強面ドワーフのコネづくり①/最高の酒
「――――待て、小僧」
代金を受け取って帰ろうとした矢先に、声をかけられた。
ウォル爺の店でアイテムを買い取ってもらうのは、これで何度目だろうか。
彼からは、アイテム市場を混乱させるなと釘を刺されているので、それなりに控えているつもりだ。
金蔓は他にも確保しているから、この店だけに固執する必要はない。
それでも使い勝手の良さから、一番世話になっているのはこの店なのだ。
こんな風に、そこそこ深い付き合いの強面ドワーフから待ったがかかったのは、二度目である。
「売ってほしい物がある」
最初に来店した時の一度目は、高ランクの解毒薬だった。
そして、二度目となる今回は何をご所望だろうか。
「また薬ですか?」
「似たような物じゃ」
ウォル爺は曖昧に答えて、店の奥から持ってきた金をカウンターに並べた。
「ひい、ふう、みい…………、全部で十枚ありますね?」
「そうじゃ。この金で、酒を買いたい」
医療技術が発達していない時代は、酒で消毒したり麻酔代わりにしていたと聞くが。
それでも、酒と薬を同類に扱うとは流石ドワーフ族である。
酒とは、良識人にとっては毒、普通のサラリーマンにとっては数少ない楽しみ、そしてドワーフにとっては何よりの薬となるのだろう。
もしかして、ドワーフとアル中のおっさんとの違いは、酒に強いかどうかだけかもしれない。
「…………」
「なんじゃ、お主なら容易いじゃろう?」
随分と信頼してもらえているようだが、あまり期待されても困る。
「その、質重視ですか? それとも量重視ですか?」
「むろん、両方じゃ」
ですよねー。
そうでなけりゃ、俺に頼む訳がありませんよねー。
しかも、十枚の白金貨――――日本円で一千万相当の酒をねー。
酒と一緒に、厄介事の匂いもしてきそうな話である。
俺は杜氏やソムリエじゃないんだぞ。
毎回挨拶代わりに、地球産の酒を渡していたので誤解されたようだ。
この際だから、はっきりと言っておこう。
「あの、伝えておきたい事があるのですが」
「……なんじゃ?」
ウォル爺が、眉間にシワを寄せて問い質してくる。
そう警戒しないでくれ。
ただでさえ厳つい顔なのに、それ以上恐くしてどうするよ。
「実は……」
「…………」
「俺は……」
「…………」
「その……」
「はよう言えっ!」
仕方あるまい……。
覚悟を決めて、真実を告げよう。
「実は、俺は、酒の良し悪しが分からないんです」
「――――なん、じゃとっ!?」
今までにないくらい、驚愕されてしまった。
真実はいつも、過酷である。
「すみません、中々言い出せなくて……。そもそも酒自体が、あまり得意じゃないもので」
「――――あっ、ありえんっ!!」
ドワーフの元々彫りの深い顔が極まり、劇画みたいになっている。
いくら何でも驚きすぎだと思う。
「じゃったら、毎回儂に渡しておる、あの上等な酒の数々は一体なんだと言うんじゃっ!?」
「いや、何だと言われても。俺の地元の土産屋で適当に買った物ですが?」
「て、適当じゃとっ。あれがっ、あの全てがっ!?」
「ええ、はい。その、すみません」
恐怖さえ感じる圧倒的な驚愕っぷりに、俺はもう謝る事しか出来ない。
酒の良さが分からぬ粗雑なおっさんで、ほんとごめんなさい。
