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明日僕らはアダムとイヴになる。

作者: ぷぷ。

「ついに明日だね」

「あ、うん」


 午前中の授業が終わって、昼休み。

 不気味なほど無機質な鐘の音が、校内に響き渡っている。

 コンビニで幾つか買って来たおにぎりを袋の中で抽選していると、間宮(まみや)想華(そのか)が亜麻色の髪を跳ねさせながら小走りで僕の席までやって来た。


「ね、今日は一緒に食べてもいい?」


 間宮さんは僕の答えを待たずに、前の席の椅子を反転させて向かい合う様に座った。ヒラヒラとスカートを翻しながら、静かな教室内に椅子を引き摺る音を立てる。


「別に良いけど……明日から嫌でも一緒に食べる事になるんじゃないの」

「私、橋本君の事よく知らないから、少しは知っておきたいなって思ったんだけど。嫌でもー、なんて悲しい言い方されるとちょっと傷付いちゃうな」

「あ、ごめん……」


 間宮さんは、ただのクラスメイトだ。

 別段仲が良いという訳でもなく、幼馴染でもない。会話をする関係になったのはつい最近、同じ係りに選ばれたから。

 そんな、唯ただの、クラスメイト。

 未だ距離感が上手く掴めない。


「橋本君、今日もおにぎりなんだ」

「うん。親が作ってくれなくて」

「あはは、うちと一緒だね」


 言いながら、間宮さんは学校指定のバッグの中から花柄の可愛らしい巾着袋を取り出した。


「でもそれ、お弁当だ。自分で作ったの?」


 僕が問い掛けると、間宮さんは照れ臭そうに頬を掻いた。


「うん。だって、いつかは自分で作らなきゃいけなくなるじゃない? いざとなって作れなかったら、私も間宮君も困ると思って……」


 開いた巾着の奥から、これまた可愛らしいプラスチック製の弁当箱が出てくる。

 巾着と同じ花柄で、透明な部分からは不恰好なおかず達がこれでもかと押し込められているのが見えた。

 これは、僕も料理を覚えなきゃいけなさそうだ。


「あちゃ、潰れちゃってる……。ごめんね、美味しくなさそうだよね」

「えっと……ううん、美味しそうだよ。その……卵焼き? 貰っていいかな?」

「ホント? い、いいよっ」


 間宮さんは僕の言葉に少しだけ目を見開き、勢い良く弁当箱を突き出してきた。

 人生で初めて気遣いらしい気遣いをしながら、僕はなるべく無難そうなおかずに手を伸ばした。

 間宮さんが照れると、ガラスみたいに透き通った栗色の瞳がゆらゆら揺れて、ちょっと可愛い。


「えっと、ほとんどはレイショクなんだけど、卵焼きは手作りだから。どうかな? 美味しい?」

「あ、へー、そうなんだ……うん、うん……いいんじゃないかな」


 卵焼き以外にすればよかった。


「……そういえば橋本君、『仕事のしおり』見た?」


 間宮さんは机に肘を突き顎に手をやりながら、締め切られた窓から外の風景を眺め独りごちる様に僕に問い掛けた。

 空色を反射するその大きな瞳に何が映っているのか、少し気になった。


「一応、読んだよ……明日からしなきゃいけない事も書いてあったし」

「読んだんだ、橋本君も」

「う、ん……」

「じゃあ、最後の章は読んだ?」

「えっ……」

「読んだんだ」

「……」


 内臓がギュッと引き上がる。なんとなく、嫌な予感はしていた。

 流し目の間宮さんが、頬を赤くしながら薄ら笑いを浮かべる。


「橋本君のえっち」

「なっ……別にそういうつもりで読んだんじゃ……!」


 読まなきゃいけないものだから……などと反論しようとする先の間宮さんは、また窓の外を見ていた。


「橋本君、私たちって上手くやれるかな?」

「そんなの、分からないけど……」


 係りに決められたんだから、やらなきゃいけないんだろうと思う。


「橋本君、運動できる?」

