撃退
魔物は火を吐きながら3人に近づいてきた。
レイアードは迷うことなく真正面から炎に向き合い、剣でなぎ払った。その周りには氷のかけらがキラキラと舞う。剣に氷の魔法を纏わせていたのだ。
払われた炎は背後にいたルーナリアとウィルフレドにも向かってきたが、それもルーナリアの防御魔法に全て弾かれ、地面に落ちた。残った炎が地面で燻っている。
魔物は一度離れ、空中で翻り、また向かって来ようとしている。
それに備えてレイアードは魔法の詠唱を始めた。左手を魔物の方角にかざすと、魔物に向かって氷塊が飛んでいく。しかし魔物はそれを器用に避け、レイアードから少し距離をとった。
さっきより離れた場所から、魔物は再度火を吐く。先程とはうって変わり、業火のごとく渦を巻いた大きな炎が飛んで来る。さすがの規模に、レイアードも今度は防御魔法を展開し、それを避けた。弾かれてルーナリア達に向かってきた炎も、当然防御魔法に弾かれる。
しかし、その熱量は防御魔法の中にも伝わって来るほどだ。後ろにいてそうなのだから、前にいるレイアードはもっと熱いのだろう。
「その杖は君が作ったの?」
魔物と対峙しているというのに、ウィルフレドは緊張感なくルーナリアに話しかける。しかも、いつの間にか隣に移動してきていた。
「…できれば後ろにいてもらいたいのですが…」
「この防御魔法なら、あの魔物は突破できないだろう?」
「まぁ…そうですけど…」
防御魔法は完璧とはいえ、不測の事態に備えて後ろに控えていてほしい。大人しく守られる気はないということか、余裕か。ルーナリアは軽く口を尖らせた。
「レイアード様は、あの程度の魔物ならば難なく倒せる…ということでしょうか?」
「まぁね。僕の護衛を1人でしているくらいだし、実力は保障するよ。さすがに空は飛べないから、すぐに勝負はつかないかもしれないけどね」
「分かりました」
ウィルフレドの態度を見ていれば、レイアードの実力はそれなりなのだろうと分かる。そうでなければ、ルーナリアの横に立ったりしないはずだから。
「で、その杖は君が作ったの?」
「…その通りですが、そんなに気になります?」
「いや、見事な作りだと思ったからね。その魔石といい…なかなかのものだ」
「ありがとうございます…」
、、こんな時でなければありがたく褒められたかもしれないが、魔物が気になってそれどころではない。なかなかすばしっこい魔物のようで、レイアードが何度か魔法を放っているが、掠る程度でほとんど避けている。レイアード自身、魔物の動きを探っているのか、それほど威力のある魔法を使ってはいないようだが。
「普段からこの杖を?」
「いえ…普段はもっと手軽なものを使っています。王子殿下をお守りするのに不足のないよう、とっておきを使おうと思ったまでです。こんな仰々しいものを使ったら、周りが黙っていませんから」
庶民が魔石のついた杖を使おうものなら、間違いなく貴族が騒ぎ立てるだろう。ルーナリアは魔石を錬金できるが、生徒みんなができるわけではない。本来は高価な魔石を庶民が持っているなんて、目立って仕方がない。
魔法は杖がなくとも使える。現に、先程レイアードは杖なしで魔法を繰り出した。けれど、杖があれば魔法を使うのに便利になるし、魔石が埋め込まれていれば高位魔法の展開も楽になる。裕福な庶民や、少し錬金のできる庶民は、杖の目立たないところに小さな魔石を仕込んだりして、貴族の目をごまかしているのだ。
キィンーー!
