8・私は懐かしき学校へと向かうのだが・・・。
影が差す、路地裏に。
そこに、不敵に微笑む人物がいた――――――。
「フフフッ。では、今日も一狩り行きますかっ!」
◇
私は今、歩と別れて教室にいるのだが・・・・・・。
アユこと歩とはクラスは別なんだ。それは今までとは変わらない。変わってしまったのは、私が梨花ではなく正午だという事だ。
かつて私の席だった、南の窓側の暖かで少し暑い日の差す席は、今じゃからっぽで。からっぽの机と椅子がそこにおきっぱなしだった。
『ずっとお前がいなくなってからあのまんまだ』
正午の声がそう言う。
私は北の廊下側の涼しい席、正午の席へ向かう。周りはにぎやかだ。みんなが笑顔でいるのに、それなのに、少し寂しい気がする。
「おはよう」
クラスメートの百村菜那が私のところにやってきた。いきなり話しかけて来たので、私はオドオドしてしまう。
「あっ、おはよう」
ナナちゃんはニコニコしながら話し続ける。
「昨日の話、面白かったよね!」
「えっ」
私は戸惑ってしまう。何の事だろうか?
「昨日の閻魔様はめっちゃかっこよかったよ~」
「えんまって」
『アニメの”地獄の王様は、甘党でした”の話だ』
正午はそう言った。私は、実際の閻魔様に会ったもんだから、あの女の子が甘党と考えると吹き出しそうだった。
↓※画像はイメージです。
「・・・くくっ・・・くっ」
私は笑いをこらえる。
「正午?」
「ああ、面白かったな!」
「でしょでしょ! 次回が楽しみだな~」
ナナは元気だ。取りあえず話が終わって私は安心する。
私は正午の席に座り、バッグのチャックを開ける。朝、起きてから、正午のごたごたな文字で書かれた予定帳に記してある教科をつっこんで学校にやってきたのだが・・・・・・。
「うわっ!?」
急にカバンから何かが・・・・・・っ!?
『やべえっ』
正午の焦り声と共に私の左手がバッと動いた。私の左手が捕らえたそれは、漫画”地獄の王様は、甘党でした”シリーズの第二巻だった。
『しまっておいてくれ!』
「はいはい」
私はそう言いながら、しぶしぶ漫画をバッグへとしまう。そもそも、学校に漫画は持ってきてはいけないはずだが。
「正午~、今日は宿題やってきたか~?」
担任の吉村先生が、私のところにやって来て、そう言った。吉村先生の顔には、明らかに"また忘れただろ"と書いてあるようだ。
「やだな~、先生。そんな疑った目で俺を見ないでくださいよっ」
『お前、ノリノリだよな……』
「しっかり持ってきてますから!」
私はバッグの中から、書き取り帳を取り出す。
『あ~、それは……あのですね~』
正午が小さく喚いた。私はバッグから出した書き取り帳を先生へと渡す。先生は驚いた目で私を見つめ返した。
「今日は槍が空から降ってくるぞ!」
しかし、その書き取り帳の中を開いた先生は、どういうことか、片手で顔を覆ってしまった。
「何でお前は、いっつもそうやって……」
「どうかいたしましたでしょうか、先生」
全てを察してしまった私は、冷や汗をかきながら先生へ問う。どうか予想が当たっていませんように、という私の願いを踏みにじる正午のつぶやきが聞こえてしまった。
『あぁ、やるの忘れてたな…』
「はぁ…」
吉村先生のため息には、疲労と一緒に安堵が混ざっているようだった。そして先生は、優しく私にこう言った。
「明日は、ちゃんと宿題やって来いよ!」
「はいっ!」
私は威勢良く返事をする。すると、吉村先生は、
「よしっ! その勢いだぞ!」
と激励してくれた。
『先生ぇっ!』
頭の中で、正午が、感動して泣いているような、かすれ声が聞こえた。
◇
「はあ~、なんで私がやんなくちゃいけないのさ」
『しょーがねぇだろ』
ここは、学習室。今、私の目の前にはざっと百五十枚のプリントが山積みになっている。先生よ、これはないだろう。
生まれてこの方、一度も補習を受けたことがなかったというのに!
『・・・・・・へぇ、初耳だな。お前、確か小五の時に理科の補し―――』
「あーーーっ、この問題わっかんなーい!!」
『理科のほ―――』
「どーやんのかなあーっ? この問題っ」
『おいっ! 話をさえぎるな!』
そこへ、ナナちゃんこと百村菜那がやって来た。
「どの問題がわからないの? よかったら、教えてあげるよ」
・・・・・・そんな眩しい笑顔で言われると断りにくいではないか。私は適当に問題に指をさした。
ナナの説明は、とてもわかりやすい。彼女は学年でも成績上位を取っているから、流石だなぁと思う。
「わかった?」
「ああ、とてもわかりやすかったよ。ありがとう」
「いやいや、こちらこそ」
お礼を言われたナナは、まんざらでもなさそうだ。しかし、よく見ると耳が赤い。どうしたことだろうか。
「それより、早く帰らなくて良いの?」
とりあえず話をそらす。ナナもそれに答えた。
「うん、帰っても暇だし」
いや、暇なのはすごいよ。しかし、わざわざ隣の席に座って一緒にプリントをやってくれなくても・・・・・・。
先生に見つかったら、怒られるの私なんだよ?
