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幼馴染達と行く異世界生活  作者: 篠宮ソラ
異世界転生編
3/44

除籍処分?え、まじで?

『闘人大陸 世界樹30階突破!!魔人など足元にも及ばない!!』


『『狂いし愚者』イーサン・フォルス!魔剣を発見か!?騎士王に引き継がれる聖剣の相反する存在が世界樹にあるかも!?』


『フュテール王家とプローシライ王家が小競り合い!?魔人大陸が内部分裂か!?今こそ武人大陸が世界を取るとき!!」


「まるっきりゲームじゃねぇか。どうなってんだこの世界。はは……馬鹿見てぇ……」


現在俺は新聞を読みながら椅子の背もたれに寄りかかっている。だがここは俺の部屋ではない。そしてここは武人大陸でもない。


俺は部屋の空気を入れ替える為に窓を開けた。そこに広がるのは見渡す限りの青い海。時折揺れる部屋から出て、俺は上へと向かう。


「死にたくなるほど眩しいな……今日もいい天気ってことか。」


扉を開けて差し込む太陽の光を手で遮りながら歩いていく。


「本日も航海日和ってことかよ。まだ着かねぇのか?」


揺れる船の上。吸い込まれそうな水平線を眺める8歳の少年ーールイス・アミティーエは世界樹が存在する大陸へと向けて船旅と言う名の追放処分を食らっていた。



訳は遡ること1年前。


俺が7歳となり、誕生会が開かれた。だが主役は俺の筈なのに招待された貴族たちが集まるのは弟のルークであり、俺自身はパーティ会場の隅っこの方で料理を食べるという本末転倒の催し物だったのだ。


親父はルークの側でいかに素晴らしいかと貴族たちに自慢していた。当の本人も人懐こい笑顔で騎士王の家系と接点を持とうとする貴族達に対応している。


昔から俺はそういう他人の顔色を伺うのがあまり好きではない。そのため誕生日が来るたびにこんな付き合いをしなきゃいけないことに毎年憂鬱になっていた。


そんな感情を惜しげもなく顔に出すもんだから徐々に周りから人は消え、終いにはほとんどがルークの元へと集まり、俺ぼっち扱い。


だが確かに貴族同士の付き合いなんて面倒この上ねぇから一向に構わないがな。誕生日が俺を中心として回らないことも別に悪いもんでもない。美味い料理は食えるし、お袋からのプレゼントで真新しい剣も貰ったし。


だけどよ、如何にもといた感じてこっちをジロジロとねめ回すように見るのだけは辞めてくんねぇか。お前らだよ、そこのルークを囲む集団貴族共。


「……確かにあれからは騎士王の威厳を感じないな。」


「あれは駄目だ。あんなのが当主なんてなったら帝国の恥だぞ?」


「見なさい。あの盗人のような汚らわしい目つき。帝国の誇りなんてどうでもいいのよ、あれにとって。」


あれあれあれ、五月蝿えよ。指示語じゃなくて俺にはルイスって名前があんだろ。もっとも俺自身は友哉だけどな!


近くにあったグラスの中身をカパカパと飲みながら貪るように料理を食べていると視界の端に誰かが近づいて来た。


「貴方みたいな人が何でこんな所に居るのかしら?疑問しかないわ。」


おい、誰だこら。

いきなり出会ってからの初対面がそれか?

全く親の顔が見てみたいぜ。


「誰だよ、お前。その前に騎士王子の俺だと分かった上でそんな舐めた口を聞いてんのか?」


「別にいいじゃない。本来なら私は貴方の妻になるはずだったんだから。」


うん?

うう〜ん?

あ!そういうこと?

この女の子が俺の婚約者!?


「六聖騎士の家系ロスラントの長女、ジールよ。以後は無いわ。だって私はもうルーク様の嫁になるのだから。」


「はっ!?いやまて!どういうことだ!そりゃ……」


あれ?何か、体が……

やべ、意識が……




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「ーーイス様?ルイス様!」


「うおっ!?なんだなんだ!?敵襲か!?」


「ようやくお気づきになりましたか。ルイス様は先ほど気を失ったのですよ。覚えてますか?」


ベッドから飛び起きた俺は周りを見渡すとそこは俺の部屋であり、近くには黄色の髪を後ろで纏めた30代前半の女性メイド長ーーエレナさんが立っていた。


「あー悪い、エレナさん。全く覚えてない……」


気、失った?は?なんかしたか俺?……最後に覚えてんのは……確か他の貴族達の悪口を聞いて俺は……


「近くにお酒が入ったグラスがございましたからそれで酔っ払ってしまったんでしょう。興味があるのは分かりますがまだ飲んではいけないんですよ?今度からは気をつけてくださいね。」


