3・私は皆に会いに行く。
まさか母や友人や医者は、張本人がすぐそこにいるなんて思いもしないだろう。
だが実際にそこにいる。
壱村梨花の絞りかすと化した壱村梨花が。
いわゆる、霊(生霊?)として。
結局、看護師の臼井さん何だっただろう。
そういえば、小倉実果は、一体どこに行ったのかなぁ。探しに行くか。
しかし、幽霊化してしまった足は、雲のように軽くて、少しふわふわした。壁も通り抜けられるみたいだ。
スルスルと壁を通り抜け、ある病室の前まで着くと、そこには、「小倉実果」とかかれてあった。
一応、ノックする。
―――――コンコンッ
あ、ノックできるんだ~。初めて知ったかも。人生、やればできるんだなぁ。……間違えた。幽霊死だ。なんだろ? 幽霊死って。
「どーぞ?」
という返事。OKがでたので、私はドアをすり抜けることはせず、ちゃんとドアを引いて堂々と病室の中に入る。
私は、聞えるかどうか、一か、八かで叫んだ。
『みぃーか!!』
「誰っ!?」
黄色いカーテン越しに実果の声が聞こえた。良かった、なぜか安心した。
『失礼しま……っ!?』
そこには、足を怪我したのだろう。実果が、ベッドの上で両足とも包帯でぐるんぐるんまきになっている。どうやら、両足とも轢かれてしまったのか。ひどい様子だ。
『その足、大丈夫?』
「?」
『ミカ?』
「……気のせいかな?」
ちょっとぉ待てえぇい!? 今、思いっきりドア開けて入って来たよ!! 気のせいで済まされますかぁっ!?
『ミカ? 実果……? 小倉実果さんっ?』
「……」
反応がない。
そうか。やはり実果にはアユ同様、私が見えていないみたいだった。
◇
『あれ? そう言えば、あいつは?』
私は思い出す。
クラスメートの桜井正午のことをすっかり忘れていた。あの後、どうなったのかよく覚えていないから、正午がどうなったか知らない。
『はぁ、はぁ……。』
結局、病院じゅうのどこの部屋を探しても、桜井正午は、見つからない。
『あ~、疲れたぁ~』
一体全体、どこにいるのだろうか。どこ探しても、(幽霊という事を少し利用しても)見つけることが出来なかった。すれ違ったのかも知れない。
そして、新発見。
『これが結構疲れるんだなぁ……。脚って』
透けて見える(見えない?)脚は一見、地面に着いていないようにも見えるが、一応地面の感覚がある(錯覚かもしれない)。まぁ、そんなこと、どうでもいいのかもしれないけれど。
いったい、どこにいるのだろうか、正午は。
◇
そんなこんなで六日も経ってしまったみたい。
ある木曜日のこと。私は、もはや目的を忘れていた。
私は、いままで通っていた学校の周りを歩いていた。最初は、散歩のつもりで歩いていたが。見えていないのをいいことに、オール信号完全無視。(よい子も悪い子も真似しないでね!)
通りすがりに、帰宅中の二人の女子生徒がこんな話をしていた。
「最近事故、多いよね~」
「死亡事故は、キツイわぁ」
『……は?』
思わず耳をかたむける。
「ウチんとこの1年だってね」
「意識不明だったらしいけど、昨日、亡くなったんだって」
「え? 誰よ?」
「確か、1年のイチムラナシカって子」
『えっ』
全然知らなかった……。自分のことなのに……。
「今日、通夜だってさ」
「へ~……」
私の心臓は、止まった。生きていたんだ。のに、私は、なぜ気付かなかったのだろう?
どうやら、私は私自身を裏切ってしまったらしい。
一方の私はまだ生きようと懸命に息をしていたというに。なのに私は、どうせ助からないとかほざいていた。だから。
”間違っても、実は生きていた”ってことはないよね?
そう思いたい私もここにいて。でも……。
もう一人の、そしてホンモノの私が。
二度と帰ってこないところに逝ってしまった。
そして、ニセモノの私が残った。
……でも、どちらも、本物。
◇
俺のクラスメートが、亡くなった。
俺の目の前で、轢かれやがって。
責任取れよ、なぁ、梨花。
そして。
先日、梨花の葬式に俺は行った。それは、悲しく、さみしいものだった。
家族、親戚に、近所の人、担任の先生、部活の顧問、クラスメートなど生徒数名が参列した。別に、人数はにぎやかなのに。
梨花の母は、ハンカチを手に、涙をぽろぽろ流している。
そして、梨花の父はうつむいて泣いていて、 父方の祖父は、そんな息子をなぐさめる。
梨花のいとこの太一は、つまらないとでもいうように、持参のゲームに没頭している。
近所のおばさんであろう人。茶屋のおっちゃん。看護師さん。梨花の父の同僚》。
そして、担任の吉村先生。おまけに校長までもが。
俺は、クラスメートの一人として来ただけ。
あるいは現場を見てしまった一員として。
他には、クラスメートの仁藤歩、小倉実果、坂野真友、小田真菜、青木京……などと大勢。
お坊さんがお経をとなえている間。
泣く人、睡魔に襲われる人。ただそこにいるだけの人、放心状態の人。ゲームに集中してる人。いろんな人がいた。
俺は、ただそこにいるだけの人として、そこに座っていた。
今、梨花はどこにいるかを考えて……。
◇
さあ、どうする?
まる一週間たった今、それしか私は考えていなかった。
私が私でなくなった今。
考えることといったら、『どうしよう』の一言。
これなら、いっそのこと転生してしまえばよかったなぁと、だんだん思ってきた。葬式は、終わってから日がたってしまっているだろう。肉体が存在しないのなら、復活は絶対的に不可能だ。
いまごろ生き返る方法を探しているなんて、私は情けない。
肉体さえ、あれば……生き返れるのかな?
『肉体……?』
そうだ、肉体さえあれば、生き返ることも可能ではないか?
『…生き返られるの?』
生き返られる、でも。私の肉体は、もはや存在しない。
焼かれ、灰になったはず。残っているのは、骨だけだろう。
『無理だねぇ~……』
独り言を呟いている私。
ここは、近所の駄菓子屋さん。
お邪魔していま~す。
代表的な、子供(おもに小学生)の憩いの場。そこに、幽霊が一人、いや、一柱たむろしている。そして、深い考え事をしている。
答えがない考え事。
もはや、目的を失って、ただそこにいるだけ。
『さあ、どうする?』
浮幽霊と化した壱村梨花は、そう何度も呟き、己に問いかけるのであった。