楽しいお昼ご飯
翌日、学園では魔物の襲来と、それを1人で撃退したレイアードの話でもちきりだった。話の早い所では昨夜から盛り上がっていたようだが、とにかく、その話の中にウィルフレドは出てきても、ルーナリアの名前は一文字たりとも出てはこなかった。
ルーナリアはどこにいっても聞こえてくるその話に加わることはもちろんなく、自分の名前が聞こえてこないことだけを確認し、歩いていた。
昨日ウィルフレドに返してもらった魔石は、この騒動のおかげで全く目立つことなく攻撃魔法講師のファナックに渡すことができ、補修の回避に成功した。魔石を手にしたファナックのいやらしい笑みは思い出したくもない。魔石を手にしたいがために、補修を言い渡されているのではないかと思う程だ。
実際ルーナリアの攻撃魔法の成績では、補修を言い渡されるのは至極当然のことなのだが。
しかし、補修をしたところで攻撃魔法が使えるようになるわけではない。双方時間の無駄でしかないのだ。ならば、補修をしたという事実を捏造した方が、時間を有意義に使えるというもの。
お互いのメリットしかない方法に見えるが、講師の面子を立てるためにも、生徒であり、しかも庶民である ルーナリアが賄賂を持ってお願いするというのが無難なのだろう。
だとしても、色々と面倒なので、しばらくこんなことはあってほしくないとルーナリアは思っていた。
いつもより落ち着きのない中、それでも淡々と午前の授業を終え、学園は昼休憩に入っていた。
きっと、この騒動の渦中の主をみんな探しているのだろうが、その人が食堂に行くことはない。
その人の登場は、魔力の流れではなく、結界の展開で気づかされる。
昨日と同じ、三重の結界が張られたのを感じ、ルーナリアはその人…、その人たちが来るであろう方向を向き、登場を待った。
「やぁ、待たせたかな?」
「いえ、来たばかりです」
「それなら良かった。座ろうか」
今日も変わらず金色の髪を煌めかせ、ウィルフレドは微笑んでいた。そして、当たり前のように木の根元に腰を下ろした。もちろん後ろに控えていた、こちらも茶色の髪を煌めかせたレイアードもそれを追って腰を下ろす。
座る以外の選択肢が見えず、ルーナリアもその場に座った。
どうせ、三重の結界で誰にも見えないのだから。気にしたところで何も変わりはしない、と自分に言い聞かせていた。
王族と貴族と共に地面に座るなど、1日2日で慣れるものではないのだ。悪いことをしている気分にしかならない。
「約束通り、君の名前は一切出していないし、匂わせてもいないよ」
「はい。私も約束通り、こちらに参りました」
向かいに座るウィルフレドは、機嫌良さそうに笑顔を浮かべている。昨日に引き続き呼び出されているルーナリアは、何が目的なのかと考え疲れて笑顔も浮かばない。
「食べながら話そうか。君はお昼はどうしているんだ?」
「私はお弁当を作って来ています」
「予想が当たって良かった。僕たちも今日は弁当を持って来たんだ」
ウィルフレドがレイアードに合図すると、レイアードは移動魔法でお弁当が入っているらしいバスケットを呼び出した。それを見て、ルーナリアもお弁当を呼び出す。
膝の上で包みを開けながら、さて殿下達のバスケットの中身はどんなものなのだろうかと視線を飛ばす。
無駄のない動作でレイアードがバスケットを開け、ハンカチよりは大きな敷布を広げ、その上に中身を置いていく。どうやらウィルフレド達のご飯もサンドイッチらしい。意外と質素だなとルーナリアは思った。
質素とは言えども、サンドイッチというメニューが質素と感じただけであって、その中身まで質素だとは思っていない。きっと挟まれている具はルーナリアのものと天と地の差だろうし、並べられ方一つ、カットのされ方一つが美しいものなのは分かる。
「これでも空気は読める方だと思っているんだよ。王族であることを知らしめるような派手さは必要ない。座って食べること前提に、シンプルなものを作らせたつもりなんだ。それでも色々と趣を凝らしていたようだけどね」
「……」
また顔に出ていたか…と、ルーナリアはがっくりうなだれた。
「さぁ、食べようか」
「…はい」
3人で食前のお祈りを捧げ、食事を始める。
今日のルーナリアのサンドイッチの具は、ローストビーフと、海老とチーズの二種類だ。朝からローストビーフのサラダが出たのだ。その残りを惜しげもなくパンに挟み、少しソースをかけておいた。
美味しくないわけがない。一口かじっただけで、その味に感動し、震えた。こんな柔らかい肉は、山では食べたことがない。朝も感激したが、今もただただ感激していた。
「君は美味しそうに食べるな」
「美味しいのですから当然です」
貴族はいくら美味しいご飯を食べても、にっこり微笑むくらいしかしないのだとか。ウィルフレドとレイアードに至っては、美味しいのが当然とばかりに、表情を崩さずに食べている。
サンドイッチは、ルーナリアのもののように両手で持てるものではなく、片手で食べられる大きさにカットされ、一口で口に放り込まれていく。
「この学園に来て唯一良かったと思ったのは、ご飯が美味しいことです。ご飯を食べている時だけは、幸せを感じます」
海老とチーズのサンドイッチにも手を伸ばす。こちらは海老の甘さとチーズのしょっぱさがちょうどよく絡み合って美味しい。ソースなんかなくても、素材の味だけで十分だ。
「なるほど…。それならこれも食べてみろ」
「え?」
ウィルフレドが言葉とともに差し出したバスケットを見て、ルーナリアは目を瞬く。バスケットの中には、まだサンドイッチや果物が入っていた。綺麗な彩りのサンドイッチと、瑞々しい果物は、宝石かと間違いそうなほどキラキラして見えた。
「ほら、これなんかどうだ」
「いや…、いやいや、頂けません。さすがに恐れおおいです」
「少し多めに作らせたのだから問題はない。さぁ」
さすが王族。やはり王族。強引である。
押し付けられるようにして、小さめのサンドイッチを受け取った。
「では、ありがたく頂きます」
「どうぞ」
なんだか楽しそうに二人がルーナリアを見ていたが、それは気にせずにサンドイッチを口に入れた。さすがに男性陣のように一口では食べられなかったので、ひとかけらだけ。
「ーーー美味しい!」
なにこれ、なにこれ、なにこれ!トマトと軽く炙ったベーコンとレタスにドレッシングがかかっただけのはずなのに、とんでもなくおいしい!ほっぺが落ちるとはこのことか!
ルーナリアは美味しさに感動して、目を潤ませた。
「お気に召したようで何より」
嬉しそうにウィルフレドがルーナリアを見つめるが、感動したままのルーナリアはそれに気づかなかった。
「同じ素材を使ってここまで違うものを作り出せるなんて、さすがは王族お抱えのシェフ様!こんなにおいしいものを食べたのは…初めてで、泣けます」
本当に涙がこぼれそうだった。が、さすがにそれはどうかと思い、堪えた。けれど、それくらい美味しかったのだ。
「それならもっと食べろ。まだあるぞ」
「いえ!もう結構です!」
「え?」
キッと目を見開き、涙をこぼさんとしながらルーナリアが発した言葉に、ウィルフレドはあっけにとられた。
「これ以上食べたら、庶民の食事に戻れなくなってしまいます。私の食べているものは十分においしいのに、それに不満を覚えたりしたら天罰が下ります」
「そうか?ほら、これもうまいぞ」
「本当に結構です!」
「こっちはシェフのおすすめらしいよ」
「庶民を餌付けしないでください!!」