用事を済ませたようで綺麗な礼とともに部屋から出て行こうとする。


「あ、ああ分かりました。はあパーティ台無しにしちまったな。せっかくお袋が計画してくれたのに。」


ーーだが彼女は何気なく呟いたその言葉に動きを止めた。


「どうかしたんですか?エレナさん。」


「……いえ何でも有りません。それよりもルイス様。今日はもう一歩も部屋から出てはなりませんよ?まだお体は万全では無いのですから。」


「え?いやもう大丈夫だって。それに迷惑をかけた親父……お父様に謝ってこないと。」


ベッドから立ち上がり、扉の前に立つエレナさんの横を通り抜けようとするが、エレナの腕が俺の腕を掴む。


「……お願いですから今日は大人しくして貰えませんか?後生ですから…」


……なんかきな臭いな。ここまで俺を外に出したく無いってどういう事だ?本当に俺の体を心配してくれている可能性もあるがそれだったらつきっきりで看病するからはず……


「……分かった。」


「そうですか、それではベッドにお戻りーー」


「とでも言うと思ったか馬鹿め!」


「痛っ!あ!待ちなさいルイス様!」


エレナさんが俺から目を離したほんの一瞬、俺はエレナさん腕に手刀を食らわせる。痛みで掴む力が緩んだ瞬間に拘束から抜け出して扉を開けた。


後ろから静止の声が響くが俺は気にせずに会場までの廊下を駆け抜けて扉まで辿り着く。


「……全く情けないったらありはしないな!どうするんですか?リミアル様、闘法は一子相伝。どちらかはあの大陸に送らなくてはいけませんが……」


「無論、決まっているだろ。皆の者よく聞け!私はここにいる、ルーク・アミティーエを5代目騎士王として育て上げる!あの無能な長男と違い、既に5歳でありながら型の全てを覚えたほどの剣の腕前を持つ!この男が未来の騎士王だ!皆、よく覚えておくといい!」


「これで騎士国『シュヴァリーエ』も安泰ですなぁ!!わはははは!!」


そこから聞こえてくるのは賑やかな声。思わず扉を開けようとした俺だがその前に追いついたエレナさんに後ろから羽交い締めにされた。


「……どういうことだよ。主役が倒れたのに誰1人気にしてないどころか。誰も俺をいらないみたいに扱ってる。それにどういうことだ!?ルークが家督を継ぐのかよ!親父は俺を切り捨てたのか!?」


「こちらではパーティ会場に聞こえますので部屋に戻りましょう。ルイス様。」


「でも!!」


拘束から抜け出そうにも何かの武術なのか一切抜け出せる気がしない。それでも首をひねって文句の1つでもぶつけようとした俺は見た。


ーーエレナさんの顔から涙が溢れていることに





「それで説明してくれよ。エレナさん。一体どういうことなのか?」


あの涙を見てすっかり毒気が抜けた俺は大人しく部屋に戻った。椅子にエレナさんを座らせて、俺もベッドに腰掛けてから本題に入る。


涙を拭いながらも彼女はポツポツと語り始めた。


「まず始めに闘人達の間では闘法を使えないものは役立たず、足手纏いという認識があるのはご存じですか?」


「それはまあ。」


闘人大陸では闘法を扱えないものに対しての風当たりが強い。何しろ闘法を使えない者達は魔人達が使う魔法に立ち向かえないからだ。


考えてほしい。たかだか闘術を学んだ闘人と超常現象を引き起こすことができると言われている魔法を扱う魔人に勝てるはずがあるのだろうか?


十中八九勝てないと答えるのが多数派だ。相手は未知の者、それに対して普通の人が武術を学んで少し強くなったところで勝てる道理など存在しない。


無数に上る魔力を形にした魔法を使う魔人に対するために体を鍛え闘力を纏い一を極めた闘術こそが闘法なのだから。


「闘法とはその家系が血の滲むような努力をして編み出したもの。ですがそれ故にこの技しか使えず、種がばれて仕舞えば一気に無力化してしまう。それを防ぐために闘人達は闘法を一子相伝としたのです。」


