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花の日/男が花を買う理由




≪ 十日市にて ≫



 冒険者の街オクサードでは、十日に一度、大規模な市が開催される。

 その日ばかりは商売の許可書が不要なため、誰もが商人になれる貴重な場だ。

 だから、いつもは稼ぐ手段を持たない少女達も、張り切って商売に勤しむ。


 少女達の数少ない商法は、街の至る所に咲いている花を摘み、売ること。

 個々の拙い労力だけでも可能であり、投資も不要だから売れ残っても損失がない。

 むろん、路地裏でひっそり咲き誰の目にも留まらぬうちに枯れゆくような花を欲しがる者など無に等しいのだが、それなりに買っていく客は居る。


 ある者は、見栄と誇りを勘違いして。

 ある者は、幼き者への労働のねぎらいとして。

 ある者は、遠く離れた故郷に住む娘を思い出しながら。


 金を出す者の思いは様々であるが、一様として花そのものへの対価でなく、売買の形をした施しに他ならない。

 

 そのような、ある種の様式美が垣間見える十日市の終幕に、その男はふらりと現れて、少女達から売れ残った花を買い集める。


「だんなさま、お花はいかがですかっ?」


 男の周りに集まった少女達は、可憐な花にも見劣りしない笑顔を咲かせる。

 そんな花畑の中に居る男は、まるで花の蜜を狙う蜂のように見える。


 多様な花々に囲まれ、男はご満悦だ。

 その緩んだ顔からは、他の客とは異なる目的が感じられる。

 しかし少女達は、危険な香りに気づかない。


 いや、もしかしたら本能的に察知しているのかもしれないが、上客を相手に表に出そうとはしない。

 彼女達は幼くとも商人であり女であるのだ。


「ありがとうございましたっ、だんなさまっ!!」


 頭を下げて感謝の意を表す少女達を名残惜しそうに振り返りながら、たくさんの花を抱えた男は去っていく。

 笑顔で見送る少女達の手には、相場を上回る銀貨が握られている。


 そう、少女達には理由なんてどうでもよく、ただ花を買ってくれる者だけが必要なのだ。 



 ――――花とは。


 少女にとっては、数少ない稼ぎ道具。

 男にとっては、たぶん、少女に近づくための体のいい言い訳。






≪ 孤児院カラノスにて ≫



 身寄りのない少女達が住まう孤児院カラノスには、食堂や廊下だけでなく、個々の部屋にまで多くの花が飾られている。

 その理由は、院長が大量の花を持ち込むから、である。


「あっ、おかえりなさい、いんちょ先生! 今日もまた、いっぱいのお花だね!」


 彼は、代表であるはずなのに、孤児院には時折姿を見せるだけ。

 孤児の子供達をはじめ、従業員までも女性だけの職場に、気を遣っているのか。

 それとも、一通りの体制が整って特に仕事がなくなったため、居づらいだけなのか。

 そんな気まずさを誤魔化すように、たまの来訪時には抱えきれないほどの花を持ってくる。


 院長の奇行を擁護するならば、最初からそうだった訳ではない。

 一応それなりの良識を持つ彼は、以前には実用的なオモチャやお菓子を持ってきていたのだ。

 しかし、孤児院を実質取り仕切る従業員から「甘やかしてばかりでは為にならない」と窘められ、反省した結果がこれである。

 残念ながら、彼は手ぶらで訪れるという発想を持っていなかったのだ。


 それは、嗜好品を禁止されたが故の消去法による結果だったが、案外と教育に役立っていた。

 花は、見る者の心を和らげる。

 特に幼くして信じられる相手を知らない少女達のささくれた心を癒やしてくれる。

 

 更には、力を持っていない自分よりも弱く儚い存在を世話する事。

 そして、短い時間で消えゆく命を身近に感じる事で、己を含めた生命の大切さを感じ取る機会を与えていたのだ。

 

