魔物
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魔物はこの世のどこかで生まれ、その地を荒らす。生き物を食べ、木々を倒し、他の魔物を呼び寄せる。
動物と何が違うかと言えば、赤く輝く瞳を持ち、体内に黒い血を宿し、自分たちとは違う生き物すべてを襲い続ける。火を吐くものもあれば、氷を飛ばしたり、雷を落としたり、毒を持つものもある。魔力とは似て異なる、魔物独特の力があり、普通の人間では太刀打ちできるものではない。
この学園は王宮に次ぐ警備体制が敷かれていて、本来魔物が姿を見せることはないのだが、極稀に侵入してくることがある。
今ルーナリア達の目に映っているような、翼を持つ魔物は特に。
「あれは、火を吐きますね」
狼のような生き物の背中に、蝙蝠のような黒い翼が生えている。開きっぱなしで涎が垂れている口に見えるのは、鋭く大きな牙。
魔物の種類は授業で叩き込まれる。攻撃魔法が使えなくとも、その特徴を知ることで身を守ることはできる。ルーナリアはその授業の成績はいい方だった。
魔物だと知らしめる赤い瞳は、ここにいる3人を捉える。その翼は迷うことなくこちらへ羽ばたいている。
魔物には目くらましの結界も、対人不可侵の結界も無効。3人の姿は魔物からしっかりと見えている。
「あれなら、俺1人で太刀打ちできる。ルーナリア嬢は後ろに」
「防御魔法は得意です。後ろは気にせず、魔物をお願いします」
一歩前に出たレイアードに対し、ルーナリアは転移魔法で自分の杖を呼び出し、目の前に構えた。
透明な魔石が埋め込まれた胸の高さほどある杖は、ルーナリアのとっておきだ。
「庶民がこの学園に来て始めに覚えるべきは防御魔法ですから」
ルーナリアは防御魔法を展開し、自分とウィルフレドを囲った。昼に使ったような極軽いものではなく、学園で習う最大の防御魔法だ。魔力の壁がドーム状に2人を覆い、物理攻撃からも魔法攻撃からも守られる。
レイアードは魔物から目をそらすことなく、後方で防御魔法が展開されたことをその魔力で確認し、鞘から剣を抜いた。
「確かにこれは…完璧な防御魔法だ」
守られているウィルフレドが感嘆の声をあげた。
「殿下に何かあってはいけませんので」
背後からの声に振り返らずにルーナリアは答えた。本来ならば目上の、しかも王族に対し背を向けて言葉を発することは不敬とされるが、今は非常事態だ。魔物から目をそらすことはできない。ウィルフレドも当然それを理解し、背中に声をかけた。
さっきまでのことなどなかったことのように、ルーナリアの頭の中は切り替わっていた。
「怖くないのか?」
普通の令嬢であれば、卒倒しているだろう。この学園にいる少しばかり知識がある令嬢でも、叫んで逃げるか、震えて立ちすくむかどちらかだろうとウィルフレドは思っていた。
まさか、率先して自分の前に立ちはだかるとは、と。しかも、少し離れた場所から急ぎ戻ってまで。
「私は、山育ちです」
「しかし、獣とは異なるだろう」
「殿下をお守りするのは、この国の民として当然のことです」
ルーナリアの言葉に迷いはない。盾となることに少しの躊躇も感じられない。騎士でも魔道士でもない年下の少女の決意に、ウィルフレドは少し動揺した。
「では、こう言えばよろしいですか?」
自分の言葉に納得しきれないであろうウィルフレドのために、ルーナリアは言葉を続ける。
「私は、フォルマの娘ですから」
「……あぁ、そうだったな」
帝国最強の魔道士、ダンテ・フォルマ。その攻撃魔法を持って倒せない魔物はおらず、何度も帝国の危機を救った。忠義に厚い男で、王からの信頼も厚かったと語られている。
その娘である、ルーナリア。攻撃魔法は使えずとも、フォルマから受け継ぐ王への忠誠心は変わらない。それが、ルーナリアの立つ理由だ。
「来るぞ!」
レイアードの緊迫した声が響く。
魔物は火を吐きながら目前に迫っていた。