「一子相伝……つまり、出来のいい子供、才能のある方へと闘法を引き継がせて出来の悪い、才能のない子供は……」


「技の秘匿のため、処分。または軟禁。もしくは追放ですね。」


なんとなくだが、話が見えてきた。要は俺には闘法を教える意味も才能もないから見限られたと。そんで残された俺は存在を抹消されるってことか……


「申し訳ありません……!私や奥様がお止めになりましたがーー!!」


「いいよ、エレナさん達は悪くない。俺も……何となくだけど分かってた。俺には剣の才能が無いって事くらい自分でも自覚してたさ。」


「ですが!普通あり得ませんよ!実の息子を殺そうなんて!正気の沙汰ではありません!どうかしてますよ!?」


「……多分、腹を痛めて産んだ母親は愛っていう理由でみんな反対するんだろうが父親からすれば役に立たないものを育てる理由が存在しない。愛よりも家系にとって有益になるやつだけを残して来たのがこの社会なんだから。仕方ないよ。」


最も未だに剣を振る理由なんて見つからない俺だ。型だってあんなにラスタさんが一生懸命教えてくれても覚えたのはたった2つ。自分でも何だが、情けないったらありゃしねぇな。


「……それでこれから俺はどうなるんですか?」


「……奥様の必死の説得により、処分は免れましたが、旦那様はルイス様の顔など見たくはないようで追放処分になります。」


「……場所はあの大陸?」


「はい、世界樹が存在する大陸『フライハイト』の町『ラーディクス』にある食堂に送られます。」


世界樹がある大陸ー正式名は中立大陸。闘人大陸と魔人大陸のちょうど中間地点に存在する大陸だ。様々な訳ありの人物が集まり、街を建てている。


ちなみに世界樹とは神剣時代から存在する摩訶不思議な天まで上る巨体を誇る木だ。ざっと500年前ーー初代騎士王が力を振るった時代くらいから悠然と佇んでいる。


なぜ植えられたのか、なぜこんな大陸に存在するのか未だに判明していないが、この世界樹はただ立っているだけでは無い。


実は根元に大体高さ3メートル横5メートルの穴が空いており、中に入れるようになっている。中は円形に広がっている空洞だが、まるで木全体が光っているようで明るい。


最も1番世界樹が有名となっている理由が中に迷宮が存在する事である。戦争がひと段落してから数十年、初代騎士王『ラクス』が没し、2代目騎士王『ロイド』の手によって中が調べられた。


ロイドの調査結果が載った本にはこう書かれていた。


『見た事ない生き物が襲い掛かってくる』


『中には様々な罠が仕掛けられており、何人も死んだ』


『だが普通の鍛治職人でも鍛えられないような金属や結晶、ごくたまに武器や防具などが見つかる。』


それは戦争が終わり、命をかけて戦ったのに満足な報酬も貰えず、用済みとされていた武人や魔人にとって夢のような話であった。


何しろ、迷宮内で手に入れた金属や結晶は高く売れる上に戦う事しか出来ないものや殺し合いをする事で様々な欲求を満たしていたもの達にとっての絶好の場所なのだ。


気づけば世界樹の根元には町ができ、規則なども作られ、秩序が生まれた。


こうして世界樹は2つの大陸において有名な迷宮となったのだ。


「でも何で食堂に?」


「叔父様がその食堂の店主だからですよ。わかりますか?リミアル叔父様です。」


「ああ…確か迷宮内で足を怪我したから4代目を告げなかったって言われてる。」


「はい、その通りです……出発は半年後です。本来この話は旦那様に固く口止めされているので……」


「分かった。初耳みたいに驚いとくよ。……エレナさんには迷惑は掛けないから。」


「……ありがとうございます」



……嗚呼面倒な事になっちまったな。


今までの話を聞いて湧き上がるのが怒りや不安じゃなくて諦念の感情。


冷静に頭で考え始めた時に頭に浮かんだ感想がこんな言葉の時点でもう異世界で生きる意義を失っているなと自分でも思う。


もはや全てに興味が湧かないのだ。自分のことも周りのことも……唯、漠然と生きるだけ。


そして後日、父に呼び出された俺は書斎で「お前には生き延びて欲しい」や「こんなことしか出来ない父で申し訳ないっ!」などと私はいかにも息子想いだという建前を並べられた挙句に半年後には母にもらった剣と僅かな貨幣を持ち、家を追い出されてた結果が海の上。


幸い、有名な家系の息子だからか安全面においては船長がガタガタ震えながら、雇った護衛の者達を俺の部屋の前に立たせ、そこそこの部屋を与えてくれたお陰で問題はなかった。


そして更に半年後、まさか海の上で1人ハッピーバースデーを歌うとは思ってはいなかったがそれ以外は比較的良好。他の乗客達もまるで腫れ物を扱うかのように接してくる為、問題になることもなかった。


そんな結果、今に至る。


「……海は広いなぁ。」


ヘリに寄りかかり、頬杖をつく。船の上で時間を持て余している以上やれる事は全てやっている。剣を振ることは毎日やったり、前世では日課であった筋トレなども行っているが時折、ふと頭をよぎるのだ。


ーー本当にこれでいいのか?


