魔に属する少女達との語らい④/氷の魔人、哀願す・後編
「――話は変わるが、常識的な魔人に聞きたい事があるんだ」
そうそう、魔族について一つ疑問があったのだ。
「私が言うのもあれだけど、魔人は元から非常識な存在よ?」
「あの三馬鹿は非常識の中でも特にアレだから、建設的な話が出来ない。だから、普通に話が通じる相手を探していたんだ」
「言っておくけど、あんなに子供っぽいのはあの三人だけですからね」
「嬉しさの欠片も感じない偶然だな」
つまり俺は、十体以上いる魔人のうち、ピンポイントでその問題児達と出遭った訳か。
「ふふっ、偶然にしては凄い確率だわ。間違いなく縁がありそうね?」
「……そんな縁は願い下げだ」
縁信者である俺も、思わず否定せずにはいられない。
悪縁も縁には違いないので、仕方ないのかもしれないが。
「ふふふっ」
生暖かい視線と笑いに、イラッとくる。
どついたるねん。
「そ、それで、何を聞きたいの?」
俺から放たれる険悪な雰囲気に焦ったのか、氷の魔人は慌てたように聞いてきた。
「聞きたかったのは、ドラゴンと呼ばれる魔物が存在しない理由だ」
「…………」
仰々しくなったが、俺が知りたいのは大した事じゃない。
世間話の類である。
ゴブリン、ゴーレム、スケルトンなど多くの魔物が存在する世界に、幻獣の王として名高いドラゴンが見当たらないのが不思議に思えたのだ。
有名な魔物スポットでも遭遇出来なかったし、噂にも聞かないので、この世界にはドラゴンが居ない可能性が高い。
漫画で見たドラゴンステーキがとても美味そうだったので、一度食べてみたいのだが。
「…………何故あなたは、ドラゴンを知っているのかしら?」
おや?
氷の魔人の雰囲気が変わったぞ。
どうしてだか、目を細めて警戒心を顕わにしている。
俺自身に対しては今更だから、ドラゴンという単語に反応したのだろう。
さて、どう答えるのが最良だろうか。
「旅先の書物で見かけただけだ」
「……そう。ヒトの歴史は魔族よりも長いから、記されていてもおかしくないのかもね。その書物には、どんな内容が書かれていたのかしら?」
とりあえず現地人のせいにしてみたが、正解だったようだ。
「詳細な内容は覚えていないが、強大な力を持つ様が印象に残っていてな。てっきりランク10の魔物だと思っていたんだが、違うのか?」
「…………違うわ。ドラゴンとは、魔族にとっての天敵よ」
「ああ、なるほどね」
ドラゴンとは、神をも凌ぐ力を持ち、神と敵対する存在――――。
地球では、そんな書物も多かった。
神の従者である場合も多いが、その荘厳な容姿と必殺の牙が唯一神を殺せる力として位置付けされるのだろう。
この世界もしかり、という事か。
「それじゃあ、ドラゴンは実在するのか?」
「……いいえ、少なくとも私達魔人は見た事がないわ。でも、魔王様からドラゴンには注意しろと聞かされているわ」
数多の魔物と強力な魔人を創造する魔王は、もはや神と同格の存在であろう。
故に、神殺しを成す存在を警戒しているのだろう。
「あんたらのボスが恐れる存在か。俺も気をつけないとな」
多くの創作物に畏敬の象徴として登場するドラゴンには、冒険好きな男心が疼くのだが、関わらない方が利口のようだ。
大きな力を私利私欲のために使う俺は、邪神として認定されそうだし。
鱗を持つ蛇型のドラゴンに乗って、でんでん太鼓を鳴らしながら昼寝したかったのに、残念である。
「――――」
「……なんだ?」
興味本位の質問だったのに、彼女はまだこちらを睨んだままだ。
「あなたは、ヒトを遙かに超える力を持つ魔人を三人もたぶらかす、いえ、手込めにする力を持っているわ」
何で言い直したのかな?
しかも、もっと酷い言葉になっているんですけど?
