5・私がそこに侵入するワケ。
「なんじゃ、ヤヤ?」
長い深みのある紫色の髪を払いのけ、こちらを振り向いた女の子。彼女は、豪華な金の椅子に足を組んで座っている。身長が小さいせいか、足は椅子に宙ぶらりんになっているのだが、彼女がまとう雰囲気は神々しさに満ち溢れてている。
そんな彼女は胡散臭そうに僕を見下ろす。
「だから、さっきからなんじゃ」
「はっ、はい!」
彼女は指にすみれ色の髪をからめて、目を細める。
「今日、実は、重要なご報告がありまして」
「はぁ。で?」
僕は言う。
「不正侵入者が――――」
「なんじゃと!?」
僕が言いおえる前に、彼女はびっくりし金の椅子から転げ落ちる。少しドジなのも、彼女の魅力かもしれない。
「不正侵入者じゃと!? ヤヤ、何人いるのじゃ」
「そうです。どうやら、二人ほどいるそうで」
僕が告げおわると、彼女はすぐにその椅子に座り直し、姿勢を正す。そして、右腕を空にあげる。すると、彼女の手のひらから光が現れる。いわゆるホログラムだ。
「ミロ、いるか?」
彼女が呼び掛ける。
「はいっ、拙者はいつでもおります!」
彼女の手のひらに、一人の男の子が映る。白い髪をした彼は、神影ミロだ。
「なにか御用でございますか、閻魔様」
「うむ。大惨事じゃよ、ミロ」
そう、この彼女こそが、世界一お偉い、13代目閻魔大魔王・炎馬イミなのだ。
◇
「やっぱやめるか?」
『ううん』
今、私の目の間には悪魔がいる。悪魔との交渉中である。
ここは、閻魔がいるらしい”閻魔の庁”という宮殿の地下のある部屋。ここまで侵入してくるのは結構簡単だったのだ。本当は、何とかいう山と三途の川を通らないと辿り着けないらしいが、二級悪魔さんの”特権”とやらで瞬間移動で安全かつ超短時間でここまで来れた。特に三途の川は危険で、溺れてしまったら最期、特に未練が有ろうか無かろうが強制的に成仏させられてしまう。感謝しろよ、と悪魔はそういった。
と、そこでジンが急にひょんなことを問う。
「なんで、お前、そんなに生き返りたいんだよ」
『逆になんで? 希望持っちゃいけないの、幽霊って。』
私は拗ねてそっぽを向く。そもそも悪魔って、人間と契約してさ、お命頂戴するやつでしょう? なんで、そんじょそこらの浮幽霊の相談のっちゃってんの。こいつ、悪魔失格じゃない? いくら、二級といえど。
「いや、別にいいんだけれどよう・・・やばくないか?」
『へ?』
「お前がやろうとしてることって、大罪だぜ?」
『た、大罪?』
「そうだ」
ジンは私をまっすぐ見る。目を合わせて真剣な顔でいう。真っ赤な瞳が私を睨みつける。少し、脚がすくんでしまう。
「一度死んでしまった者などが、生き返るなんて、そんなことしたら人類破滅なんぞの問題じゃないぞ?」
『・・・うん』
私は、うつむく。そして、頭をあげる。
『確かにそうだけれど、私はっ―――』
「お前は自己中なんだっっっ!!!!」
急に大声で怒られ、私はびっくりしてしまう。
「いくら、神様でも、閻魔様でも、このジン様でも”できられないこと”があるんだっ!」
ジンのしっぽがブンブンと唸りを上げる。
「わかるか?! ”できない”じゃなくて、”できられない”だ!その違いがわかるか!?」
『・・・ごめんなさい・・・わがまま言いすぎた・・・』
悪魔は、ハッと我に返る。ここは、地下牢。叫び声が響く。
『・・・ぅっ』
悪魔は急に慌てる。
私は、壱村梨花は、泣いていた。幽霊だって、泣く。私は情けなくぽたぽたと大粒の涙を流した。
「・・・なんか、ごめんな・・・。言い過ぎた・・・」
悪魔は反省する。
梨花は、涙を見せまいと制服の袖で拭おうとした。
と、そこへ二級悪魔がばつの悪そうな顔でそっぽを向き、無言で何かを私の前に突き出した。
―――ハンカチだ。
悪魔のイメージに合わぬ、純白のハンカチ。見事な刺繍が施されていた。
「すまない・・・」
『いいや、あやまらなくていいよ。私が悪いのだから』
私は有難くハンカチを受け取り、ゆっくりと涙を拭った。
やがて私は、落ち着きを取り戻す。
「じゃあ、行こうか」
ジンが仕切りなおす。
「お前が、生き返りたいなら。いざ、閻魔様のもとに!」
『うん!』
こうして、私達は閻魔がいるところを目指すのだったが・・・。
「・・・その用は、無いようでございますよ?」
『え?』
「え?」
私たちの背後から、男の子の声がした。