1・私の物語の始まりは、とある夏の日――事故が起きたんだ。
第一作目です。
私は私なんだって、そんなの当たり前。
私じゃない私って、みんなはどう思う? おかしいよね。
ねぇ、そうだよね? ……でもね。
私にとっては、あたり前だったんだ。
―――――私は、永久保存版。
私は、今でも生きている。私を知る、みんなの心の中に。
もしそれが、私でない私だったとしても――。
◇
六月の最初の日。
学校へ登校中だった。激しく降り注ぐ炎天下、私はいつもの通学路の交差点で信号待ちしていた。目の前を、急ぐ自動車達が走り去ってゆく。
私の名前は、壱村梨花という。どこにでもいる普通の女子中学二年生だ。
特にアニメのキャラクターのような個性もなく、モブ的な存在。成績も普通、そして運動音痴。
そんな私が唯一普通でないのは、判断力だって友達が言っていた。私の感は、結構な確率で当たるそうだ。自分ではよくわかんないけれどね。
常時三つ編みおさげでいた私。別にこだわりがあったわけでもなし、なんとなく気に入っていた。それが出来なくなってしまったのは少し寂しい気もするが、昨日、バッサリと髪を切ってボブにした。今はまだ髪を縛っていたころの癖が残っているけれど、カチューシャで何とか纏まっているようだ。
「おはよぅー、梨花ちゃーん」
後ろから聞きなれた優しい声がした。その声にハッとして勢い良く振り返る。一人の女の子が私に向かって手を振り、満面の笑みを浮かべてこちらへ駆けてきた。
「アユ!」
私は頬の筋肉を緩め、その名を呼んだ。
彼女は、親友の〝アユ〟こと仁藤歩。
「おはよ。今日も変わらず元気だねー」
いつも通り明るいアユが、なぜか眩しくって私は目を細めた。
「ほーにゃっ、梨花ちゃん、暗い顔しないでっ! ねっ、笑顔が一番」
「違うって、私は素からこんな顔なの!」
彼女は、「ほーらっ」を「ほーにゃっ」と言ってしまっているけど、これは天然だ(つまり、わざとじゃない)。いつからか、キャラが定まっていた。アユは癒し系の猫キャラだ。
「アユは、いっつもかわいーからなぁ、いいなぁー」
思わず心の声を吐露してしまう。
「・・・・・・はにゃあっ?!」
アユは、目をまん丸にして固まってしまった。どうやら私の髪型の変化に気付いたようだ。
「なななな、梨花ちゃん、髪、切っちゃったのぉっ!?」
「うん。えへへ」
私は頷き、自慢げに鼻の下を指でこする。
「似合ってる?」
「えぇっ! 三つ編み可愛かったのにぃ~」
アユが涙目になる。私は、慌ててしまう。
「だ、駄目だったかな?」
「似合ってるよ」
「ん?!」
アユじゃない声が後ろからした。
「誰!?」
私が振り返ると、そこには男の子がいた。ニヤニヤしながらこちらを見ている。
「なんだ、正午か・・・」
彼は、クラスメートの桜井正午。関わると、色々面倒なやつだ。
「どーもありがとうござりゃんせ~」
私が適当にうながす。
「なんだよ、人がせっかく褒めてやってんのに」
正午がほっぺをふくらめ、ムスッとした顔をする。口にドングリ詰まらしたリスみたいだ。
「にゃ、似合ってるよ、梨花ちゃん!」
少し険悪になりかけたこの場の空気を和ませるように、アユが取り繕ってくれた。
「アユぅ~っ、ありがとう! ありがとうっ!!」
私は、アユに盛大にお礼をいう。何この扱いの違い……と、正午が後ろでボソッとぼやいたのが聞こえた気がしたけれど、スルーしよう。
すると、
――――――ズダダダダダダダッッッッ!!!
背後から誰かが、もの凄い速さで追いかけてくる足音がした。一体誰だろうか(大体予想できるけれど)と振り返ると――――、
「なーーしぃーーかあーーぁーーゆぅーーみぃーーっっっ!!!」
ドォォォーーーーーーンンンッッッ!!!! っと、大袈裟な騒音と同時に、何か黒い物体がつっこんできた。周りの学生達が驚いて道をあける。
「ぃやふぉーーーーいっ! おっはよー」
「「おはよー、ミカ!!」」
今、私達のところに突っ込んできたのは、私とアユの親友の小倉実果。無駄にテンションが高い、無駄に元気な人(?)だ。
「いや~、今日は、いい天気だね~」
「ミカの脳内は、毎日快晴でしょ?」
「あははっ、そうかもね! うんっ」
私のジョークに実果は、笑顔でそう答える。そんな他愛のない会話を続ける。
確かに、今日の空は、雲ひとつない晴れ。おかげですごく暑い。暑すぎて、蒸しパン(?)になってしまいそう。
交差点の信号が青に変わる。みんなはいつも通りの笑顔でしゃべっている。
「信号、青になったよ」
私は、おしゃべりに夢中の隣の三人にそう呼びかける。そして私達四人は一斉に横断歩道へと足を踏み出した。
信号待ちしていた人達が横断歩道へ、どっと流れ込んでいく。大勢の人が、我先にと交差点へ飛び出す。沢山の人にうもれて前が見えない。
みんなの流れに乗って私達も横断歩道へと出た。
―――そのとき。
「わっ、うわあっ!」
横断歩道を横断していた人達が、急にまわりにばらばら散ってゆく。
―――何が起きたのだろうか?
