魔に属する少女達との語らい⑥/約束の日、来たりなば・中編
「ほら、好きな服を着ていいぞ」
俺は溜息交じりにそう言うと、魔人娘に合いそうな服を取り出した。
結構な種類があるから、どれか気に入る物があるだろう。
「こ、これはもしかしてっ、キイコ達の為にマスターが準備してくれたっすかっ!?」
「お、おう、もちろんだとも?」
本当はコルトに着せて恥ずかしがる姿を鑑賞するために買い込んでいたとは言いにくい雰囲気だ。
嘘は、時に相手を救う事もある。
今が、その時なのだろう。
「感激っすよ! マスターは普段冷たい振りをしてるけど、本当はちゃんとキイコ達の事を考えてくれてるっすね!!」
「ううっ、違うんだからっ、これは嬉しくて泣いてるんだからっ!」
「……アンコは、マスターを信じていました」
ポンコツトリオのキラキラした瞳が、俺に向けられる。
んぐっ。
なんだろう、胸が痛い。
こいつらに対しては完全完璧に無いと思っていた良心が呵責しているのだろうか。
くそっ、心理攻撃とはやってくれるじゃないかっ。
「――――どうっすか、マスター。キイコに似合ってるっすか?」
「エンコのチョイスは完璧よ。だから、ちゃんと褒めなさい!」
「……マスターは、アンコを抱きしめても良いんですよ?」
今更ではあるが、紳士として俺が後を向いている間に着替え終わったようだ。
似非紳士だけどな。
魔人娘達は、着飾ったドレスっぽい服を選んだようだ。
初めての家族旅行で張り切りすぎている子供って感じがして痛々しいが、まあ似合ってなくもない。
キイコは緑系、エンコは赤系と、自分の属性に合った色のドレス。
アンコだけは、あざとく真っ白なドレス。
夏のお嬢さんって感じがして、ちょっとドキドキしないでもない。
これに麦わら帽子を加えれば完璧だな。
「ああ、その、ちゃんと人族の女の子に見えるな。問題ないぞ」
「「「…………」」」
なんだよ、にまにましながら黙るなよ。
「マスターにも可愛いところがあるっすね!」
「捻くれ者のあんたにしては上出来ね!」
「……マスターは、照れ屋さんです」
うるせーよ。
やっぱ喋るな。
「……元の姿に戻ったら、ちゃんと洗って返せよ」
「「「はーい!」」」
絶対返さないつもりだな、こいつら。
この場で引ん剥いてやろうか。
「それにしても、魔人の力を消すなんて凄い薬っすね。マスターのお手製っすか?」
しばらく服の話題で盛り上がった後――――もちろん俺は除く――――思い出したかのようにキイコが聞いてきた。
「いや、俺には創作系の魔法とスキルが無いから、自作は無理だ」
複製魔法は、ただコピーしているだけだし。
料理スキルは、若干知識があるだけだし。
確か、中学時代の工作は5段階評価で2だった気がする。
「それじゃあ、どうやって手に入れたのよ?」
「氷の魔人の仲介で、魔王様に創ってもらったんだ。数多のマジックアイテムを生み出した魔王様だけあって、本当に何でも創れるよな。今度会ったら礼を言っとけよ」
「「「…………」」」
「それに氷の魔人にも世話になったから、彼女にも感謝しとけよ」
「「「…………」」」
ほんと、あの時偶然に氷の魔人と出遭わなかったら、どうなっていた事やら。
最悪、魔人の力を持ったまま街に出てしまい、その街が壊滅する羽目になっていただろう。
ある意味、俺と氷の魔人は人類を守った英雄だよな。
「「「…………」」」
ポンコツどもが、無言のままこっちを見ている。
先程まではしゃいでいたくせに、感情の起伏が激しい奴らだ。
「……マスターは、氷の魔人と知り合いだったっすか?」
そういえば氷の魔人から、自分が手伝った事は絶対言うなって口止めされていたっけ……。
まあ、言ってしまったものは仕方あるまい。
うん、そう、不可抗力なので、俺は悪くない。