火を吐けども吐けどもかわされるばかりの状況に苛立ったか、魔物が前足の鋭い爪をもってレイアードに襲いかかったが、レイアードはそれを剣で受け止めた。
魔物を押し返し、体勢が崩れたところで背中の翼を片方切り落とす。
『グアァァッ!』
魔物の地に響くような恐ろしい声が響き、背中から黒い血が噴き出した。
魔物は一度後ろに飛び、レイアードとの距離をとったようだ。レイアードは剣を構え、間合いをはかる。魔物の口からは、今にも吐き出されそうな火が見える。
ルーナリアは杖から右手を離し、開いた手のひらに小さな氷の結晶を作っていく。そしてその手をレイアードに向けた。
「氷の羽衣!ですっ!!」
なんの魔法か分かるよう、敢えて大声を出しながらレイアードに魔法を放つ。レイアードの体はキラキラとした氷の粒に包まれた。
それと共に、レイアードは地面を蹴り、大きな炎を吐き出す魔物へと飛びかかっていく。
「君がフォルマの娘だとわかっていて、嫌がらせやらなんやらをしている者達を逆に尊敬するよ。フォルマを知っていて、なお自ら手を下すなんて、俺には絶対にできない。恐ろしすぎる」
ウィルフレドがつぶやいたちょうどその時、レイアードが魔物の炎に真正面から飛び込み、稲妻を纏わせた剣を一振りし、魔物の首を落とした。
魔物は黒い血を撒き散らしながらその動きを止め、禍々しい気配も消えていく。
ふぅ、とルーナリアはため息をつき、結界を解除し、杖を転移魔法で片付けた。
レイアードは血塗れの皮を魔法で浄化し、鞘にしまう。それから2人の元に歩き出した。
「レイアードの実力は分かってもらえたかな?」
「それは、存分に」
こちらに向かってくるレイアードの額には汗1つなく、呼吸も全く乱れていない。魔物と応戦していたとは思えない姿だ。
「だからと言って、炎に飛び込んでいくのはどうかと思います。断ち切るくらいの時間はあったと思うのですが」
「あの魔法なら大丈夫だろうと判断した。現に、君の防御魔法のおかげで傷一つなく倒すことができた。ありがとう。殿下の護衛まで務めてもらい、重ねてお礼申し上げる」
レイアードは氷の粒がついてさらに茶色の髪を煌めかせながら、ルーナリアに頭を下げた。ルーナリアの注意など気にもしていないようだ。
「私に頭を下げないでください。そして、実戦で私の防御魔法の実力を試さないでください!」
「おや、誤魔化せませんでしたか。ルーナリア嬢の目は厳しいな」
「怪我をしていてもおかしくはない状況だったのですよ!」
おどけたような顔で、レイアードは頭を上げるが、気にせずルーナリアは怒りをぶつけた。
対戦に余裕はあった。それなのに炎に飛び込むなど、無茶すぎる戦法だ。レイアードが実戦でルーナリアの防御魔法がどれだけのものかを試したのだといういい証拠だ。
試されることには慣れている。フォルマの娘の力はどれほどかと言われたことは何度もある。攻撃魔法が使えないから、他も大したことがないだろうという目で見られているのも知っている。
けれど、命を天秤にかけられて、それを守れたからといって、いい気分になんてなるわけがない。試すなら、他の方法だってよかったはずなのだ。
「そろそろ教師が駆けつけてくるかな」
「!!」
ウィルフレドの呟きに、ルーナリアは顔色を変える。レイアードにぶつけていた怒りはすぐさま消えた。
「私はここにいなかったことにしてください!」
「え?」
「王子殿下と一緒にいたなどと知られたら、どうなるか分かっていますか!?」
「あ、あぁ、それもそうだな」
「お二人で対応したことにしてください!お願いします!それでは私は帰ります!」
勢いよく頭を下げて、ルーナリアは背を向けて走り出した。一刻も早くここを後にしなければならない。
「待て」
が、ウィルフレドが左腕を掴んで足が止まる。
「何ですか!急いでいるんです!」
王子殿下への礼儀など忘れ、逃げることだけを考えて必死になっているルーナリアを見て苦笑しながら、ウィルフレドはその左手に何かを落とした。
「これを返そうと思っていたんだ」
「これは…私の魔石…」
ルーナリアの左手に乗せられたのは、昼に錬金した黒い魔石だった。
「さぁ、行け。急いでいるんだろう?」
「あぁ、はい。ありがとう…ございます」
「この騒ぎの話題に君の名がなかったら、明日の昼にまたここで待っている」
「え?あの…」
何を言われたのか理解するより先に、ルーナリアの背をウィルフレドが軽く押した。
手にした魔石を握り、ルーナリアはまた走り出した。走りながら軽く振り返ると、ウィルフレドはまだこちらを見ていて、微笑んでいた。
どうしていいのかわからなくなり、軽く頭を下げ、前に視線を戻して走った。
戦いシーンとか…初めて書くんですけど…伝わらなかったらすみません…