こうしたナナの協力もあり、なんとか補習は終わった。
しかし、正午は何か不満そうだ。
『嫌な予感しかしないんだよなぁ、こういう日は』
「なにさ、いやな予感って」
まあ、無事終わったのだから良いではないか。
「・・・・・・? 正午、どうかしたの?」
「い、いや。なんでもな・・・・・・」
-――ドドドドッドッダーーーーーンッッッ!!!!
「なぁっくない!?」
ふいに、私の目の前に何かが滑り込んできた!
私に向かって敵意と殺気しか感じられぬ眼差しを向けてくるそれは、両脚に包帯、そして両手に松葉杖を抱え込んでいる。
「ミカぁっ!?」
「おおぉぉぉのおぉぉぉぉれえぇぇぇぇぇぇ・・・・・・っっっ」
背後にどす黒いオーラをまとうそれは、かつての親友・小倉実果だった。ていうか、もう退院できたんだ。よかったなぁ。
しかし、この私に向けられている殺気は一体何なんだろうか?
「キイィィィサアァァァァマアァァァァァァ・・・・・・ッッッ」
「ど、どうしたの?」
――――グギッ
「痛い痛い痛いイタイですぅっ、ミカさんっ!?」
首がぁっ! 首が絞めつけられて息が出来ないぃっ。
「・・・・・・よくも貴様、私の純粋なアユに、手を出したなぁっ?」
「にゃ、にゃんのほとでひゅか?」
まさか!?
今朝のことか! あれは、わざとじゃないんだよ、事故だったんだよ!
「・・・・・・コロース」
地獄への道は開かれたようだ。
今日半日溜めこんだ怒りが満を持しての大爆発。
「ひゃあああぁぁぁっっ!? 誰かぁっ、助けてぇっ!?」
「・・・・・・」
目をそらさないで、ナナちゃんっ。
グギギギギギギギイイイィィィィィッッッッ!
「いいぞ! もっと絞めてやれ!」
おいっ、そこの通りすがりの男子供!? って何、応援してんだよ!
◇
『お疲れ様だな』
「・・・・・・ほんっと。死ぬかと思った」
『もう死んでんだろ?』
「・・・・・・」
反論する余力も残っていなかった。
『もとはといえば、お前が俺だっていう自覚がなかったからだろ?』
「・・・・・・」
返事さえする余力も無くなってしまっていたようだ。
「てかぁ、ナナ。なんで助けてくんなかったのさ」
隣を歩く、私より一回り小柄な同学年の天才女子に話しかける。
「いや、あれは正午の責任だから」
「うぅ」
確かにそうだけれどさぁ!
「・・・・・・本当なの?」
こちらをじっと見返してくるナナ。思わずその視線を避けてしまう私。
「本当に、歩に・・・・・・」
「アユに?」
ナナに目を戻してそう言った瞬間、ナナの歩みが止まった。
「・・・・・・なによ、その呼び方・・・・・・ずるい」
ナナが震えだす。地雷を踏んでしまったのだろうか?
「ちょっ、どうしたのさ!?」
ナナの反応にあたふたしていると――――、
「おフタリさん? いい雰囲気かもしれませんが、ちょっと失礼しますよ!!」
「「誰?」」
私とナナの声が合わさる。
突如、私達の目の前に現れた人物は、そう言って無邪気な笑みを浮かべた。おかっぱ頭に飾り気のない白いブラウス、そして赤いスカートの女の子。背中には、彼女の体に不釣り合いな大きく赤いランドセル。後ろから見たら、きっとランドセルが歩いているように見えるだろう。
そして、黒髪のおかっぱに可愛くちょこんと乗ったカチューシャにも見える白い三角頭巾・・・・・・?
「アタシ? アタシは――――」
「花子さんか?」
トイレこそではないが、その容姿はどこかかの有名な怪談の少女を思わせる。
「ちっがーーーーーーーーう!!!!!!」
その少女は頭をブンブンと横に振って、私に向かってビシィッ! っと人差し指を向けた。
「しょうがないお兄サマですね! アタシがトクベツに名乗ってあげましょう!」
と、自慢げに仁王立ちする。
ん? ”お兄サマ”? 一瞬、違和感を感じたのだが。
しかし、よく見ると彼女の足元はいつかの私のように、透けていた。彼女はそんなのおかまいなしに明るい笑顔で上機嫌に名乗った。
「アタシは、七十七代目・初江王”ハジメ ナナ”。お迎えにあがりましたよ、梨花お兄サマ!!」