水の巫女と主の迷走劇①/二度目の過ちと三度目の兆し
「ちょっとお客さんっ、なんで先週来なかったのっ!?」
久しぶりに、極上の子守歌付きの船で昼寝しようと思い、水の都に来てみたら。
出会い頭に、ミズっちから怒られる俺。
小舟の上に立ち、腰に両手を当ててぷんすかする彼女は最高にプリティだ。
コルトを筆頭に、デレてくれないキャラランキング上位を誇るミズっちも、ようやく俺の魅力に気づいてくれたようだ。
「いやー、申し訳ないけどー、俺もこう見えて忙しい身なんでなー」
俺の体はお前だけのものじゃないんだぜ、みたく格好つけて答える。
ウインクが下手なのが玉にキズだが、俺様の魅力にメロメロになっちゃえよ。
「ほんと、大変だったんだよ!」
うん、うん。
みなまで言わなくても、ちゃんと分かっているさ。
俺に会えない寂しさで、大変だったんだよな。
お可愛い奴め!
「――――お客さんが来ないから、巫女様が落ち込んで大変だったんだよ!」
……あー、そっちの子の話かぁ。
へーへー、どうせそんな事でしょうよ。
ミズっちがデレてくれるのは、いつの日なんだろうかねぇ。
ミズっちとは正反対に、巫女さんはデレすぎてキャラ崩壊しているレベルだから、これはこれでやりにくいんだよなぁ。
「巫女様は、お客さんが来るのをずっとずっと待ってたんだよっ。日が落ちるまで船の上に座って落ち込んでいたから、慰めるのが大変だったんだよっ!!」
その様子が容易に思い浮かんでくるなー。
きっと、夕日を見ながら、体育座りしていたんだろうなー。
そこに流れるミズっちの透き通った歌が、また涙を誘うんだよなー。
現実逃避は、このくらいにして。
実は――――と前置きする程ではないのだが。
炎の教団とのいざこざが収まり。
小舟の上で再開されたちょっと優雅な昼寝を。
その珍妙な歌声で邪魔してくれた水の巫女さんは。
何故だろうか……。
毎回昼寝タイムに乱入してくるようになった。
船に寝転び、腕枕する男女ペアが他人からどう見えるのか、考えるまでもない。
実際に肉体関係の一つでもあれば、まだ諦めがつくのだが。
親子みたいなくすぐったい距離を取られても、独身無職の冴えないおっさんとしては困りもの。
まあ、余所者の俺はどう噂されてもいいのだが。
いくら変装していても、都の代表が謎の男と逢瀬を重なるのは不味すぎるだろう。
しかし、そう忠告しても巫女さんが怒り出すだけだから、どうしようもない。
「あの日の巫女様は、夕日を背に、とぼとぼと肩を落として帰っていったんだよ。……その時感じた私のいたたまれなさが分かるっ!?」
やっぱり、背景は夕日だったらしい。
その場面を想像するだけで、とても切ない気持ちになる。
るーるーるー。
でもさぁ。
ミズっちには同情を禁じ得ないが。
毎週来るとは約束していなし、先週は本当に忙しかったから、俺は全く悪くないと思うんだけどなぁ。
なんでこんなにも、巫女さんに懐かれちゃったかなぁ。
水の都の神殿で初めて会った時には、好かれるどころか恨んでやるとまで言われていたのに。
正直、彼女には意地悪をした記憶しかないんだけどなぁ。
そもそも俺の趣味としては、巫女さんよりもミズっち狙いなのだ。
それなのに、なんで巫女さんからは無駄に執着され、ミズっちからは無駄に距離を取られているのだろうか。
二人が役割を交換してくれたら最高なんだがなぁ。
「――――今日は来たんだね、パパ」
「ひっ!?」
突然、後ろからじっとりした声をかけられて、情けない声が漏れてしまう。
おそるおそる振り返った先には、話題の主である巫女さんが睨んでいた。
彼女は己の役職に相応しく神々しい風貌なのだが、それが反転したかのように真っ黒でどんよりした雰囲気を纏っている。
ありていに言えば、怖いの一言。
「や、やあ。その、久しぶりだな?」
「――――っ」
更にきつく睨まれてしまった。
どうやら俺は、挨拶の言葉選びを間違えたらしい。
「……とにかく、船を出すよ」
気を使ったミズっちが、俺と巫女さんを船に乗せて漕ぎ始める。
人目のある往来で、神聖な巫女と邪悪な中年男が痴話喧嘩しているって気づかれたら終わりだからな。
どんな時でも気遣いを忘れないミズっちは苦労人である。
「むーーー」
船に乗ってしばらく経ったても、巫女さんの怒りは収まってくれない。
むーむー言いながら、俺を睨んでいる。
彼女にはお菓子や花束のようなプレゼント攻撃が通用しないし、どうしたものやら。
……って、いかんいかん。
そんな負け犬思考でどうする。
今回の件ばかりは、俺に落ち度がないのだ。
そうだ、いい機会だから、今日こそはガツンと言ってやる。
今こそ男の尊厳を知らしめる時なのだ!