「うーん、ちょっと苦手」

「すっごい不安だなー」

「……ごめん」


 間宮さんだって、料理が苦手みたいだからおあいこだ。

 ……そう考えると、妙に不安になった。

 紛らわす為に、間宮さんに習って外を見る。


「明日、だもんね」

「うん」

「橋本君、働かなきゃね」

「うん」

「家に帰ってきたら、ご馳走作るからね」

「う、ん……」

「それから、夜になって寝る時は、子供作ろうね」

「そ、れはっ……」

「ウソ。私まだ橋本君の事よく分からないもん」

「そ、そうだよね……僕も間宮さんの事、まだ知らない事だらけだし」

「でも……練習はしよっか」

「そ、それもまだ早いんじゃ……」

「だって、寂しいもん……」

「えっ……」


 間宮さんの声が震えてるような気がして、思わず顔を覗き込んでしまう。

 間宮さんは上手に顔を隠して、窓の外を見続けていた。

 耳は真っ赤だった。


「……いいよ、練習しても」

「えっち」

「なっ……。でも、大人になってからね」

「大人って、いつから?」

「えっと、18歳……かな?」

「えっち」

「なんで……」


 間宮さんは、そういうことに興味津々な様だった。


「でも、それならあと4年もあるね。私たちだけの時間」


 また、寂しそうな声を出す。

 放っては置けない様な、驚きとは違う胸の締め付けが、僕を苛んだ。


「……僕が、話し相手になるよ」

「うん。そうしてくれないと、困っちゃうもん」


 ……そっか。


「どんな世界かな。私と、橋本君しかいない世界って」

「……広くて、空っぽで、毎日生きる事が大変」

「夢がないよ」


そうは言っても、それがきっと現実なんだろうから。


「でも、間宮さんと一緒だったから、良かったかな」

「え、何? 告白?」

「違うよ」


なんだー、と肩を落とす間宮さんを見てると、やっぱり少し安心する。

穏やかで、ぶきっちょで、表情が豊かで。一緒にいたらきっと好きになれるだろうから。


「……ねえ間宮さん。料理、僕も手伝うよ」

「え? でもしおりには料理は私の担当って」

「その代わりさ、僕の仕事も手伝って欲しいんだ」


 僕の提案に、間宮さんは目を見開いてこちらを見た。


「いいのかな……。でも、仕事してる間も話してくれるなら、いいかも」

「うん。そのうち、話すことなくなるかもしれないけど」

「その時は子供作るための予行演習すればいいんだよ」

「またそんな事言って……」

「ふふ。私今、橋本君の事、ちょっこし好きになったかも」

「……」

「あ、お弁当食べなきゃ……って何これ、しょっぱい!」

「やっと気づいたんだ」


 それから僕らは、少しの間笑い合った。


 友達のいない静かな校舎に、笑い声は寂しそうに響いた。





夕方。

家路を辿りながら、僕は周りを見回した。

今日で終わる事も分かってて、あちこちの店はまだ営業を続けている。

終わりを逃れるという触れ込みで、巷で流行ったガスマスクを付けながら歩くスーツ姿もいる。

宵闇を歩く、人、ひと、ヒト。

赤らみを失いつつある空の下で幽霊みたいに歩くのを見ていると、夢の中にいるみたいな、不思議な気分になった。


自分だけに、明日がある孤独。


「世界が2人だけになるなんて、実感がないからね」


昼間の話を思い出しながら、僕は答えた。

夢がないんじゃなくて、夢を知らないんだ。


寂しさは雑踏の中に溶け込む事のできない油の様で。

僕らは今、ひとりぼっち。

ふたりぼっちは、今より寂しくないだろうか。


 きっと、寂しい。


まだ大人じゃない、けれど子供でもいられない。


 未だ14歳の僕らは明日、アダムとイヴになる。

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