この世界でも酒は一般的に普及しているが、酒造技術が拙いようで、料理と同じく味には期待出来ない。
そんな酒ばかり飲み続けていた彼から見たら、地球産の酒はどれも美味しく思えるのだろう。
「つ、つまり、お主の故郷では、あのクラスの酒がゴロゴロしていると言うのかっ!?」
「ええ、はい。そうなりますね」
「ばかな……」
「しかも、沢山あるので安価で売られていますね」
「ばかなっ!?」
「作りすぎて余ったら、海に捨てていますね」
確か海外では、売れないワインを海に捨てていたと思う。
日本でも生産調整のため、余分な野菜を畑に埋めて廃棄するそうだし。
「ぬおおおぉぉぉぉぉ!!」
あ、しまった。
ウォル爺の過剰反応が面白すぎて、ついつい煽った結果がこれだよ。
強面な爺さんの雄叫びとか、魔物以上に恐いのだが。
どうやら、彼の酒に対する価値観が崩壊してしまったようだ。
しかし、解毒薬の売買時や領主が襲撃された時でさえ、冷静であった彼をここまで取り乱させるとは。
酒は身を滅ぼすとは、この事か。
ドワーフにとっての酒、メイドさんにとってのお菓子。
案外似たものな師弟関係かもしれないな。
「はぁ、はぁ…………」
「……」
どうどう、と宥めたくなるのを堪え、じっと落ち着くのを待つ。
「……なるほど、お主の特異性は、住んでいた環境も起因しているようじゃな」
ようやく冷静さを取り戻したウォル爺が、随分と失礼な考察をしてきた。
そんな風に納得されても嬉しくないのだが。
でも、俺の酒に対する無知を怒られると思ったが、杞憂だったようだ。
「まあ、そんな訳でして、量は何とかなりますが、質の保証は出来かねます」
勿体ぶった感じになったが、俺はこれを言いたかっただけなのだ。
今回について、俺は悪くないよな?
「……」
だから、「何故それを早く言わない」みたいな視線で睨むのは止めてほしい。
「……今まで儂に渡した酒なら、数は集まるか?」
「ええ、それでしたらどれだけでも大丈夫です」
「…………」
大丈夫だと言っているのに、苦い顔をするのは止めてほしい。
「それならいいが、出来ればもう一押し欲しいところじゃ」
「そうですか……」
どうやら、もっとインパクトのある酒をご所望のようだ。
うーん、そう言われてもなー。
別に出し渋りしている訳ではなく、大体の種類は既に渡しているんだよなー。
そもそも、俺の複製魔法で出せる物は一度手にした物に限られるから、ストックがあまりないんだよなー。
「必要なら、もっと上乗せするぞ」
「…………」
いやいや、必要量はまだ聞いていないのだが、娯楽品かつ消耗品に一千万以上は出し過ぎだろう。
たとえアルコール依存症であるドワーフであっても、だ。
それほど、今回の酒は重要な役割を担うのだろう。
彼の事だから、きっと自分以外のために使うのだろうな。
「では、この酒はどうでしょう?」
俺は、これまでとは毛色が違う酒を取り出した。
違うといっても、作り方が難しかったり、高級だったりする訳ではない。
むしろ、日本で最も一般的な酒である。
ただ、これまで渡してきた贈答用とは決定的な違いがあって。
「さあ、瓶のまま飲んでみてください」
「これはっ――――」
酒に説明はいらないとばかりに、ウォル爺はごくごくと豪快に飲み込んでいく。
横から見える表情から察するに、飲むのを止められないご様子だ。
ほら、いっき、いっき!
