フォルマの娘
スナイデル家は、代々イングラム帝国の王選出に深く関わっている。
基本的には何事にも中立の立場を示しているが、忠誠を誓うと決めたその人に尽くし、王となるまで支え続ける。王となった後も、命を守り、時に行動を諌め、愚王に堕ちることが無いよう臣下として側につく。
そのため、スナイデルの者には頭脳も力もかなりのものが要求される。幼少期から王族に負けない程の教養、武術、魔法を身につけさせられるのだ。
しかし、その存在の意味を知るものはそう多くない。限られた高位貴族にのみ受け継がれる情報で、王族でも王と王が許したものしか知らない事実だ。
王子殿下であっても知らない可能性の方が高いが、ウィルフレドは知っているのだろうと踏んで、ルーナリアはそれを仄めかした。レイアードとの関係性を見るに、お互いの信頼関係が成り立っていると感じたからだ。
「やっぱりフォルマは末恐ろしいな。絶対に敵にはしたくない」
ウィルフレドはふぅ、と息をついた。
「どこまで知っているんだろうな。実は頭がキレるという事さえ悟られないように動いているからな。個人的には宰相と肩を並べるんじゃないかとさえ思っているよ」
「まさか…さすがに宰相様と肩など…」
「スナイデルのことを知っている人間は、多分この学園ではここにいる3人だけだと思うよ。国レベルの機密情報だからね。フォルマはそれを王から聞いたのか、それとも自らの目で知り得たのか…。どっちでもあり得るし、そしてフォルマはそれを絶対に明かさない。本当に敵にはしたくない」
ウィルフレドの渋い顔と、同じ言葉を繰り返したのを見て、ルーナリアはなんともいえない気持ちになった。我が父はそこまで恐れられる人物だったのか…と。ただの庶民のはずなのだが、実は違ったのだろうか。
「そして、そのフォルマの娘である君は、一体どこまで知っているのか…、気になるね」
ウィルフレドの不敵な笑みに、ルーナリアの心臓が一度跳ねた。
今日は本当に心臓に悪いことばかり起こる。あと何度試されれば解放されるというのか。ルーナリアはため息をつきたくなるのをすんでで抑えていた。
「それを知りたくて、殿下は私に近づいたのですか?」
昼からずっと気になっていたことを聞いてみる。今日一番のいやらしい目つきをしていたウィルフレドは、途端に毒気を抜かれたような顔になった。
「いや、うーん。それがないとは言い切れないけれど、正確には違うかな」
「そう…なのですか?」
「おもしろいことをしている子がいるなぁと思って近づいたら、反応もなかなか面白かったから興味が湧いてね。そうしたらフォルマの娘だっていうから、何かわかりそうならついでに聞いてみようと思っただけだよ」
「つ、ついで…?」
意外な言葉に思わず肩の力が抜けたルーナリアは、眉を下げてウィルフレドを見た。
「そう。僕の周りにはいないタイプで面白かったから、純粋に話をして見たかったんだよ。その中で何か情報を得られたらラッキーっていうくらいさ」
「え、えぇと…それは、いわゆるお貴族様のお戯れな感じの気まぐれな感じのやつ…ですよね?」
「なんでそうなるかな。素直に言葉の通りに受け取って、お友達の方でしょ」
「いやいやいや、お友達って!私は庶民ですよ、庶民。あり得ないですから!」
この学園において、貴族と庶民が仲良くしている話など聞いたことがない。そんなことをすれば、お互いに厳しい立場に立たされることは分かりきっているからだ。
庶民と仲良くするなど、貴族の風上にも置けないと糾弾されるだろうし、貴族と仲良くするなど媚を売っているのか、勘違いしているのか、自分は特別だと思っているのかと罵られるだろう。互いに学園での居場所をなくすであろうことは想像に容易い。
もしかしたら影で仲良くしている者はいるかもしれないが、絶対に公にはならないだろう。
身分の違いは、簡単に乗り越えられるものではないのだ。
「お付きの方も、殿下を諌めてください!王族が庶民とお友達なんてありえないでしょう!」
ウィルフレドの信じられない発言に興奮したルーナリアは、黙って座っているレイアードに話を振った。話しかけられると思わなかったレイアードは、一瞬目を瞬いてから口を開いた。
「俺のことは、是非レイと呼んでください、ルーナリア嬢」
レイアードの微笑みに、ルーナリアは背筋がゾゾッとするのを感じた。
諌めないのかよ!と全力で突っ込みたかったが、堪えた。
「さりげなく愛称を勧めてこないでください!嬢とか鳥肌がたちます!」
「おいレイ!なんでお前が愛称を呼ばせようとしてるんだよ!お前が先に近づくな!」
「仲良くなるにはまず名前からでしょう」
自分で自分を抱きしめプルプルしているルーナリアと、なんとなく怒っている風のウィルフレドを、レイアードは余裕の笑みで迎え撃つ。無駄にイケメンオーラが出ているが、今は誰もそれになびかない。
「仲良くなる前提で話を進めないでください!こんなこと他の人に知られたら切り捨てられそうです!」
ルーナリアの言葉で、ふざけた雰囲気がガラッと変わり、張り詰めた空気が漂った。
言い過ぎたか?と気まずく思ったが、事実であることに変わりはない。ルーナリアは切りつけられたことはないが、そういう場面を見たことはあるのだ。間違ったことは言っていない。
しかし、なんだか寒い。冷気が漂っている気がする。殿下の得意魔法は氷だっただろうか。
「僕はね、自分のお気に入りをみすみす切り捨てられるような間抜けなことはしないつもりだし、そんなことは許さないよ。君は僕をそんな間抜けだと思っているのかな?」
「いえ…そんな……」
射抜くような鋭い目で見られ、ルーナリアは固まった。細められた金色の瞳は、更に輝いて見える。輝いているけれど、その裏に見えるのは…怒気?しかし口元には笑みさえ浮かんで見える。
なんかよくわからないけど、とりあえず怖い。っていうか、お友達からお気に入りにランクアップしてるし!と、ルーナリアは無駄に鋭い気づきをしながら、背筋に冷や汗が垂れるのを感じていた。
「お友達がありえないって言うなら、君の言うお戯れの方にしておく?」
「…え?きゃっ」
ウィルフレドの言葉を理解するより先に、ルーナリアの体が前に傾いた。
ウィルフレドによって右手が引っ張られ、その掌に柔らかく温かいものが押し当てられる。
「……っ!」
それは、ウィルフレドの唇だった。
王子殿下の暴走。
私のキーボードを叩く手も暴走。