私は驚いて、腰を抜かしてしまい、その場から動くことが出来なくなってしまった。
交差点には、四人がとり残された。私と、アユと、実果と、正午の四人だけが逃げ遅れた。
何が起こったのか、分からない。解らない? 判らない!
とたん、隣でアユが、「あっ!」と小さく声を上げた。そして、アユの白い指が私の右側を指す。
私は、アユが指さした方を見ようとした……のだが。
そこには。
「え?」
キイィィィィィ―――――ッッッ
耳の鼓膜が破れてもおかしくないぐらいの爆音。
バンッ
なぜかスローモーションにも見えた、あっという間のこと。
一つ一つが一コマ一コマ途切れて感じた、瞬間の出来事。
ドサリ。
耳の奥が痛くなるほどの静けさが響く。
そしてすぐに、周りは音を取り戻す。聞こえるのは、悲鳴とざわめき。
なにが起こったのだろう?
私は無傷みたいだ。よかったぁ、と安堵のため息をついたのもつかの間。
一度立ち上がってから今起こったことを思い出した。なぜかいつもより少し身体が軽い気が。私は得体の知れない何かに、違和感を覚える。
『……えっと、トラックがいきなり左折してしきて』
そして、確か。
『―――ぶつかって。……ん? ぶつかった?』
何か嫌な予感がして自分の足元を見下ろす。
とたん、目に入った光景は。
私が、横たわっていた。
私が地面にうずくまり、右腕から大量の血を流していた。
『……え? 私、轢かれたの?』
思考がついてきてくれない。
『あれ? でも、私はここにいるのに?』
おかしい。
私の足元で、私は、倒れていて。倒れて、大量の血を流していて。私は、そんな私を上から見下ろしていて。ただ眺めていることしか、できなくて。
私が、二人……。でも、私は、私一人のはずでしょう?
『でも、私は、ここにいるのに……じゃあ……』
この倒れている私は何?
そんな私を見ている私は……何なの?
―――私は、……”何”なの?
◇
『ウソでしょう……?』
いや、これは本当の事だろう。余りにも現実離れしていて思考が働かない。
なんか変な感じがする。
私は間違いなくここにいるはずなのに、もう一人の私が足元で倒れている。
私は私ではなくなった。私は、何なのか?
頭がおかしくなったんだ、悪い夢をみているんだ……。そう思いたいけれど何故だろうか、出来ない。いつもならそう思えるのにな。
これは夢だ。夢だ。夢だ。夢なんだ!
やっぱり……、”夢”じゃないんだよね。
私は状況の整理が付かずに頭を抱えた。
そこで、記憶はフラッシュバックする。
そうだ。
あのとき私は、アユの指指す右を見ようとしたんだ。
私の視界の片隅に映ったシルバーの車体が鈍く光って。
つんざくクラクションと鋭いブレーキ音。しかし、トラックは速度を落としきれなかった。
続く"左に曲がります"というアナウンスを消し去る、衝突音。
痛みは無く振動だけがが私の右腕から骨の髄まで伝わった。
私の身体は、まるで無重力になったように宙へと跳ね返された。
紅の雫が舞い散らされ、私は目を見開いた。
刹那、身体は容赦なく地面に叩きつけられる。
―――熱い……?
ぼやけ、徐々に照明がおちてゆく視界。
アユ、実果、正午が倒れているのが見えた気がした―――。
死んでしまったのか?
私は死んでしまった、そう捉えればいいのかな。
足元を転がるもう一人の自分を見下ろす。純白の制服を彩る鮮やかな緋色。駆け寄る大人達。
こんな状態でもまだ、きっと助かるのだろう、そのうち目が覚めるのだろうなどと考えてしまう自分がこの上ない程に情けない。
死んでなくとも、事故にあったことに対して。
死んでしまうことを受け入れられない自分が、心の片隅に居座っていて。
死んでしまったことが認められない自分が、現実から目を背けようとする。
戻りたい。戻れない。
逃げたい。逃げれない。
何も考えられない頭に、救急車のサイレンが不吉に鳴り響く。サイレンが頭の中に直接届いているみたいに反響する。
これからいったい、私はどこへいくのだろうか。
地獄? 天国?
それとも、転生するのか?
私は、単純に決心した。
―――私は意地でもこの世にさまよってやる、と。
閻魔なんぞ、ちっとも恐くないさ! と。