魔に属する少女達との語らい⑤/約束の日、来たりなば・前編
人里から遠く離れた、見渡す限りの荒野にて。
俺は、げんなりと呟く。
「あー、来いー、ポンコツどもー」
心情を示すように、一言一言が溜息交じりに発せられる。
――――そう、俺はこの日、あの約束を果たす覚悟を決めたのである。
「そうっすよ、最初から分かってたっすよ、マスターから嫌われてるって。どうせキイコなんて生意気で可愛くないし胸も小さいし――――」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、なんでもするからなんでもするからなんでもするから――――」
「……マスターは、来る、来ない、来る、来ない、来る、来ない、来る…………、来ない来ない来ない来ない来ない来ない――――」
どうやら魔人娘は、自分達が召喚された事にまだ気づいていないようだ。
キイコは、胡座をかいて酒らしき液体をがぶ飲みしながら、自虐的な愚痴を呟いている。
いつも元気な彼女にしては珍しい。
エンコは、女の子座りで両手を地面に突き、暗い顔をしてひたすら謝罪し続けている。
いつも強気な彼女にしては珍しい。
アンコは、体育座りで虚ろな目をしながら、花占いをしている。
いつも根暗な彼女にしては、……うん、いつも通りだな。
だけど、エア花占いは止めてくれ。
本気で怖いから。
「…………」
あ、これあかんヤツや。
キャラが崩壊しているどころか、心も壊れかけている。
「お、お前ら……、その、ちょっと待たせたかな?」
「「「――――」」」
俺の声に反応した三馬鹿が、ゆっくりと頭を上げて同時にこちらを見る。
だから怖いって。
「あれ? マスターの姿が見えるっすよ? ……でも、マスターが可愛くないキイコなんかを呼び出すはずないから、幻覚っすね」
「ああ、また夢を見ているのね。でも、会えるのなら夢の中でもいいの……」
「……夢の中のマスターは、優しいから好きです」
どうやら嫌みではなく、本気で幻覚や夢の中だと思っているようだ。
どう見ても手遅れです。
誰だよ、こんなになるまで放っておいたのは。
「んんっ、こほんっ! ほ、ほら、飴ちゃんやるから、正気に戻れ?」
「「「…………」」」
魔人娘は、俺の手の平から恐る恐る飴を受け取ると、口に入れてペロペロ舐め始めた。
糖分には疲れを取る働きがある。
魔法で創られた魔人に効くかは知らんけど。
「「「…………???」」」
そして、飴ちゃんのお陰か、時間が経ち少しは冷静になったのか、段々と目の焦点が合ってくる。
「…………??」
「……?」
「?」
「!?」
「!!」
「……マスター?」
まだ疑問形だが、一応は俺を認識出来る程度には回復したようだ。
それにしても、こんな時までリアクションそっくりだな、お前ら。
「なんだ、もう俺の顔を忘れたのか? 少し会わなかったぐらいで薄情な奴らだな」
「……本物っすね」
「……優しくないから、本物だわ」
「……マスターは、それでこそ本物です」
なにやら失礼な事で本物だと確認されたようだ。
いつもなら一発どつくところだが、今回は病み上がりとして勘弁しておこう。
……まあ、これからは、程々に相手しよう。
元がアッパー系な奴らなので、反転してヤンデレにでも進化されたら手がつけられないしな。
「お、思ったより早かったっすね、マスターっ。もっともっと準備に時間がかかると思ってたっすよ!」
「エ、エンコ達はこれっぽっちも待ってないわっ。むしろこっちの準備が終わる前に呼ばれて迷惑よ!」
「……マスターは、早漏です」
おい、何で今更強がるんだよ。
ポンコツが無駄なプライド見せるなよ。
何で俺が早漏だと知ってんだよ。
「そうか、ちょっと早すぎたようだな。準備し直して出直すとしよう」
「「「――――っ!!」」」
人の足にタックルかますなよ。
目をウルウルさせながら見上げてくるなよ。
「ったく、無駄に強がるんじゃねーよ。一応ご褒美って名目なんだから素直に受け入れとけよ」
「だって、マスターが呼び出すのがあまりにも遅いから、忘れられたかもって心配したっすよ」
