スナイデル
正座から少し足を崩したルーナリアを見て満足げに微笑んだウィルフレドは、後ろに控える茶色い髪の青年を見た。
「お前も座れよ、レイ」
「それはできかねます、殿下」
「今はウィルだ」
「……」
「座っていたら僕を守れないほど、お前は弱くなかったはずだけど」
「後から不敬だとか言って俺を切り捨てないでくれよ」
「ははっ、今更」
軽口を叩き合い、レイと呼ばれた茶色い髪の青年はため息をつきながらウィルフレドの横に座った。砕けた口調に変化したことといい、ほとんど隣といってもいい位置に座ったことといい、この二人の関係はただの主従ではないのだなとルーナリアは悟った。
「彼はレイアード・スナイデル。友人であり、護衛であり、優秀な魔導師だ。この結界を展開したのも彼だよ」
「ルーナリア・フォルマです」
今更ながら自己紹介をするルーナリアに、レイアードは言葉なく頷いた。
「そういえば君は、レイをスナイデルだと見抜いていたね。その理由を聞いてもいいかい」
「それは…、殿下のお付きの方と言えばスナイデルの方だと思いましたので…」
「それだけ?」
「えぇと…、それだけではおかしいですか?」
「君は今日初めて僕達をちゃんと見たんじゃないかと思ったんだ。でも、レイをスナイデルだと言った君の言葉に、少しの迷いもなかったからね。スナイデルを知っているんじゃないかと思ったんだよ」
「……」
王子殿下の観察眼は侮れないなと、改めてルーナリアは思う。
この学園に在籍して2年になるが、ウィルフレドの姿をしっかり目にしたのは今日が初めてだった。同じ学年ならまだしも、上の学年の、しかも王族に出会うことなんてあるわけがない。赤のリボンをつけて、青の学舎に向かおうものなら、ウィルフレド目当てと認識され弾かれる。庶民ならなおさらだ。
全学年が集う行事があろうとも、所詮庶民は末席。王族どころか、上位貴族の姿だって見えることはない。
だから、その特徴的な容姿は知っていても、実際に目にしたことはなかったのだ。
「僕の見立ては当たってる?」
意地の悪い、でも楽しそうな笑みを浮かべ、ウィルフレドはルーナリアを見た。
「随分と、スナイデルにこだわりますね」
「家名呼びはルール違反だと言った君が、家名を言ったからね。ついつい深読みしてしまったんだよ」
細かいところまでよく覚えている人だ。人受けの良さそうな笑顔を浮かべた裏で、ものすごく頭を回転させているんだろう。青の王子の悪い噂を聞いたことがほとんどないのは、その隙すら与えない立ち振る舞い故か。
さっきからニコニコと笑ってはいるけれど、ひしひしと感じる笑顔の圧力に、尋問されている感が否めないとルーナリアは思った。有無を言わさぬ雰囲気は、王族に備わったものなのだろうか。
「輝く茶色の髪。澄んだ青い瞳。それを持つ者がスナイデルだと、教えられました」
心を決めた ルーナリアは、金の瞳をじっと見つめて続ける。
「凡庸な茶色とは違う。輝く茶色だ。一目でそれが他とは違うと分かるはずだ。瞳は似たような色はいるかもしれないが、輝く茶色の髪と青い瞳をどちらも持つ者は1人しかいない。それがスナイデルだ、と」
いつも側にいる人が輝く金色の髪をしているからあまり目立たないけれど、輝く茶色の髪は珍しい。銅とも違う。茶色が、特に光の下でキラキラと輝くのだ。だから、レイアードの髪の色は、他の茶色の髪の人とは区別される。そしてその色は、代々スナイデルに受け継がれるものとされている。
「それはフォルマの教え?」
「はい。父の教えです」
「他には?」
でも、自分の目で判断をするんだ。最後は自分で判断をしなさい、ルーナリア。
繰り返し、何度も父に言われた言葉が思い出される。ルーナリアは目を閉じ、もう一度父の言葉を思い出して、目を開けた。
三重の結界は、今も有効だ。
「スナイデルを選び、スナイデルに選ばれた者が、次の世を作るだろう。スナイデルが側につく人を、自分でも見極めなさい。そして、自分がどの道を進むのかを選びなさい、と」
「ふふ、さすがフォルマだね。いい教えをしている」
「ありがとうございます」
父の教えは諸刃の剣。それを伝える人を間違えば、命を落とされておかしくはない。ルーナリアはそれをわかっていて、ウィルフレドに伝えた。ウィルフレドにはそれが伝わると信じて。
「つまり、僕は今のところ、フォルマの娘に認められているということだね」