許嫁1
「ごめんよぉ光姫ぃ……」
「だからわかったってパパ。大丈夫だよ」
「ううう……」
かれこれこのやり取りを何度続けていることか。光姫は深い溜息をつく。
父の光司はいい年して涙と鼻水で顔をグチャグチャにしていた。だけど今更嘆いても変わらないのだ。
「大丈夫。早くママのとこ行ってあげて」
「光姫……」
「ほら、もう搭乗時間だよ」
「光姫……っ!!元気でやるんだぞぉ!!」
号泣しながら飛行機の搭乗ゲートをくぐる父を見送る。急遽決まったアメリカへの海外転勤。既にアメリカで仕事する母・舞子に次いで父までアメリカ転勤になるとは思わなかった。父は一緒に行こうと言ったが、向こうに行っても父も母も忙しいのは目に見えていたし、友達と離れるのは寂しかったので光姫は日本に残ることを決めた。
でも、結局友達とも離れなきゃいけないことになってしまう。わけあって祖父の元ではなく、祖父の旧友でお世話になっているという人の元へ預けられることになった。ここが高校から遠く、通うことが難しいため転校することになったのだ。
だが日本を出るよりはマシだし、何より新しい高校は母の母校だという。そんなこともあり、光姫は高2の春から新生活をスタートさせることになった。
*
「え、ここ……?」
父を見送り、光姫が訪ねた居候先は、大きな和風のお屋敷だった。立て看板には「九竜道場」と書かれている。間違いない、ここが光姫の新しい家だ。
祖父の旧友である九竜さんは、武道の世界で知らない者はいないというものすごい武道家らしい。九竜道場の師範を務め、門下生たちに柔道、空手、合気道、剣道、弓道という5種目の武道を教えている。全日本選手権の王者やオリンピック選手も排出しているという、武道の名門中の名門がこの九竜道場なのだ。
「た、たのもう……?」
恐る恐る門を叩く光姫。武道場らしい挨拶をしてみたが、返事はない。どうしたらいいのかオロオロしていると、背後から誰かに声をかけられた。
「うちの道場になんか用か?」
振り返ると、門下生であろう三人の男性が立っていた。全員大学生くらいで一人は柔道着を着た大柄な男、一人は剣道の武具を身につけた長身の男、もう一人は袴姿に弓を持った小柄な男だった。
三人は光姫を見るなり、色めき立った声をあげる。
「うおっ!めっちゃかわいい!」と柔道の男。
「高校生?顔ちっちゃいなぁ」と剣道の男。
「もしかして、入門希望なの?」と弓道の男。
見知らぬ男にいきなりまくし立てられ、光姫は表情を強張らせる。すると男たちは強引に光姫を中へ入らせた。
「うちは基本男所帯だけど女の子も大歓迎じゃ。ワシは柔道のマサオ!」
「俺はケンイチ。見ての通り剣道をやっとる」
「ボクはコータ。弓道が得意なんだ〜」
「は、はあ……」
「お嬢ちゃんは?」
「き、黄桜光姫です……」
「光姫ちゃんか!名前もかわええなぁ」
「あの、私は……」
――助けて、助けて。助けてパパ!!
心の中で叫んだ、その時だ。
「おい、何してんだよ」