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私は、永久保存版。  作者: 壱村梨花
1話 幽霊
7/11

7・私は、目を覚ます。

 ―――――私は、まぶたをゆっくり(ひら)く。視界が(ひら)けて、だんだん明るくなっていった。



 「・・・ここはどこ?」


 私は起き上がる。


 目の前に広がっている景色は、知らない景色。見たこと無い場所。私は、フローリングの床の上に寝転がっていた。周りを見渡す。木のベッド、白い勉強机、所々靴下や服が顔を覗かしている黒いタンス、散らばっているゲーム機など。

 ひと言でいえば、散らかった子供部屋だ。


 (からだ)が重い。さっきまでと違って、身体(からだ)がちゃんと重力を感じている。

 おかしい。私は、幽霊のはずなのに。



 『あ、起きたか?』

どこからか、声が聞こえた。頭に響く、聞き覚えのある声。


 「えっ、誰!? ・・・えっ!?なにこの声っ」

 私が発する言葉が、私でない誰かの声に変換(へんかん)されている!?男の子の声だ。私の声じゃない。聞き覚えのある様な、ない様な声だ。

 なんで? どうして?


 『オレだよ、オレ』

「だから、誰!? どういう状況!?」

 オレオレ詐欺(さぎ)かよ。オレって誰だよ。一体(いったい)、何がどうなってんの。


 「イタっ!?」

と、急に体に痛みを感じる。ジンジンする痛さだ。

(あ、すまん。オレ、腹を怪我(けが)してたんだよ)

「怪我ってなによ?」

『いやいや、()かれただろ?トラックにさ』

・・・ん? 待てよ、この(しゃべ)り方は・・・。


 「正午(せいご)?」

私は思い出す。姿は見えないけれど、その声は確かに正午で。

『あ、あぁ。一応あってるかもな』

正午は答える。


 『・・・でも、今はお前がオレだよ?』


 「ふばごへぇっっっっ!!??」

何そのセリフ、気持ち悪っ。一瞬(いっしゅん)鳥肌がたったよ。

(ほんとだって! 自分を見てみろよ)

 言われた通り、私は自分の手と体を見る。私は、学ランを着ていた。

「なんで? セーラー服はどこ行ったの」


 『百聞は一見に()かずだな!』

私の右腕に何故か力が入る。誰かが動かしているようで。勝手に右手が開く。

『ほいっ』

部屋の右端(みぎはし)に転がっていた黒い物体がカタカタと(ふる)える。そして、私めがけて飛んできた!

「わっ! なにこれ!!」

『手鏡』

手短に答える正午の声と共に、私の()いている右手に手鏡が(おさ)まった。


 「どうやったの、これ!」

私がびっくりして正午に聞く。私は、手鏡の中をのぞいた。


 鏡に私の姿は(うつ)らない。

「あれ・・・?」

 そこに映ったのは、私でなく、よく見覚えのある顔。厄介な、面倒な奴の顔。



「いやだっ!?」

『なっ、失礼なっ! オレのことを何だとっ!?』

 そう。映ったのは、桜井正午(さくらいせいご)だった。



 目を覚ましたら、私はクラスメートの男子になっていた(・・・・・)。そんなあり得ない事が起こってしまった。嘘だろうと思うにも、鏡に映るその姿を見てからは否定しがたい。鏡に映ったのは私ではなく、クラスメートの桜井正午(さくらいせいご)だったからだ。



 「てかさー。なんで私があんたのフリして学校行かんきゃいけないのさー」

『しょうがないだろ? 今は、お前がオレなんだから!』

「・・・・・・それ、やめて」


 私は今、正午の格好をしたまま中学校へと向かっている。

 いつかのあの日を思い出させるような、太陽の激しい日光が私を照らす。

「あ~いやだな~。私、幽霊のままが良かったな」

『あとお前な、自分のこと”私”って言うなよ!』

「何でさ?」

『オレがそう言ったら、それこそ気持ち悪いだろ』

「あ、自分で認めた」

(ちげ)ぇーよ!!』

「ふーん」

こんな他愛(たわい)のない話をするのも、悪くはないかもな~と私は思う。例え相手が目に見えなくてもね。

 はたから見れば独り言の激しい不審者ではあるが。


 『あ、あれは・・・』

正午が反応する。どうしたの、と私が聞くと正午は後ろ、と小さく答えた。

 私が後ろを振り返ると。

 「あ、アユ!!」

私は叫ぶ。久しぶりすぎて、涙が出そう。実際にはまだ二週間しか経っていないらしいのだが。

 アユこと仁藤(じんどう)(あゆみ)の元に私は満面の笑みで駆け寄って行く。


 「アユぅ~~~~ッ!」

「正午君・・・?」

アユは、明らかに引いてたんだと思う。

『梨花っ!? おい、止まれよ!』

正午が止めようとするのだが、私は嬉しさのあまり、アユに抱きつく。

「にゃっ!?」

「アユ~、寂しかったよ~」


 ・・・・・・はたから見れば不審者である。もしくは・・・?

