許嫁3
光姫の絶叫と蒼永の不満に満ちた声が合わさる。だが群青は平然としていた。
「そのことも話したはずじゃぞ。蒼永、お前はいずれ道場を継ぐんじゃ。光姫ちゃんと結婚してな」
「ふざけんな!俺は継ぐ気はねぇって言ってんだろ!」
「いーや、認めん。我が古き友、崇臣とは若き頃、凌ぎを削った好敵手じゃった」
崇臣とは光姫の祖父の名である。
「崇臣と約束した。いずれ孫同士を結婚させ、この九竜道場を継いでもらうと!じゃから光司君から話をもらった時は願ってもない話じゃった!光姫ちゃんが花嫁修業に来てくれるとは!」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
飛躍する話についていけない光姫はストップをかける。
「私そんな話、祖父からも父からも聞いてません!」
「そうなのか?では改めて紹介しよう。光姫ちゃんの許婚になる蒼永じゃ」
「いやいやそうじゃなくて!」
「勝手に決めんなよジジィ」
イライラした口調で蒼永は祖父を睨みつける。
「俺は絶対に嫌だからな。なんでもかんでも決めつけやがって。いきなり押しかけてきた貧乳女が住む上に結婚しろ?ふざけんのもいい加減にしろよ」
「貧乳って言うな!あんたってデリカシーがないの!?」
「本当のことだろ」
「サイッテーー!!ほんとありえない!」
「キーキーうるせえな。小猿みてーに」
「あったまきた!私だって絶対嫌なんだからね。あんたみたいな超失礼な変態男……大っ嫌いなんだから!!」
こうして、光姫の波乱の日常が幕を開けたのだった。
*
「ありえないよーーー!!」
群青から案内された部屋に入るなり、光姫はベッドにダイブする。好きに使っていいと言われた光姫の部屋だ。
光姫はバッグの中に入れていたパンダのぬいぐるみを取り出す。赤いチャイナ服を着たランランという名前で、大のパンダ好きの光姫が集めるパンダグッズの中でも特にお気に入りだった。ほとんどのぬいぐるみは実家に置いてきたが、このランランだけは連れて来たのだ。
「聞いてよランラン!許婚なんて信じられなくない?」
ランランを抱きしめ、ベッドに寝転がる。
「あんな嫌な奴と結婚なんてありえないよ!好きでもない人と結婚なんて……やだよ……」
光姫は定期入れにこっそり忍ばせている写真を取り出す。爽やかで優しそうな大人の男性が写っている。前の学校の数学の先生、杉浦先生だ。光姫が密かに想いを寄せる人である。
若くてかっこよく、授業もわかりやすくて人気のある先生だった。苦手な数学も杉浦先生のおかげで好きになれた。
転校すると言ったら困ったことがあったら言って欲しいと、連絡先を教えてくれた。光姫は心臓が飛び出るかと思った。同じ学校にいたら絶対に手に入らなかったものだ。
先生と離れるのは悲しいと思っていたけど、むしろ前よりも距離が縮められたように思う。連絡先が書いてあるメモは写真と一緒に定期入れに挟んであった。
「連絡したら迷惑かなぁ……」
憧れの先生。大好きな先生。結婚するなら杉浦先生がいい。そこまで考えて光姫はカァッと頬を火照らせる。