9・私に会いに来る者は大抵普通でない。
「お迎えにあがりましたよ、梨花お兄サマ!!」
目の前に見えるは一見普通の小学生の女の子。
見知らぬ女の子にお兄様と言われたら、どう反応すれば良いだろう。知っている方いたら、是非その反応の仕方を教えてほしいものだ。
まあ、私がとった行動は―――――。
「逃げよう! ナナ!」
隣に立っているナナの手首を素早くつかみ、私はその場から逃げようと取り計らった。
「え?」
「待ってくださいヨ!」
戸惑うナナ。ナナの手首をひっぱって、何としてでも私を引き留めようとするナナ。
私とナナに両方からひっぱられ、綱引きの綱状態のナナはこんがらがっていた。
「―――――梨花? お兄さま? え? アイタタタタタ」
「ゴメンっ、今離すから!」
痛そうにするナナがかわいそうだったので、慌てて手を離す私。
「アッ!? 逃げないでください! お兄サマ!」
通学路を逆方面に、ビーダッシュ!!
「無駄ですヨ! アタシから逃げられるともお思いですかッ?」
一時的に幽霊だった私は分かる。
ナナは幽霊だ。走るのには、体力を使う。いくら、脚が透けていて無いようにみえていてもね!
「え? あれぇ?」
いくら運動オンチの私といえど、小学生よりかは体力もあるし足が速いと思っていたんだけど‥‥‥。
「待つのデスゥぅぅぅーーーーッ!!!」
――――――ズダダダダダダダッッッ!!!!!!
「速ッ!?」
私はあっけなく小学生(?)に捕まってしまった。
「サア、行きますヨ!」
子供とは思えぬ腕力で、ズリズリと私の体を引きずってゆくナナちゃんとやら。
「一体どこへ行くんだい‥‥‥?」
「? どこへって、庁へに決まっているでしょう?」
――――庁‥‥‥? 警視庁のことか?
えッ!!?? なんか、私、警察へ連行されるほどの悪いことした!?
「警視庁じゃありませんし、アタシは警察でも国家公安委員会でもありまセンッ!!」
その様子を唖然とした表情のまま見ている百村菜那を置いて、私は近くの空き地まで見知らぬ小学生少女に連行される。
「‥‥‥閻魔の庁デスッ!!」
空き地に着くなり、私を掴んだその小さな手を解くナナ。
「ホントに何にも知らないのですね! 流石、侵入者だっただけはありますネ」
「な‥‥‥っ」
どうやら、この小さな少女の言うことは本当らしい。この世で、私があの閻魔の宮殿に侵にゅ‥‥‥もとい、訪れたことを知っているのだから。
「何かしゃべったらどうナノ? 正午お兄サマ」
私に向き直ってそういうナナ。
「え? あんた、確かさっきは”梨花お兄さま”って‥‥‥」
『ああ、オレだ』
「って、えーーーーっっっ!?」
ずっと黙っていたせいで、私の中ですっかりいなくなっていた正午の存在。
『すっかりいなくなっていたとは失礼だなっ!』
頭の中で正午が怒鳴ったせいで、耳鳴りが一瞬した。
「わああああぁぁあぁぁあっっっ!!! やめてよ、正午! ひどいなぁっ」
『ひでーのは、お前だっ!』
わーわーぎゃーぎゃー。姿の見えぬ相手との口喧嘩が再び始まる。
「静かにしなサイッ!!! そうしないと、二人とも地獄生きになっちゃいますヨ!」
ナナが、その意志の強さがビシビシと伝わってくるようなエメラルド色の瞳で私の方をキッと睨んできた。
「‥‥‥はーい」
『うう‥‥‥』
「話を戻しマス。アタシは、貴女‥‥‥梨花お兄サマを裁く為に、わざわざ閻魔の庁から針山を越え、地獄の業火を浴び、三途の川を渡ってやってきました」
”閻魔の庁”とやらからえらく遠回りをして来たらしい。
「閻魔サマが、あの二人には十分に気を付けよ、とおっしゃっていたので監視も含めてです」
くそぉっ、閻魔からの刺客だったのかよ!? あんにゃろ~!
