許嫁6
翌日。
今日から食事係を任された光姫は朝6時に起床し、朝食作りに取りかかる。昨日一通り台所の説明は受けたので、迷うことなく始められた。
「おはよう光姫ちゃん」
「おはようございます。朝ごはん準備しますので待っててくださいね」
「ありがとう」
どうやら朝の稽古を終えてきたらしい。九竜家の朝は早いのだ。父も母も休みの日はくたくたでなかなか起きてこないのに。
「すまんが光姫ちゃん、蒼永を呼んできてくれんか」
「あ、はい」
「奴も稽古を終えて今頃着替えてる頃じゃ」
「わかりました」
そうは言ってもまだこの大きな屋敷のことは把握出来ていない。キョロキョロしながら廊下を歩いていた、その時。
「ん?」
「あ……」
目の前に上半身裸の蒼永が現れた。シャワーを浴びてきたようで、髪は濡れており、首からタオルをかけている。
「きゃーーーー!!」
思わず悲鳴をあげて背中を向ける光姫。朝から上半身裸の男は刺激が強かった。
「ちゃ、ちゃんと着てよばかぁ!」
「勝手に見たのお前だろ」
「見ちゃうでしょ!!」
「変態」
「ううっ」
やっぱりやな奴だ、と光姫は思った。朝から最悪な気分である。
蒼永は細身に見えて程よく筋肉がついていた。さすがは鍛えているだけあり、腹筋は見事に割れている。腕もがっしりとして力強さがあった。所謂「イイカラダ」であった。
(……って何考えてんの!これじゃほんとに変態じゃない!)
光姫は自分の中の邪念を払う。男の子のカラダなんて見る機会もないし、だからドキッとしただけなのだと、そう思い込むことにした。
*
その後、光姫は昼頃から前の学校で一番仲が良かった桃という友人と会うことになっていた。駅前のカフェで待ち合わせし、そのままカフェに入った。
「久しぶり!って感じでもないね。まさか光姫に許婚とはね〜」
桃はニヤニヤと光姫を見つめる。早く話を聞きたくて仕方ないという顔だ。
「信じられないでしょ?初めて会った人なんだよ?しかもちょームカつくの!」
光姫はこれまでのことを掻い摘んで話した。今朝風呂上がりの姿を見てしまったことも。
「えーーーいいなぁ!うちの彼氏なんてヒョロヒョロだよ。てかそんなハプニング、一緒に住んでるからこそじゃん」
「桃、なんか楽しんでない?」
「楽しくない!?」
「楽しくないよ!」
「なんでよ。光姫にとってはいい機会だと思うんだけど」
「いい機会?」
「そろそろ彼氏作りなさいよ」
「うっ」
中学から付き合っている彼氏持ちの友人の言葉はとても刺さる。何しろ光姫は彼氏いない歴16年なのだ。
「光姫かわいいし絶対モテるのになんで作らないの?」
「だって、女子高だし……」
「中学は共学でしょ?」
「縁がなくて……?」
「なかったわけないでしょ!」
「でも〜」
「まあ過去のことはいいわ。とにかくいい機会なんだし、婚約は大袈裟にしても付き合ってみれば?」
「無理だよ!好きじゃないもん!タイプでもないし!」
「付き合ったら好きになるかもよ」
「ないないない!」
光姫は力強く否定した。
「絶対好きになんかならないもん。私は年上でもっと優しくて紳士的な……」
「まだ杉浦先生のこと好きなんだ?」
「ううっ」
図星を突かれて赤くなる光姫に対し、桃は呆れたように肩を竦めた。
「光姫、それこそやめなよ。相手は先生だし大人だよ?相手にされるわけないんだから」
「でもでも!私杉浦先生の連絡先教えてもらったの!困ったことがあれば相談してって」
「そんなの卒業した生徒と先生が連絡先交換するのと同じだよ」
「うう……」