「ああ、この前偶然会ってな。駄目もとで頼んでみたら、すんなり受け入れてくれて助かったぞ。きっと彼女が上手く魔王様に話を付けてくれたんだろうな」
「「「…………」」」
「魔人は全てお前らみたいにポンコツ揃いと思っていたから、あんなに優秀で話が分かる奴が居て驚いたぞ」
「「「…………」」」
「やっぱり、氷の魔人を従僕化しておけば良かったよなぁ」
「「「…………」」」
三馬鹿の目つきが段々と険しくなっているのは、気のせいだろうか。
「マスターは、氷の魔人と随分仲がいいみたいっすね」
「どうせ、あの豊満な肉体が目当てなんでしょ。エンコ達は未熟で悪かったわね」
「……マスターも、しょせんは男です」
いや、どちらかと言うとスレンダーなお前らの方がストライクゾーンに近いのだが。
ただ、何事にも例外があるのだ。
しかし、俺の魔人嫌いがスタンダードだとすると、氷の魔人の方が例外になる。
氷の魔人だけに、冷害と言うべきだろうか。
「人の好き嫌いは理屈以前にある。俺と氷の魔人とは案外相性が良いのかもしれないな」
「ち、ちなみに、マスターとキイコ達との相性は……?」
「ん? 本当に聞きたいのか?」
「……やめとくっす」
賢明だな。
「まあ、お前らも成長すれば、氷の魔人のような容姿と知能を手に入れるかもしれないじゃないか」
「……エンコ達が生まれてから数百年が経っているんだけど。全然変わってないんだけど」
「それは、何というか――――」
ご愁傷様?
「そう気にするな、生きていれば良い事もあるかもしれないぞ?」
「ううっ、マスターの普通の慰めが逆に辛いっすよ……」
ちゃんと慰めろだの、慰めるなだの、どこまでも勝手な奴らである。
「……マスターは、大人の女性よりも少女の方が大好きなはずです」
「否定はせんが、お前らのカテゴリーは少女と言うよりも色物だからな? 自覚しろ?」
もしくはポンコツか。
でもポンコツ属性は結構需要がありそうだ。
「ち、ちなみに、マスターの需要には合ってるっすか……?」
「ん? 本当に聞きたいのか?」
「……やめとくっす」
利口だな。
「無駄話はもういいだろう。最後にこれも付けておけ」
「なんっすか、この黒い輪っかは?」
「チョーカーという、首に付けるお洒落アイテムだ。お前らのために用意した特注品だぞ」
「エンコ達のためにっ!? だ、だったら仕方ないわね! 直ぐに着けてあげるわ!!」
「……マスターは、デレ期です」
ねーよ。
俺がお前らにデレるなんて未来永劫ねーよ。
「あれっ? このチョーカーから魔力を感じるっすよ?」
少しも疑わずに、ポンコツトリオは嬉々としてチョーカーを装着した。
だからお前らは、いつまで経ってもポンコツなのだ。
「特別仕様だって言っただろう?」
それじゃあ、効果を確かめてみましょうかね。
「――キン!!」
「「「んぐっーーー!?」」」
突然、首を押さえて暴れ出す三馬鹿。
まるで毒を飲まされて、のたうち回る様子にそっくりである。
「ふむ、成功のようだな」
「どうなってるのよ!? チョーカーが首を締めて苦しかったんだから!」
「ああ、そのチョーカーはな、呪文を唱えると締まるマジックアイテムなんだ」
「な、何でそんな危ない物をキイコ達の首に付けたっすか!?」
「だって、お前らが人前で迂闊な事を喋ったら俺が困るだろう? だから、それを止めるための首輪だよ」
「首輪っ!? いま首輪って言った!?」
何を今更。
チョーカーって首輪の事だぞ。
ついでに教えておくと、この首輪の名前は「キンコジ」。
西遊記の孫悟空が頭に填めている輪っかと同じ名前にしてみた。
「主人が従僕に付けるのは首輪だと相場が決まっている。第一、力を封じているとはいえ、お前らみたいな問題児を放し飼い出来る訳ないだろう。だからその首輪は、主人としての責任、むしろ愛の結晶だろうさ!」
愛だろ、愛っ!!