「――ちゃんと決まった日に来てくれないと駄目じゃないっ。メイはお勤めがあるから、いつでも抜け出せる訳じゃないんだから!」
「はいっ、申し訳ありませんでした!」
だめだ、涙目の女性に怒られると反射的に謝ってしまう。
それどころか、全て俺が悪いのだと思ってしまう。
恐るべし! 女の涙!
でも舐めたい!!
「ま、まってくれ、その、男には色々あるんだっ!」
「むーーー」
どうやらまた、言葉の選択を間違えたようだ。
今度は巫女さんだけでなく、ミズっちからも睨まれてしまう。
仕事では自己弁護に慣れているが、相手が女性だと圧倒的に経験が足りない。
どんな言葉が地雷なのか判断できないのだ。
さりとて、世の中には明らかな地雷を堂々と踏み抜いていく偉い人も多い。
あれって、なんなんだろうな。
後で問題になって恥かくのは、目に見えているはずなのに。
それでもボケなくちゃいけない芸人根性なのだろうか。
偉くなるって大変だなぁ。
「その、ほら、……ち、ちち、父親として、ちゃんと働いて稼がないと駄目だろう?」
仕方ない。
自分から父親だと認めるのは嫌なのだが、そもそも認めるも何も俺と彼女に血縁関係など無いのだが、ここは一つ第三者であるミズっちの存在を逆手にとって言い訳しよう。
巫女さんも自分から言い出した設定だから、今更訂正できないだろう。
「か、かか、家族のために、そして可愛い、む、むむ、娘のために、お、おお、お父さんが頑張って働かないと駄目だろう?」
「それは、……そうかもしれないけどっ」
「だから、どうしても仕事で来れない日もあるんだっ。……分かってくれるよな?」
「むーーー」
自分から口にしておいてあれだが、完全に女を騙す気まんまんな駄目男の台詞である。
だが、ここで引き下がる訳にはいかない。
予防線をしっかり引いておかないと、毎週決まった行動を強要されてしまう。
せっかく自由にできる異世界にやって来たのに、スケジュールに管理されるサラリーマン生活はごめんだ。
俺は、気が向いた時に、気が向いた事だけをやって、気が向くままに一喜一憂する生活を送りたいのだ!
「でもっ、でもっ――――」
それでも、納得しようとしない巫女さん。
理屈よりも感情を優先する子供の癇癪に近い。
親子の設定を作り、俺と一緒に昼寝するようになった彼女は、悪い意味でふっきれたようで常に子供モードで話すようになった。
ミズっちが隣にいてもお構いなしだ。
自らが設定した子役になりきっているのかもしれんが、付き合わされる方はたまったものじゃない。
毎回、船を漕ぎながら、二十歳を超えた男女の親子プレイを見せられるミズっちの気持ちを考えてほしい。
巫女さんに気づかれないように、こっそりと溜息をついているミズっちを見た時の俺の気持ちも考えてほしい。
俺のガラスのハートは、もうボロボロですよ。
「お客さんが忙しいのも分かるけど、せめていつ来れるのか伝える事はできないの?」
落ち込む巫女さんを見かねたミズっちが、俺に問いかけてきた。
彼女は、いつもそうだ。
いつも巫女さんの味方で、俺の事なんて考えてくれない。
俺はこんなにも、君だけを見ているのに。
……おっ、いま三角関係っぽい雰囲気が出た気がするぞ。
こんな風に自分を騙していないと、やっとられん。
「――――」
「――――」
濡れたアクアマリンと潤んだ黒水晶のような瞳。
四つの宝石が、俺を捉えて放さない。
いったい、俺が何をしたというのか。
……いや、何もしていないから悪いのだろうか。
「…………」
いたたまれない俺は、視線をそらし、頭をかく。
男から向けられる強烈な抗議の視線には慣れているが、女性のそれは弱々しくても胸に刺さる。
仕方ない、か…………。
この状況を打開する手段を、一つしか思い浮かばない自分を恨む。
「……ほら、これ」
「えっ、これって、指輪?」
そう、俺が取り出したのは、またしても指輪――――通信用の指輪アイテムである。
どれほど遠く離れていても、指輪を装着した者同士でいつでも念話可能となる、ある意味呪いのアイテム。
毎週、定時報告とばかりに重要度が低い話題を懇切丁寧に長々と伝えてくれる、甘党なメイドさん。
冴えないおっさんとしては、美しい女性とのトークは金を払ってでも受け入れるべきだろうが……。
どんな相手であれ、トークが苦手なコミュ障に長時間の会話は困難なのだ。
そんな失敗例があるのに、まるで成長していない自分が悲しい。
だってさ、他に解決策が思いつかないんだから仕方ないだろうっ!?
