題を選んだ。
「もちろん」
「その国王陛下と…私の父が…友人…」
「そう。フォルマは最近は少なくなったけど、よく王宮に顔を出していたからね。たまに父と話しているところを見かけたよ」
ルーナリアの父は元々は王宮勤めをしていたというから、国王陛下と面識があってもおかしくはない。というか、面識があるのは当たり前だ。
帝国一の魔道士。帝国一の攻撃魔法の使い手。王の信頼も厚い。それがこの国での父の評価なのだから。王の信頼が厚いということは、それなりの砕けた関係でもおかしくはない…のだろう。
腑に落ちたという顔で、ルーナリアはウィルフレドを見上げた。
「納得いただけたようでよかったよ、リア」
「………」
しかし、すぐにまた眉間にシワがよる。
「リア……?」
ごくごく自然に、ウィルフレドはルーナリアの呼び方を変えてきた。先程は空耳だということにして聞き流してみたが、やはり空耳ではなかったらしい。ウィルフレドはルーナリアのことを、リア、と呼んだ。
「ルーナリアの愛称はリアではなかったかい?」
なんでもないことのようにウィルフレドは首を傾げた。
「いえ…多分リアであっていると思いますが…。私を愛称で呼ぶ人はいませんので…。あ、いえ、そうではなく、何故突然愛称で呼ぶのですか」
「友人になったのだから、愛称で呼ぶくらい普通だろう?」
「そ、そうなのですか?」
生憎ルーナリアには友人と呼べるような存在はいないので、そんな当たり前のように言われても分からない。
「僕のことはウィルと」
「私のことはレイとお呼びください」
「え」
イケメン2人がキラキラした笑みを浮かべながら愛称を告げてくる。ただのイケメンではない。王子殿下とお貴族様だ。
「いやいやいやいや、無理です無理です!私ごときがお二人を愛称でなど呼べるわけがありません!流石にそれは無理です!名前ですら無理です!」
ルーナリアは高速で両手を左右に振った。
そもそも名前ですら呼べる気がしなかった。庶民が王子殿下の名前を呼ぶなどありえないことだし、レイアードだって高位貴族だ。名前を呼べるのは同等かそれ以上の貴族だ。
「一応この学園は家名は出さないことになっているから、みんな名前で呼んでいるよ?もしかして赤は違う?」
「…いえ…、多分名前で呼んで…いると思います…」
そう、家名は出さないのがこの学園のルール。守られてはいないけれど。
家名を出して相手を威嚇したり、相手に媚びたり、かと思えばルールだからと意中の上位貴族や王子殿下の名前を呼んでみたり。本当に都合のいいルールだ。もちろん、貴族にとって、だ。庶民がそれにあやかって、 上位貴族や王子殿下の名前を呼ぶことはない。暗黙の了解の線引きだ。
「フォルマなんて、僕のことをウィル坊って呼んでいたよ。懐かしいな」
「父さん…」
まさかの発言にルーナリアは頭を抱えた。
父が規格外であることは知っていた。身分を気にせず振舞うことがあることも知っていた。それを許されるほどの力を持っているから、渋い顔をされることはあっても、周りが口うるさく言うことはないと言うことも。
けれど、さすがにウィル坊は、ない。
「昔はフォルマに魔法を教えてもらったりしたんだよ。そこそこ仲良くしていたんだ。あぁ、さすがに最近はウィル坊とは呼ばれていないよ」
どうやらウィルフレドはフォローをしてくれているらしい。なんていい人なんだろうか。
「ちなみに、弟はフォルマとは合わなかったから、ちゃんと名前で呼ばれているから安心していいよ」
「…そう…ですか…」
やはりフォローをしてくれているようだ。
父も一応空気は読んでいるようで安心した。空気…と言うよりは、人の好き嫌いがはっきり分かれる人だから、と言った方が正しそうだ。ウィルフレドは父に気に入られているのだろう。
ルーナリアは久しく会っていない父を思い出して、ふうっと息を吐いた。
「えぇと、申し訳ないのですが、さすがにお二方を愛称で呼ぶのは難しいです。名前…で呼べるように頑張りますので、ひとまずこれで許してください
「じゃあ僕達がリアと呼ぶことは許してくれるね」
「ぐ……、わ、わかりました…」
しばらく慣れるまでは、心臓に悪い時間を過ごすことになりそうだと、ルーナリアはため息をついてうなだれた。そもそも、慣れる日なんて来るのだろうか。なぜこんな人たちに絡まれることになってしまったのか…。
「早速だけどリア、確認したいことがある」
ウィルフレドの声から楽しげな、おどけた色が、消える。
「君の体から感じる、おかしな魔力の正体はなんだい?」