「……マスターは、愛が重いです」
お前らだけには言われたくない。
「そんな訳だから、街中で変な事を口走ったら速攻で締めるからな。変な行動をしてもやっぱり締めるからな。なんとなく気にくわなくても確実に締めるからな」
「「「…………」」」
「そうだ、むしろ宿屋に絞めっぱなしで転がしとけば問題が起きないし、街に行くという約束も達成されるし、良い事ずくめじゃないのか?」
「……やばいっす、あの目は本気っすっ!」
「どーするのよっ。このままじゃエンコ達、部屋に監禁されて終わりじゃないっ!?」
「……マスターは、幼女誘拐監禁魔です」
誘拐はしてねーよ。
「ははっ、冗談冗談。博愛精神に溢れる俺がそんな非道な真似をする訳がないだろう? はははっ――――」
「「「………………」」」
うん、疑われているな。
全然信用されていないな。
「今のところは本当に冗談だが、俺を困らせる行動を取った場合は容赦なく呪文を唱えるぞ。そしてその後は、一日中部屋に監禁するから覚悟しておけよ?」
「分かってるっすよ! マスターにはこれっぽっちも迷惑かけないっすよ!!」
「大丈夫に決まってるじゃない! エンコ達がそんなヘマをする訳ないでしょ!!」
「……マスターは、もっともっとアンコ達を信用すべきです!!」
あかん、これ盛大な前振りだわ。
だが、これ以上ポンコツどもに忠告しても、ポンコツなおつむでは理解出来ないだろう。
であれば、振りであれうっかりであれ、失敗した暁には約束通り監禁してやろう。
俺は、約束を守る男なのだ!
――――さあ、これまでで一番、気が進まない観光の始まりだ。
◇ ◇ ◇
「さて、お目当ての街に着いたぞ。着いちゃったぞ。ほんと、どうするんだよ俺…………」
力を封印し人に化けた三馬鹿と一緒に、転送アイテムを使って人族のとある街へと到着。
ここはそこそこ栄えているが、主立った名物も無く、政治的に重要な意味も持たない街である。
それに、俺に関係する者も皆無な街。
要するに、仮に何かあっても問題のない街を生け贄に選んだのだ。
「これがヒトの街っすか!」
「こんなにヒトが多いと鬱陶しいわねっ。半分くらい燃やした方がいいんじゃないの?」
キイコは、お上りさんらしく素直に驚いている。
エンコは、さっそく物騒な事を言っている。
人混みを薙ぎ払いたくなる気持ちは分からんでもないが、止めておきなさい。
「……マスターは、誰からも注目されていません」
アンコは、俺が素通りされている事実を驚いている。
俺は何の肩書きを持たない一般ピープルだから当然だが。
アンコからすると、人類の天敵である魔人よりも更に強い俺が、普通に人混みに紛れている事が不思議に見えるのだろう。
「当たり前だ。俺のように善良な一市民が後ろ指を指される訳がないだろう?」
個性は大事だろうが、多数に埋没して得られる安心感があるのだよ。
「マスターが正体を隠しヒトの振りをして暮らしているって噂は、本当だったんっすね」
誰がそんな噂をしているのかな?
ちょっと、おじさんの前に連れてきてくれないかな?