「このアイテムを装着すると、離れていても会話ができるようになる」
簡潔に説明して、巫女さんの手の平に指輪を乗せる。
さすがに二度も、女性の手を取ってはめるのは勘弁。
心臓に悪すぎる。
「これでいつでも、パパとお話しできるようになるの?」
何の警戒もなく、目を輝かせて指輪を装着した巫女さんが聞いてくる。
なお、どの手のどの指にはめたのかは、何だか嫌な予感がしたので見ていない。
本当に見ていないからなっ!
「……確かにいつでも会話可能だが、原則俺からの通知用だからな? 何時何分何秒何曜日にここに来るって伝えるためだけに使う物だからな? それ以外に使う必要なんてないからな?」
「ぷいっ」
巫女さんは奪い返されないように指輪を隠しながら、俺の言葉にそっぽを向く。
ちゃんと肯定してくれよぉ。
不安で眠れなくなるだろぉ。
「うふふっ」
「…………」
無邪気な笑顔が怖い。
初めて携帯電話を買ってもらい、嬉しくてたまらない子供みたいだ。
そんな笑顔を見て、早くも後悔する俺。
『ねぇ、パパ?』
『……』
俺の不安を決定づけるように、速攻で指輪アイテムを発動し、念話してくる巫女さん。
『パパったら、聞こえてるんでしょ?』
『…………』
そんな彼女に対して俺は、知らんぷりというささやかな抵抗しかできないのであった。
◇ ◇ ◇
「巫女様、帰っていったね」
「……ああ」
時間いっぱいまで粘った水の巫女さんが去り。
残されたミズっちと俺に、どっと疲れが出る。
「ご機嫌だったね」
「……ああ」
「スキップしていたね」
「……ああ」
「鼻歌もうたっていたね」
「……ああ」
もちろん、いつもみたく変な音程だったが。
「……」
「……」
なんとはなく、気まずい空気が流れる。
俺は、そんな雰囲気を打破すべく。
懐から、もう一つの指輪を取り出した。
「その、ミズっちも、いる?」
「…………いい」
「……だよな」
「…………」
違うからな。
振られた訳じゃないからな。
「……じゃあ、私はもう行くよ」
「あ、ああ、その、また来週くるよ?」
「……うん」
次の仕事が入っているのか、ミズっちは船を漕いで去っていった。
彼女の姿が見えなくなった後、俺は夕日に向かって指輪を投げる。
ぽちゃっという寂しい音を立てて、指輪は湖に沈んでいった。
「――――俺は、汝、湖と結婚する」
いいんだいいんだ。
俺は湖と結婚するからいいんだ。
これが等身大な本物の愛なんだ。
「…………」
水辺で一人、夕日を見ているとしんみりしてしまう。
どうやら、格好よく終わらせようとしても駄目らしい。
その、あれだよ。
「二度あることは三度ある」って諺があるじゃないか。
その信憑性を確認したかっただけなんだよ。
残念ながら……、いやいや幸いにも、三度も過ちを犯す愚行とはならなかった。
俺は三の字が大好きだが、三とは幸福の象徴なので、厄介事で縁があるのはごめんである。
むしろこれで、証明されたのだ。
これ以上、過ちが繰り返されない事が――――。
「…………」
だから無いよな、三度目さん?