「エンコは無視されたって確信してたわよっ」
「……マスターは、アンコ達を見捨てました」
段々酷くなっているぞ。
「忘れていた訳じゃない。準備に手間取っただけだ」
「つ、つまり、マスターはキイコ達のために頑張ってくれたって事っすね!」
「これだけ待たせたんだから、いっぱい楽しませないと許さないわよ!」
「……マスターは、アンコ達への愛が試されています」
「ん? なに言ってんだお前ら? 俺がお前らのために頑張る訳ないだろう?」
「えっ、それじゃあ、何の準備に時間がかかったっすか?」
「そりゃあもちろん、俺の心の準備だ」
「「「…………」」」
「お前らみたいな問題児を人族の街に連れて行くんだから、俺にも相当な覚悟が必要なんだよ。まったく、お前らのせいで繊細な俺の胃に穴があきそうだぞ」
「「「………………」」」
もしかして、俺がサプライズするために時間を取っていると、本気で思っていたのだろうか。
どこまでも能天気な奴らである。
「「「――――――」」」
「おい、泣くな。サメザメと泣くな。お前ら、少し見ないうちに芸風変わってるぞ?」
「誰のせいでこうなったと思ってるっすか!?」
「全部あんたのせいでしょ!」
「……マスターが、犯人です」
いや、勝手に期待したお前らが悪いよな。
俺は頑張るなんて一言も言ってないし、最初から迷惑だって言っているだろう?
「――――はあ、とにかくこの薬を飲んでみろ」
「なんっすか、この薬。……あっ、分かったっす! ヒトが欲しがるという惚れ薬っすね!!」
「そ、そんな薬なんて使わなくてもいいのに…………」
「……マスター、アンコ達はいつでも準備オーケーです」
ちげーよ。
何でお前らなんかに惚れられにゃならんのだ。
こちとら熨斗つけて返品したいんだよ。
あと反応がこえーよ。
俺の貞操が心配になってきたぞ。
「いいから、さっさと飲め。飲まないと今回の話は無しにするぞ」
「「「!?」」」
俺の忠告を受けて、我先にと薬を一気飲みする三つの馬鹿。
どこまでも現金な奴らである。
「「「――――!?」」」
薬の効果は、すぐに現れたようだ。
「体の調子は、どうだ?」
「ち、力が出ないっす! まさかこれ、ヒトに化ける薬っすか!?」
「そうだ。正確には、魔人の力を人並みに下げて、更に魔力を抑制する薬だ」
「ほ、本当だわ! 魔法が全く使えないわ!」
「おまけに、鑑定で見えるステイタスも人族になっている。これで、お前らが魔人だとばれる心配はなくなった訳だ」
「……マスターは、この薬を準備してたのですね」
そう、意志を持った天災であるこいつらが、街中で問題を起こさない可能性は非常に低い。
俺にはそれを止める力があるが、いちいち気を揉むのは面倒。
だったら、魔人娘が暴れても大事にならぬよう根本的に解決すればいい。
つまり、問題の元凶である強大な力を封印し、人類と同レベルの存在に変えてしまえば万事解決する訳だ。
「これがヒトの体っすか……。空も飛べないなんて、不便っすね。でも、不思議と新鮮な感じがするっす!」
「地面が熱いわ。炎の化身であるエンコが、この程度で熱さを感じるなんて変な感じね」
「……マスター、空気の流れを気持ちよく感じます」
力を失った問題児達は、これまでに無い新鮮な体感を味わっている。
元と比べ不便な体なので不満が出るかと思ったが、案外好評のようだ。
刑務所に収容されていた囚人が、久しぶりに外に出て「シャバの空気はうめえ」と感じるのと同じだろうか。
まあ、薬の効用は一日限りなので、明日には監獄に戻るのだがな。
「ほら、これで自分の体を確かめておけ」
そう言って俺は、複製魔法で大きな鏡を創り出した。
文明の利器なんて必要としない魔人は、自分の姿をじっくりと見た経験がないはずだ。
今日は魔力が使えないから、自分の体つきをしっかり認識して、自分に出来る事を把握しておく必要があるのだ。
「「「…………」」」
「元々人族っぽいフォルムだったから、こうして普通にしてると人族と見分けがつかないな」
「……マスター、質問していいっすか?」
「なんだ、この薬を飲んでも大人には変身できないぞ?」