「――なんとっ、冷やして飲む酒がこんなにも美味いとはっ!」
そう、冷やして飲む酒といえばビール。
いや、冷やさないと飲めないと言った方が正確かもしれない。
ビールの苦みが未だ楽しめない俺でも、ぬるいビールがいかに不味いかは分かるのだ。
「冷やして飲む事に特化したような酒ですが、どうですか?」
「――――」
「何で今まで隠していた」と言わんばかりの眼光が、結果を物語っている。
だって、仕方ないだろう。
この地域には冷やして飲み食いする文化がないし、冷蔵庫みたいな冷却器具もないから、ビールは向かないと思って遠慮していたんだよ。
これでも色々考えているのだよ、一応な。
「確かにこの酒なら、申し分ないが……」
「ああ、冷たくないと駄目な酒ですからね。この状態を保存する収納アイテムもお付けしますよ。もちろん、後で返してもらいますけどね」
「……借りておこう」
状態保存が可能な収納用アイテムは、最上位のレア品である。
いくらウォル爺でも無料でもらうのは気が引けるだろうし、そこまでの予算もないだろうから、期間限定で貸し出す事にする。
まあ、俺にとっては量産可能な品だし、彼の弟子であるメイドさんは、お菓子を美味しく食べたいがために喜んで受け取ったのだが。
そう考えると、師匠の方がまだ常識人であるようだ。
「――それで、どの酒をどれだけ用意しましょうか?」
最終的に彼が選んだ酒は、最初に渡した度数が高い泡盛と、渋みが強く濃厚な赤ワイン、そして冷たいビールの三種類。
バラエティ豊かなラインナップなので、最低でもどれか一つを気に入ると見込んだチョイスだろう。
量は、値段の許す限り。
俺にとっての酒は安い物だと暴露してしまったし、彼には世話になっている事だしな。
『大は小を兼ねる』をモットーとする俺は、収納用アイテムに詰めるだけ詰め込んで渡しておいた。
「……助かる」
ウォル爺から、珍しくお礼の言葉を頂戴する。
若干、引きつった顔をしているようだが。
暗黙の了解である不干渉協定に従い、今回の酒を何に使うのかは聞かなかった。
質、量ともに最上級であるから、重要な役割を持つのは間違いないと思うが。
酒好きな八つ頭の大蛇や巨大な一つ目の怪物にでも使うのだろうか。
……何とはなく、俺と無関係ではない気もしないでもないが。
相手が言い出さない限り、無理して聞く必要はあるまいて。
それが、大人の優しさってものさ。
「面倒事は、もう沢山だしなー」
「…………」
あっ、最後に油断して、本音が漏れてしまったようだ。
せっかく、和やかに商談がまとまったと思ったのに。
どうやら俺は、どうあっても彼に睨まれる運命らしい。
やはり、酒が絡むと碌な事にはならない。
あの満月の夜に、勢い任せで彼女に粗相した時も随分と酔っていたし。
だから、酒は程々に、な?
◇ ◇ ◇
「なんだっ、この酒はっ!?」
「こんな酒、今まで飲んだ事がないぞっ!!」
「いったいどこで造られた酒なんだっ!?」
――それは、百人を超えるドワーフ族の集会であった。
仲間意識の強い彼らにとっては、親族の集まりのようなもの。
ただし、普通の集会とは異なる点がいくつかある。
まず、開催されるのは十年に一度。
寿命が長いドワーフ族らしいスパンだ。
次に、お互いの近況報告が終わると、これからが本番とばかりに品評会が始まる。
その優劣が競われるのは、もちろん酒だ。
各々が十年という長い月日の間に、探り当てたとっておきを披露する場。
お宝自慢といっても語弊はないだろう。
最後に、もう一つ。
酒を至上とする彼ららしい取り決めがあるのだが――――。
「今回は、この三つの酒が飛び抜けているぞ」
「ああ、とても優劣など決めきれん」
「何を言うかっ、アワモリの濃厚な持ち味が分からんのかっ!!」
「いやっ、アカワインの複雑で奥深い味わいが最上だっ!!」
「違うっ、この冷たいビールののど越しこそが革新をもたらすぞ!!」
各自が持ち込んだ酒を飲み比べた後は、どの酒が至高であるのか白熱した議論が交わされる。
今回はレベルが高い酒が集まっており、その中でも三つの酒が飛び抜けて注目を集めていた。
その三種類の酒は、楽しみ方が大きく違い優劣がつけにくかったため、品評会は大荒れの様相を呈していた。
「――――議論は不要じゃ」
そこに、一つの声が投げかけられる。
「なぜだっ?」
「この三つの中から一番を選ばねば、今回の優勝者が決まらないじゃないかっ」