 私は、アユから離れる。すると、アユはぷるぷると震えだした。



 「・・・正午の、ド変っ態ぃっ!!」


 ――――――――――バシンッッッ!!!!






 『お前ぇぇぇっっ!!!!!!!』

正午が物凄い(ものすごい)声で私を(しか)った。

『お前って奴は! 今はオレなんだっていうのを少しは気を付けろよっ!?』

「・・・・・・はーい」

私は、まだヒリヒリしている左のほっぺをさする。

 『お前のせいで、オレの変な噂が広がるじゃないかっ!』

「はーい」

『反省しろよ』

「はーい」

『してんのかよ』

「はーい」

『してないって?』

「はーい」

『おいっ!』

しまった、罠にかかってしまった。


 しかし、正午はそれ以上(おこ)らなかった。はぁ、とため息を一つ、ついただけだ。

『まあ、久しぶりに会ったんだ。今回ばかりは見逃してやる』

「ありがとう」

一応、お礼を言っておく。

私は、ほっぺをぷくーっと膨らませてそっぽを向いている、アユの隣を歩く。

 アユには悪いことをしてしまった。私は、もう私ではなかったんだ。そう、今は正午なのだから。

「ごめんな、(あゆみ)

私は正午の口調を、できる限り真似して、アユに(あやま)る。

「・・・・・・いいよ、別に」

アユは口ではそう言ってはいるのだが、やっぱりよくないのだろう。私はすまない気持ちになる。

「悪かったよ、オレが。急に変になって」

「ううん」

アユは、かまわないよ、という風に首を横に(っふ)る。

「オレ、どうしちゃったんだろうな」


 「・・・梨花(なしか)ちゃんのことじゃにゃいの?」

アユからそう言ってきたことに、私はびっくりした。

梨花(なしか)ちゃんのことにみんな、もともとクラスに居にゃかったようにふるまっているけど、それはふるまってるだけだから。ホントは、みんな悲しんでるんだよ? 正午君だけじゃにゃいんだから」

「え?」

「私だって悲しいし、(さび)しいよ」

アユは、下を向いて自分の顔を制服の(そで)でぬぐった。それが涙と気付くのに私は数秒かかった。私は(あわ)ててしまう。

「あっアユ・・・みっ、泣くなよっ!?」

(にゃ)いてなんか(にゃ)いよ」

アユは顔をあげる。やっぱり泣いていた。目が赤くはれていたから。しかし、アユは無理して微笑(ほほえ)んでいた。


 「梨花ちゃんは、私達の心の中にまだ生きているから。ね?」


 『歩・・・・・・』

正午が(つぶや)く声が聞こえた。

「・・・・・・そうだな」

私が(うなず)いても、アユはまだ続ける。


 「でも、果たしてそうにゃのかなぁ。私でも考えちゃうよ? そんにゃありきたりの言葉で済まされるのかなぁ? って」

「え?」

 私は頭をかしげる。

「本当は(にゃ)いている私の心を、無理やりそうやって思い込ませて、済ませようとしてるんじゃにゃいかなぁって。本当に本当の梨花ちゃんはそれでいいのかなぁって・・・・・・梨花ちゃん、怒ってにゃいのかにゃあって」


 アユはそれっきり黙り込んでしまった。


 まさか、私が実は梨花なんだっていうことも言えずに。でも、今ならアユに言葉を伝えることができる。だから、私はアユにありのままの想いを伝えるんだ。


 「梨花は、怒ってなんかいない。むしろ、そう思ってくれていて嬉しいんだよ」


 「え?」

アユが変な顔をするもんだから、私は付け加えた。


 「・・・・・・きっと!」


 私は、空を見上げた。アユは、不思議な顔をしてそんな私を(なが)めていた。

 アユの目には、隣で空を見上げる正午に、なぜか梨花が重なって見えた気がしたのだ。


 その青空は、雲一つない快晴だった。

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