速攻で泣かすからさ。
「あれだけアンコ達や魔物を苛めておいて、なに言ってるのよ! ヒトも同じように苛めなさいよ!」
生まれついての強者には分からんだろうがな、弱者を苛めても面白くないのだよ。
「……マスターは、慈愛に満ちています」
「おっ、良いこと言うねぇ、アンコちゃん。ほら、おじさんとお手々繋ごうか?」
「……マスターは、レディーの扱いが上手な紳士です」
「ははっ、そうだろう、そうだろう」
珍しく褒められて上機嫌になった俺は、アンコと手を繋ぐ。
おおっ、ちゃんと人肌の温かさを感じる。
やはり魔王様の魔法は凄いな。
なるべく逆らわないようにしよう。
「マ、マスターっ、キイコもお願いするっす!」
「ちょ、ちょとっ、エンコもエスコートしなさいよ!」
「駄目だ。片手は空けてないと、いざという時に対処出来ないからな。先着1名様限りだ」
俺をディスった罰だ。
「……マスターは、アンコと相思相愛です」
「一人だけずるいっす! 羨ましいっす!」
「なんでエンコを除け者にするのよっ!?」
いい気味、もとい良い薬、である。
これを教訓に、生意気な口を控えてくれるといいのだが。
……何だか子育てしている気分になって悲しいぞ、おい。
「そんな余計な事ばかりしていると、時間が無くなるぞ? 街で遊ぶ約束は今日限りだからな?」
「ううっ、今回は諦めるしかなさそうっすね。だったら、キイコは美味しい物を食べたいっす!」
「エンコは諦めないんだから! それはそれで、エンコは可愛い服が欲しいわ!」
「……マスターは、アンコを劇場に連れて行くべきです」
見事にバラバラだな、おい。
行動を制限されているはずなのに、どこから俗物な知識を調達してくるのだろうか。
まあ、遊び先が一つでは飽きるし、ちょうどいいかもしれない。
それじゃあ俺も諦めて、いつものように行き当たりばったりで回るとしよう。
◇ ◇ ◇
感想。
「…………」
疲れた。
本当に、疲れた。
チョーカーを使った忠告が効いたのか、三馬鹿は大方の予想に反して、まるで本当の人みたいに観光を普通に楽しんだ。
そう、普通に、だ。
まるで、普通の、女性の、子供のように、である。
「よく分かった――――」
本当に、よく分かってしまった。
「やっぱり俺は、結婚出来ない。いや、絶対したくない」
結婚出来ない男、ではない。
結婚しない男、である。
「……知ってたけど、女性は最強だな。そして子供は、輪をかけて最強だな」
俺は今まで年上の女性が最強だと思っていたけど、間違っていたようだ。
「改めて、結婚している人を尊敬したぞ。子供を育てている人を心底尊敬したぞ」
流石は、人の本来あるべき姿というか、人類を継続させるために不可欠とされる結婚である。
これはアレだな、心身に痛みを課して己の精神を鍛える宗教的行為に似ているな。
「――――俺には、無理だ」
子供に一日付き合っただけでグロッキーである。
これが毎日とかあり得ないだろ、まじで。
「楽しかったっす! 食べる事ってこんなに楽しいものだったんっすね!!」
「見て見て! この服もエンコに似合うでしょ! これからは毎日違う服を着るんだから!!」
「……アンコは将来、舞台女優になります!!」
テンション高すぎー!
ずっと高すぎー!!
おっさんにはついていけねー!!!
どうやらレベルが上がっても、忍耐力は上がらないらしい。
精神の力とは、やはり経験に比例するのだろうか。
いや、十分おっさんなんだけどさ。
「…………どのみち本日限りの宴だ。不満が残るよりはいいだろうさ」
何だか負け惜しみのように聞こえるが、全部俺の奢りなので、満足されて悪い気はしない。
世の中には、奮発して高い飯を奢ったのに「美味しくない」と一蹴して不機嫌になる同僚とか本当に居るからな。
その子に比べたら、お前らなんて可愛いもんだよ。
やっぱ経験が大事だよな、主に苦行方面の。
「すー、はー、すー、はー…………」
呼吸を整え落ち着いて考えると、大抵の事は許容出来るようになる、はずである。
――――そう、今の俺は、『余裕』を手にしているはずだから。
「……お前らが満足してくれて、俺も満足だ」
「本当っすか、マスター!? だったら、また遊びに来てもいいっすよね!!」
「仕方ないわね! そんなに言うならまた来るわよ!!」
「……マスターは、いつでもアンコ達を大歓迎です!!」
「あ、それは断固拒否だ」
それはそれ、である。
今日限りの約束だからな。
出来る大人の男は切替が大事なのだ。
「俺は約束を忘れるのは案外得意だが、約束を破る奴は大嫌いなんだ」
「……流石マスターっすね。ヒトを殺すのが仕事な魔族も真っ青の鬼畜っぷりっす」
「あと一回ぐらい来てもいいじゃない! 減るもんじゃないでしょ!」
「……マスターは、自分に都合が良い事ばかり覚えてます」
まったく、ちょっと甘い顔をするとすぐ調子に乗るから困りものだ。
ここは心を鬼にして厳しくしておく必要がある。
怒る方も心を痛めているんだぞ?
…………こんな風に、俺の罰ゲームも終盤に差しかかり、油断して周りの警戒を怠っていたのが原因だろう。
俺は、この後、とんでもないヘマをしでかしたのである。