ーーこのままダラダラと生きていいのか?


それがいけないって事は1番自分がよく分かってる。吹っ切って前を向かなきゃいけないんじゃないかってのも理解している。


だけど気持ちが付いてこない。まるで何処かに置き忘れたみたいだ。


「マンガの主人公達って本当にメンタル強えよなあ…」


友を亡くした筈なのに暫くすれば其奴らの為に動くことが出来る。理想を継ぐことが出来る。夢を叶えてやることも出来る。


いつかは彼らみたいに背負えるようになるのだろうか?


いつかは笑ってお別れを言えるのだろうか?



未だ引きずるだけの俺にはそんな答えなど出せるわけもない。


「…………」


暫くの間、彼は寄せては引く波を見つめるだけだった。



そして3日後、遂に陸が見えた。


「錨を下ろせぇぇぇ!」


船長の号令を聴きながらも俺は降りる支度を始める。まあほとんど身1つで来たようなものだ。元々荷物は少ない為、直ぐに荷物を纏めて船を降りる。


しかし、問題発生。


「……俺、地図読めねぇんだけど?こっからどうすんだよ!」


降りたのはいいが地図が読めない為に食堂にいけず、港をうろつき回る8歳の少年。というか俺。


何とか頑張れよ!と声が聞こえそうたが、余り、俺の方向音痴をなめないほうがいい。始めて来る場所では確実に道に迷う。覚えて仕舞えば大丈夫だがそこまでが大変なのだ。


数多の犠牲を払い、(鐘恋によってバイト代ほぼ持っていかれ、暫くの間弁当がパンの耳を揚げたもの)行った京都への修学旅行ではちょっと京都タワー行ってくるがまさかの通天閣に登るという珍騒動を起こした俺だ。教訓として道関係は自分を信じない事にしている。


話が逸れた。つまり、どうやっても俺は食堂に辿り着けないーー


「仕方ねぇ…か。誰かに連れて行って貰うしかねぇよな……」


精神年齢26歳になってまで大人に手を連れられて歩くのは恥ずかしすぎるが手段など選んではいられまい。下手すれば野宿という選択肢になってしまう。それだけは避けたい。


さすがに純真無垢な子供のお願いだ無視する奴の方が少ないだろう…その時の俺はそう考えていた。



「あの〜すいません。ここってどこですか?」


「知るか、クソガキ。」


take2


「道がわからないので教えて貰いたいのですが……?」


「ならこっちに来なさい。大丈夫、ちょっと遠いけど君と同い年くらいの子達がたくさんいるからねぇ」


「お巡りさぁぁぁぁぁぁァァァァン!こいつ捕まえてぇぇぇぇぇぇ!!」


take3


「もう……駄目か、く…そ、食堂に行ければ助かるのに……誰か……」


「………………」


「全員素通りかよ!?ちくしょう!!」


ーー

ーーーー

ーーーーーーーー


「もう駄目だ。この街の住人、心狭すぎだろ。どうなってんだ。」


もう日が沈みかけて辺りはすっかり暗くなり始めた頃に1人肩を落として意気消沈の子供。このままだと間違いなく、野宿コース……もはや、野宿の準備をしようかな?と考えている時点で諦めモードだ。


いそいそと持ち込んだ剣を枕にして港近くの地面に寝そべる。もはや寝る気満々だ。


「……ねぇこんなところで何してるの?」


しかし神は彼を見捨てなかったらしい。剣を枕に横になろうとしていた彼に1人の少女が声をかけた。


その少女は髪はウェーブがかった金髪で動きやすいようにかポニテしており、瞳は美しい碧眼で白く雪のようなその肌に身につけるは可愛らしい服。まるで童話の世界から飛び出て来たのではないかと思える少女に目を奪われていると更に問いかけがとんでくる。


「もし良かったらうちに来る?こんなところで寝たら風邪引くよ?」


「え?いいのか?」


降って湧いた幸運に食いつくルイス。少女はにんまりと笑って更に続けた。


「うん、だって貴方が持ってる地図の住所は私の住み込みの場所だもの。ねっ?ルイス君?」


どうやら彼は結構付いているらしい。




「ここでーす!こっここっこ!さて!私は今何処にいるでしょうか!?」


「さあ恒例ーーじゃねぇわ馬鹿。何やらせてんだ馬鹿野郎。さっさと入らせてもらうぞ。」


何となくノリにつられた彼は少女に連れられて港から大通りに入り、真っ直ぐ行ったところでお目当ての店は直ぐに見つかった。小さくこじんまりとしているが、中々小綺麗な佇まいだ。