こいつらの容姿なんてどうでもいいから、青いキャンディーは用意していない。
いきなり大人になられても戸惑ったりしないが、わざわざ容姿を変える必要もないだろうさ。
「いえ、そうじゃなくて……。視力も落ちているんでよく見えないっすけど、……もしかしてキイコ達は裸じゃないっすか?」
「視力も人並みに低下しているのか。まあ、そのうち慣れるだろう」
「見えにくいのが問題じゃなくってっすね、その、服が…………」
「ん? ああ、そうか。魔人の時に着ていた服は魔力で創られていたのか。だったら、魔力が無くなったら服も無くなるのが道理だな」
「……つ、つまり?」
「完全に真っ裸だが、それがどうした?」
「「「――――――っ!?」」」
俺の言葉を聞いた三馬鹿は、顔を真っ赤にしてうずくまってしまった。
「え? なにその反応? どうかしたのか?」
「どうかしてるのはあんたの頭よっ! 裸が恥ずかしいからに決まってるじゃない!!」
「――――え?」
「なによっ、その心底意外そうな顔は!?」
「お前らに、羞恥心なんてあったのか?」
「どういう意味よっ!?」
「だってお前ら、いつも裸と大差ない格好をしているだろう?」
「……い、言われてみればそうっす」
「……た、確かにそうかもしれないけどっ」
「……マスターは、露出狂です」
「いやいや、露出狂はお前らだろう?」
「「「…………」」」
俺に指摘された魔人娘は、絶句して反論出来ない。
俺が裸族になるのは、ビジネスホテルの中だけだ。
県外の出張先で、ビジネスホテルに宿泊する時の解放感は異常である。
真っ裸のまま、窓の外の人の姿を見下ろすとワクワクするんだぜ!
「なんだ、自覚していなかったのか。俺はお前らと最初に会った時から、痴女だなって思っていたぞ」
「「「…………」」」
「むしろ平べったいボディーで誇る所なんか何もないのに、なんて突き抜けた奴らだと感心していたぞ」
「「「…………」」」
「無駄に隠されると逆にエロく感じるしな。いやー、さすが悪魔の使いだよなー」
「「「もうやめてっ!!!」」」
ポンコツトリオのライフはゼロよ!っと続きそうな見事な悲鳴である。
なんだよ、今更普通のおぼこい女の子みたいな反応されても困るのだが。
「いや、その、悪気はなかったんだ。まさかお前らみたいな人外生命体に、人並みの羞恥心があるとは露ほども思わなかったんだ」
「……もう本当に勘弁してほしいっす。マスターの感想を聞く度に、胸が締め付けられるっすよ」
「……うううっ、もうお嫁に行けないじゃない」
「……マスターは、責任を取るべきです」
何でだよ、俺は素直な感想を言っただけじゃないか。
それに、魔法そのものである魔人に結婚なんて必要なかろうて。
あ、責任取って介錯してくれって事かな?
それなら喜んでやるのだが。
「気にする必要なんてないさ。お前らの凹凸がない裸体なんて、二次元と同じだからな。つまり、この三次元世界ではただの棒線として認識されるって訳だ。すなわち、俺は何も見ていないって事だ」
「「「…………」」」
「だいたいさぁ、三匹も居るんだから一匹くらい三次元で認識可能なメリハリがあっても良さそうだがなぁ」
「「「…………」」」
「ははっ、お前ら性格だけじゃなくて、体格もそっくりなんだな。あれか、似た者同士で集まった売れない芸人のようなものか? それとも余り物の詰め合わせなのか?」
「……マスターは慰め方も最悪っす。って言うか、後半は貶しているだけっすよ」
「……うううっ、いっそのこと殺しなさいよ」
「……マスターは、幼女が大好きです」
残念だったな。
確かに俺のストライクゾーンは割と低めだが、流石に十歳程度の平べったい体には反応しないのだ。
……ほんとだぞ?
「「「…………しくしく」」」
これでは、まるで幼女を泣かせた鬼畜なおっさんに見えてしまう。
俺が慰めると悪い方向に転がるのは何故だろうか。
鬱陶しいから無視しておきたいのだが、放置したままだと鬱陶しさが増してしまう。
なるほど、氷の魔人がうんざりしていたのは、こういう事だったのか。
仕方がないので、適当に機嫌を取るとしよう。
 