「そうだ、そうだっ」
誰が発した声とも分からぬまま、多くの疑問が出される。
「いいや、その三つのうちのどれかが勝者なら、一つを選ぶ必要はない……」
それは、強い確信を持った声。
「――――何故なら、その三つとも儂が持ち込んだ酒だからじゃ!」
「「「なっ!?」」」
その言葉に、誰もが驚く。
当然であろう。
三つの酒のどれもが、これまでの品評会を遙かに凌ぐ出来映えだったのだ。
そんな逸品を三つも同時に見つけるとは、酒の神さえも羨むような強運の持ち主である。
「だっ、だれが持ってきた酒なんだっ!?」
「儂じゃ」
強運の持ち主――――ウォルは、仏頂面を緩める事なく壇上へと上がった。
「おおっ、ウォルが来ていたのかっ!」
「久しぶりの参加じゃないかっ」
「さすが最高位の強さを持つウォルだ。酒の目利きも凄まじいな」
人類でトップクラスのレベルを誇るウォルは、ドワーフ族においても有名人である。
特に、ここ数十年は集会に姿を現していなかったため、驚きと感激で声を上げる者も多い。
彼であれば極上の酒を集める事が出来るだろうと、同胞達も納得する。
「……儂が持ってきた酒が一番でよいのじゃな?」
壇上での勝利宣言に、誰もが頷き、満場一致で決定される。
それは、ドワーフ族の長い歴史においても初めての快挙。
それほどに、ウォルが持ち込んだ酒は圧倒的であった。
「「「――――――」」」
勝者を称える歓声を受けながらも、ウォルの表情は硬いままだ。
ここからが真の本番とばかりに、厳かに口を開く。
「――――ならば、勝者の特権を行使させてもらおうっ!」
ドワーフ族の集会における、最後の取り決め――――。
それは、品評会の勝者には特権が与えられる事であった。
その特権とは、集会の参加者全員に、「何でも一つ仕事をさせる命令権」。
ただし、何でもいいとはいえ、実際に無茶な命令が下された前例はない。
仲間意識が強い彼らにとって、集会を盛り上げるための酔っぱらいの冗談みたいな恒例行事となっていたのである。
……しかし、この後、ウォルが口にした内容には、鬼気迫るものが感じられた。
「お主らには、儂が住むオクサードの街が窮地に追い込まれた場合に、手を貸してほしい!!」
ウォルの異様とも思える真剣さは伝わったものの、その曖昧な命令に、参加者達は首を傾げる。
「どんな危機が起こる?」
「分からん」
「いつ起こる?」
「分からん」
「何を手伝えばいい?」
「分からん」
次々に質問しても、明確な返事はない。
これでは、手を貸せと言われてもどうしようもない。
「……今はまだ何も分からんが、近い将来、オクサードが危険に晒される恐れがある」
事態も、時期も、対処方法も、何もかも分からないのに、ウォルは強く言い切った。
その有無を言わせぬ迫力に、酔っぱらい集団であっても、茶化す事が出来ない。
それに、これまで冗談として使われてきた命令権であっても、ドワーフ族にとって約束事は絶対なのだ。
「せめて、それが起こる根拠はないのか?」
「――――っだ」
「な、なにっ」
「儂の勘じゃ、と言うておる!!」
ドワーフ族最高の戦士であり、直感スキルを持つウォルにそう断言されては、最早文句の付けようがない。
彼がそう言うのであれば、きっとソレは起こってしまうのだろう。
……そこでようやく、参加者達は悟る。
ウォルが数十年ぶりに集会に参加したのは、友人の顔を見るためでも、自分の元気な姿を見せるためでも、ましてや酒を楽しむためでもなかったのだ。
彼は最初から、ソレを依頼するために、ここに訪れたのだ。
そのためだけに、最高の酒を三つも見つけ出して振る舞ったのだ。
それは、言うなれば前払い。
酒と約束を重んじるドワーフ族が、断れないと知っての所業。
何が、彼をそこまで駆り立てるのだろうか。
「「「――――――っっ!」」」
誰もが、ごくりと唾を飲み込んだ。
酒が切れて、のどが渇いたからではない。
最高の戦士が放つ強烈な意志を前に、彼らもまた覚悟を決めたのである。
「「「――――――うおおおぉぉぉ!!」」」
勝者の願いを聞き入れた者達が、腕を掲げて雄叫びを上げる。
さながらそれは、巨大な敵に立ち向かう戦士の姿とよく似ていた。
――――こうしてウォルは、多くの協力者を手に入れた。
「……恩に着る」
無茶な願いを承諾してくれた同胞に、彼は深々と頭を下げる。
その命令が実行されない事を、誰よりも祈りながら――――。




