2・私の友達は・・・?
「息を吹き返す可能性は非常に低いかと……」
市内の病院にて。
「そんにゃ……ッ」
仁藤歩は、病院の手術室の前で泣いていた。看護婦が、そのそばに立って申し訳なさそうな顔をしている。
『……』
私はそんな状況を目前にし、黙りこくってしまった。
「どうにかにゃらにゃいんですかぁっ?!」
アユのかすれた声。〈手術中〉の赤い明りが、冷たい色の廊下をうっすらと照らす。
ごめんね、アユ。アユは何も悪くないから。私は心の中で謝った。
「お願いです、私が一人で逃げてしまったから。あそこで勝手に逃げにゃければ、梨花ちゃんは……、ひかれてにゃかったかもぉぅ……ぅぅ……っ…」
目を真っ赤に腫らしてアユは看護婦に泣きつく。
自分の目の前で自分の親友がトラックに撥ねられたのだ。泣くのは当然だ。
だけれど、そんな悲しまないで。これは全部私のせいなのだから。
『アユ……私は大丈夫なんだよ?』
私は、すぐ隣りにいるのに。
今すぐ、アユに謝りたい。アユを慰めてあげたい。アユと話をしたい。だけれど、出来ない。私はもう幽霊になってしまったから。魂だけの状態では叶わない願い。
アユに私は視えない。その事実は私の心を深くえぐり、跡を残した。
看護婦はそんなアユをただ見守るだけで慰めてもくれやしない。多分慰められないんだ。看護婦の首にかけられた、”臼井”と書かれたネームカードが蛍光灯の光を反射し、キラリと光る。
「梨花さんは、大量出血の上、身体のそこら中、複雑骨折をしていて、息をしているのが不思議なくらいなんですよ。歩さん」
暗い顔で言う、看護婦の臼井さん。
『あぁ、そんなにひどかったんだね』
聞えるはずないのに、一応、私は独り言で呟いた。
……まだ生きてる。その言葉は、少しだけ私を勇気付けてくれた。
『―――ん?』
今一瞬、臼井さんがサッとこちらを睨んできた……様に見えたんだけどな。多分、私の見間違いだろう。
「ぅぅ……っ、うわぁーんっ……、ひっく……」
そんなことは構わず、アユは涙を流して泣く。大粒の雫が次々とアユの頬をつたう。
「できるだけの処置を行っておきますよ。……歩さんも、お手、お大事に」
奥にいた白衣の男性―――おそらく院長と思しき人が臼井さんを呼んだので、臼井さんはそれだけ言い残して足早にこの場から去って行った。
「どうか、梨花ちゃんが助かりますように……」
アユは、両手を胸の前で合わせ、祈っている。その左手の手首には、包帯が巻かれていた。
私は、ここにいるのに、アユは気付かない。それが、どうも悔しかった。
そして、臼井さんの言葉に私は不満を抱える。
『できるだけの処置って……もう、死んだも同然なのに、どうやってさ?』
私は透けている自分の脚を見つめながら、自嘲的な笑みをこぼした。
◇
私には、小さい頃から”人ではない何か”が視えてしまっていた。
それが、”幽霊”と知ったときのあの背筋に走った寒気は、今でも忘れられない。
私は、臼井知代。
母方の祖母譲りの強力な霊感と霊力を、私は受け継いだ。私の祖母はその世界では有名な霊媒師で、若き頃は悪質な霊・悪魔を祓いに全国を転々としていた。もともと祖母は巫女であった。故に霊力を人並み以上に持ち合わせていたのだ。
霊感とは、不思議な物で。私の母は霊力はあれども、全く強力な霊感は遺伝しなかった。
どういうことか孫である私が、その強い霊感を祖母から受け継いでしまったのだ。
小学生の頃、そのせいでよく私はいじめられていた。
≫「お前、おばけが見えるんだろ?」
「そーだ、連れて来いよ!!」
「紹介しろよ、”友達幽霊”さんを!」≪
幽霊が見えるせいで、近寄ってくる人も少ない。おかげで、友達もいない。
いや、いたんだ。いたけれど、幽霊になってしまった。
親友であった女の子は不死の病にかかってしまい、亡くなってしまった。
友達が幽霊になったから、友達なんて、もういない。
幽霊が見えるから、友達ができない。
友達がいない、幽霊のせいで。
≫『私が、いるよ? たとえ、私がおばけだとしても。私はね、おばけになっても、ずーっと、千代ちゃんのお友達なんだよ?』≪
佳代ちゃんは、そう言っていた。
……そう。幽霊が友達なんだから、友達いるじゃない?
ねぇ?