「はいはい。それではお客様ご案な〜い。ようこそ!大衆食堂『Sanctuary』へ!」


店の扉を開けて入る。中には少しお客さんがいるだけで余り盛況しているようではなさそうだ。


ところどころ古くはなっているがむしろ俺にとってはこれくらいの空間が1番落ち着く。無駄に豪華な部屋にいるとどうにも落ち着かねえ。これも前世の育ちのせいかね。


奥を見るとカウンターもあり、そこの奥から髪を短く切りそろえた筋肉質の女性が皿を持って出て来る。ご丁寧にフリフリのエプロンをつけてだ。……似合わねえ。


「おお!お帰り!アリス!どうやらちゃんと見つかったみたいだな!」


「はい!イスランさん!私が抜けて大丈夫でしたか?」


「問題ないよ!見ての通り、お客様は少ないからね!おっ、そっちのが今日からここで働くルイスで良いのかい?」


女店員は客に料理を渡すとこちらに歩いて来る。意外と迫力あるな、この人。後、働く事は決定事項かい。


「……今日からお世話になります。ルイス・アミティーエです。これからよろしくお願いします。」


「声が小さいよ!声が!しっかりしろって男だろ?」


「よろしくお願いします!!!」


よし!とにかっと笑い、背中をバシバシ叩かれながら付いて来なと言われて料理場へと入る。


「狭すぎねえ?こんなんで大丈夫かよ?」


「大丈夫!問題ない!」


「どっからその自信は出てくんだ。」


アリスの言葉に律儀に反応しながらも内部を見回す。まあ中世くらいの文明レベルだとこんなもんか?石造りの床に壁。火を付けるための竃に水を汲んだバケツの中に突っ込まれている皿。前世なら衛生的に問題ありまくりだろ。


「あ、君がルイス君かな?久しぶりだねぇ。俺のこと覚えてる?」


店の批評に夢中になっていると竃の前で椅子に座っている男性がこちらに気づいて話しかけて来た。何つーか、クラスに1人はいる冴えない男子を想像して欲しい。大体あんな感じだ。


「すいません、覚えてないです。」


「そうかもねぇ。君が死の淵から生き返った時は本当にびっくりしたもん。仕入れを3倍に増やすくらいに。」


「お陰で消費が間に合わなかったせいで殆ど腐らせちゃったけどね……」


つまり、この人が店主でありながら4代目騎士王の名を継ぐはずだった剣士なのか。ほんとっ人って見た目によらないよな。経営者としての才能は皆無みたいだが……


「顔合わせは終わったね!よしなら、アリス!部屋に案内してやんな!まだ私達は仕事があるから!」


「分かりました。それじゃあお先に失礼します。行くよ、ルイス!」


とりあえず俺も礼をして、その場から立ち去る。基本的には良い人そうだな。あっちの屋敷で使用人達からも冷たく、あしらわれるよりかは遥かに良い。


ともかく俺はアリスに連れられて店の裏から出て、右に曲がって民宿みたいなところへと入って行く。ギシギシと軋む床の上を歩きながら部屋の前へと案内された。


「ここが今日から君の部屋。中は一応掃除しておいたけどまだ少し埃っぽいから、多少換気した方がいいかも。」


「ああ分かった。後、俺はいつから働くんだ?明日からか?場所は料理場か?それとも接客か?」


こう見えても料理店でバイトをしていたからな、接客、キッチンどちらもお手の物だ。少なくとも慣れさえすれば即戦力になる自信がある。


「場所は料理場だよ。ーーそっちの方が得意でしょ?」


「確かに料理は得意ーー待て?何で俺が料理が出来ることを知ってる?」


あからさまにおかしな発言に眉をひそめる。だってこの世界の俺の経歴は騎士王の長男。言うなればいいところのおぼっちゃまだ。そんな人間は普通料理などしないと流石にわかるはずなのにこの女は「料理が得意」と言い切りやがった。


「そりゃそうでしょ。貴方の料理を食べたこともあれば一緒に作ったこともあるからよ。」


待て?


今、なんつった………?


嘘…だろ?まさか、いや……そんな馬鹿な。


この世界で俺は料理なんて一切していない。それが意味するのは……


手が震える。


口の中が乾く。


声が掠れる。


あり得ない、そんな訳ない。


「まさか……お前は?」


震える声を絞り出した彼に彼女は花が咲くようにふわりと微笑んでこう告げた。確信を決定づける一言をーー




「ーーそうでしょ?友哉。」



あり得ないと切り捨てた理想が今、突きつけられた。

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