「アタシは、嘘をつきまセン。今からいう事も、れっきとした事実ですよ? それを受け入れるかどうかは、貴女次第デス」
ナナはそう言って少し間を開け、私の顔色を伺った。
◇
「では、改めて。アタシは、貴女の生前についてすべて知っていマス。その中でアタシが取り調べるのは、”盗み”デス。しかし、貴女はアタシが裁くような大きな盗みは犯していないのデス」
ジッと私を見据える、おかっぱ頭の少女。
「あえて言えば、生前親友だった仁藤歩のスケッチブック・・・・・・でしょうケド」
「んなっ!? あれはっ!」
「返そうと思っていた・・・・・・、のデスね」
そう言ったナナは幼い相貌からは想像できないほどの、大人びた微笑みを見せた。
返そう、返そうとして、遂に返せなかったあのスケッチブック。未練があったとしたならば、これがその一つであろう。
「安心してくだサイ。しっかりと持ち主の元に返しておきましたカラ」
「あ、ありがとう」
「いいえ、礼には及びまセン。それはそうとして、アタシは考えたのデス!」
ぴんと人差し指を立てるナナ。
「今回、アタシの出る幕はなかった。だから、梨花お兄サマに会う必要も無かった。今日、ここに姿を現したのはアタシの意思デス。アタシが興味本意で貴女に会いたいとおもったからデス!」
「興味本意?」
「ついでに、狩りられれば狩r・・・・・・いえ、あの閻魔宮殿に侵入した異端しy・・・・・・勇気あるものに是非お目にかかりたいと思いまシテッ」
所々ひどい言葉が聞こえた気がしたけれど、空耳だったかな? 空耳だよね!?
「まあ、ここで立ち話も何だし。行こう、閻魔のなんちゃらとやらに!」
急にそんなことを言い出した私を、ナナは呆けた顔で眺める。
≪「サア、行きますヨ!」≫
≪「‥‥‥閻魔の庁デスッ!!」≫
どうやら、閻魔の庁に自分から誘っていおいたことを忘れていたようだ。
「あっ、たっ確かにそうですネ! じゃあ、連れてってあげまショウ!!」
そういう事となって、私達一行(私、ハジメナナ、正午)は閻魔の庁へと向かうことになった。
「ならば、早い方がいいデスネ」
ナナは呟くと、右腕を前に突き出した。
「《正門》!」
開いた右手から、幾何学模様が発生する。それは、やがて縁を型取り、人ひとり通れる位の大きな鏡となった。
「これをくぐってくだサイ。この先が、閻魔の庁の入り口となっているのデス」
「ちょっと聞いていい?」
「何ですカ? 梨花お兄サマ」
「これって、いわゆる”ワープ”でしょ! なんでこんなこと出来るのに、わざわざ歩いてやってきたのさ?」
あと、なんで梨花”お兄サマ”なの!? これ気になる。
「? どうやら、梨花兄サマは何かを勘違いしているようデスネ」
「え?」
ナナは、あきれたように腕を組んだ。
「アタシは別に歩いて来たんではないデスヨ? 見ての通り、脚は無いデスシィ」
「嘘! 見えないだけでしょ?」
霊体のとき、私は確かに足の感覚があった。それどころか重みさえ感じたのだ。
「・・・・・・梨花お兄サマ、それは本気でいっているのデス?」
ナナは少し両眼をつむり、低く唸った。
「とりあえず、庁についてきてくだサイ。そうしたら、いずれ分かることでしょうカラ」
赤いランドセルを踊らせ、ナナは幾何学模様へと飛び込んだ。
ナナの後を続いて飛び込んでいった私は、次第に体が軽くなっていくのが感じられた。
幾何学模様の中は何やら真っ白で何もない。見えるのは自分の体だけ、それも黒い学ランだけが妙にくっきりと目に映った。
そして、
――――ズシリッ!
体に再び重力が戻った。
景色は色を取り戻す。しかし、そこは私の知らない場所だった。