「……院長の言動は奇妙なものばかりだけども、結果的に子供達の為になるのだから不思議なものですね」


 おずおずと少女達に花を配る院長の姿を見ながら、従業員は優しく笑った。



 ――――花とは。


 孤児院の少女達にとっては、心を潤す情操教育。

 男にとっては、おそらく、唯一残されたコミュニケーションツール。






≪ 愛の巣にて ≫



「ありがとう旦那っ! すごく嬉しいよ!!」


 男から渡された花束を抱え、愛人は喜ぶ。

 それは、毎回繰り返される、儀式。


 男は、愛人達に会いに来る際、必ず花を持ってくる。

 それ以外の品を持ってくる事は、あまりない。


 男はケチな訳ではない。

 むしろ逆だ。

 一時の関係なのに別宅を用意し、彼女達が興味を示した物は何でも買い与えようとする。

 それなのに、プレゼントとして持ってくるのは、何故か花ばかり。

 いくら綺麗で消耗品とはいえ、芸が無いと言わざるを得ない。


 きっと男は、大きな花束を女性に渡す行為を格好いいと信じ、悦に入っているのだろう。


「綺麗なお花ですね、旦那様!!」


 だけど、愛人には、それで十分だった。

 大した価値はなく、手間もなく、後にも残らないプレゼントだが。

 それは、男が彼女達を気にかけている証し。


 不器用な男が見せる、精一杯の愛の形なのだから。



 花とは――――。


 愛人にとっては、男からの愛の証明。

 男にとっては、きっと、ただの格好つけ。






≪ 男の部屋にて ≫



「あんちゃんの部屋にある花って、なんでか長持ちするよな?」


 男の部屋に時々泊まっている勤労少女は、部屋に飾られた花々を見ながら、そんな感想を述べた。


「ああ、毎日リリちゃんが綺麗な水に取り替えてくれているからな」

「でもさぁ、それだけじゃないよな?」


 彼女が不審に思うのも無理はない。

 通常、摘み取られた花はどんなに丁寧に扱っても十日を待たずに枯れてしまうものだが、男の部屋の花は一ヶ月以上も美しさを保っているのだ。


「……まさかとは思うけど、あんちゃんさぁ?」


 その尋常ではない現象に悪い予感を覚えた少女が、男を問い詰める。


「は、花ってのは、案外人の心が分かるヤツでな。毎日話しかけて褒めると頑張って長持ちしてくれるんだよ」

「……」


「そ、それにデリケートな体質なんで、日や風が当たるとすぐに乾燥しちゃうから注意が必要なんだ」

「…………」


「だからといって、湿度が高すぎると菌が発生してしまう。つまり、適切な環境と愛情さえあれば、花はいつまでも笑顔を見せてくれる人生のパートナーなのさ」

「………………」


 少女は、男が真面目な顔をして花を口説いている様子を思い浮かべ、嫌そうな顔をする。

 そして、言い訳するように口数を多くする男を睥睨しながら、自分の予想が当たっているのだと確信した。


 男はきっと、花にマジックアイテム――――回復薬を与えているのだ。

 高価で、希少で、冒険者が命を繋ぐために大事にしている薬を。

 まるで湯水のように、意思を持たない観賞用の物体を延命するために使用しているのだ。

 それは、冒険者を目指す彼女でなくとも、度し難い蛮行に違いなかった。


「…………あんちゃんの私物をどう使おうと、あんちゃんの勝手だろうけどさぁ」


 それでも、もっと他に有意義な使い道があるはずだと、納得しきれない気持ちが少女に残る。


「何であんちゃんは、そんなにまで花を買って大事にするんだよ?」


 それは、少女が常々思っていた疑問。

 意外にも女性との交流が多い男の事だから、プレゼントとして使っているのなら話は分かる。

 しかし男は、プレゼント以外にも、自分用として多くの花を部屋に飾っているのだ。


 本来であれば、それも変な趣味ではない。

 少数派ではあろうが、男の中にも花を好む者は居る。

 だが、この野暮ったい中年男は、それとは違う。

 花の美しさに魅了されている風ではなく、ただ花という存在を手元に置き満足しているように見えるのである。



「――俺の地元でも花が売られていてさ、小さな街でも一つくらいは花屋があるくらい一般的だった」


 少女から問われた男は、珍しく真面目な顔をつくり、遠い目をしながら話し始めた。


「俺も時々は花を買っていたんだが、その全てがプレゼントや行事用だったんだよ」

「それが、普通だろう?」


「そう、普通だ。……つまり俺は、自分のために花を買った事がなかったんだ」

「…………」


「花ってのは、嗜好品であり、観賞用だ。

 だから、他人に渡すためじゃなくて、自分のために購入してもいいはずなんだ。

 でも俺は、自分用の花を買わなかった。

 買おうとも思わなかった。

 それは、花屋に行く時間がもったいないとか、金が無いとか現実的な理由からじゃない。

 単純に、自分が花を必要としなかったからだ」

「…………それも、普通だろう?」


 確かに花は美しいのかもしれないが、それだけ。

 腹を満たす食用の花もあるのだが、観賞用の花に実益はない。

 ただ、ほんの僅かな時間、限られた空間を少しばかり彩って、その後は、枯れてゴミとなる代物。


 ――――そう、勤労少女にとっては不必要な物どころか、邪魔な物でしかない。

 それは物の美しさに興味がない男も、同じはずなのだが…………。


「でも、興味がない訳じゃなかった。花ってのは、不思議な魅力を持っている。そのくらいは、俺にも分かる」

「…………」


「けっきょく、昔の俺が花を買わなかった理由は、花を愉しむだけの余裕がなかったから」

「…………」


「そして、今の俺は余裕を手に入れた。だから、花を買っている。――――それこそが、理由なんだ」


 男が言いたい事は、少女にも何となく理解出来た。

 花を買う客は、裕福な者が多い。

 いや、裕福な者だけ、と言い切っていいだろう。


 裕福な者は、自由に使える金と時間を持っている。

 それを裏返して考えれば、花を買う行為こそが裕福な証拠。

 男は、そう言いたいのだろう。


「でも、それは――――」

「ん?」


「い、いや、何でもねーぜ。じゃあオレは仕事があるから、もう行くよ。またな、あんちゃんっ」

「もうそんな時間か。まあ、若いうちは倒れない程度に頑張った方がいいと聞くからな」


 勤労少女は別れを告げると、逃げるように部屋から出て行った。

 男の変な言動には慣れっこだったが、今回は少し雰囲気が違っていた。

 いつも花のように飾っている上辺の言葉と違い、それが本音に近かったためだろう。  


 偽りのない言葉だからこそ、必死さが感じられたのだ。

 それは、いつものらりくらりとしている男にとっては、とても珍しいこと。


 だから。


 ――――それは、違うんじゃないかな?


 少女は最後まで、その言葉を口に出来なかった。



 花とは――――。


 勤労少女にとっては、不要な物。

 男にとっては、余裕の象徴。




 ……卵が先か、鶏が先か。


 それは、堂々巡りして答えが出ない物事を意味する。

 人によって答えが違うのだから、どちらでも同じという解釈も出来るかもしれない。

 しかし、時と場合によっては、大きく違った意味を持つだろう。


 人は――――。

 心に余裕があるから、花を買うのか。

 花を買う行為が、心に余裕をもたらすのか…………。


 その違いに、男は気づけない。




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― 新着の感想 ―
[良い点] この話がすごい好きでまた読み返してしまった きっとどんなにお金や力を手に入れても心の余裕は手に入れられないんだろうと思わされた 後半のコルトの心情を表現する文章はとても好きです
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