「そんなあなたこそが――――『ドラゴン』だとしても不思議じゃないわよね?」
「…………そりゃあ、買い被りだな」
俺は、ここを地球と異なるルールが存在する世界、つまり『異世界』として認識しているが、真相は定かではない。
レベル、魔法、異種族が存在する不思議な世界であるものの、それ以外の事実は何も知らないのだ。
もしも、この世界と地球とが盤上で繋がった相反する関係だとして。
その敵陣内に偶然入り込んだ俺という駒が、意図せずに成り上がったのだとしたら…………。
いや、それこそ下手な冗談だ。
言葉遊びでしかない。
「俺は少しレベルが高いだけの普通の人族だ。そのレベルだって魔王様には遠く及ばないのだろう? そんな取るに足らない存在を気にするだけ損だと思うがね」
言いがかりで目の敵にされては困る。
魔王様どころか、連携された数人の魔人相手にさえ負ける自信があるぞ、俺は。
「…………そうよね、魔王様から聞いているドラゴンの性格は、苛烈か泰然。どちらもあなたには当て嵌まらないものね」
自分に言い聞かせるかのように、魔王様の忠実なる部下は頷いた。
誤解が解けるのはいいが、節々にディスるのは止めろ。
「――――あらまあ、随分と長話になってしまったわねぇ。一応敵同士だし、そろそろお暇するわ」
一応ってなんだよ。
俺は善良な人類の一市民だぞ、一応。
んん?
そうだ、この際ついでに……。
「そうそう、あんたが言うように、俺達は疑う余地もない敵同士だったよな」
「何かしら? あなたが笑うと怖いから止めてほしいわ」
笑顔が怖いとか、地味に傷つくんですけど。
「くくくっ、その怨敵を見逃す手はないよな」
「えっ、まさか今更戦うって言うの!?」
「そうだ。魔人の中でまとめ役っぽいあんたを従僕化すれば役に立ちそうだ。これからは、全部あんたを通して三馬鹿に命令するとしよう」
中間管理職を間に挟めば、社長の俺が問題社員と直接やり合う必要がなくなる。
俺の心労も緩和されるだろう。
「嫌よっ! そんな事になったら私が恨まれるじゃないっ!!」
「恨むのも恨まれるのも、魔人同士なら問題ないさ。所詮は内輪もめ。好きにやってくれ」
人の幸せとは、誰かの犠牲の上に成り立つものなのだ。
「絶対に嫌よっ! あの子達から毎日毎日グチグチ責められるなんて耐えられないわ!」
俺から脅しておいて何だが、どんだけ嫌なんだよ。
「それに従属化したら、俺が命名していいんだよな。あんたの名前は『鬼ババア』で決まりだ」
「いやぁぁぁーーー!!」
氷の魔人は、これまでの余裕綽々な態度を捨て去り、両手で頬を押さえて絶叫した。
ふむ、精神攻撃で響き渡る女性の悲鳴は乙である。
「……そんなに嫌なのか?」
「そんな状態になるくらいなら、従僕化されずに消滅された方がマシよ!!」
そんなにかよ。
そこまで嫌がられるあいつらが、ちょっと不憫になってきたぞ。
「――――だったら、取り引きしよう」
「と、取り引きっ?」
「そうだ。あんたに用立ててほしいアイテムがある。魔人の中でも重役そうなあんたなら簡単だろう。きっと魔王様も無下にしないだろうさ」
「私をダシに、魔王様からアイテムを強請るつもりなの!?」
「失敬な。これはちゃんとした取り引きだ。俺があんたの身を保証する代わりに、多少の褒賞があって然るべきだろう?」
「……そうね、危害を加える者と保証する者が同一人物でなければね」
戦時の交渉なんて、大体そんなもんだろう。
「――要求を飲むわ。常識と良識が通じないあなたに抗議しても無駄でしょうからね」
「己の常識は相手にとって非常識なものさ」
「……はあ。それで、どんなアイテムが欲しいの? 私に可能な限り融通するけど、もしも魔族に害をなす物だったら断固拒否するわよ?」
「それは困ったな。俺が欲しいのは、まさしく魔族にとって毒となるアイテムなんだがな?」
さてさて、魔王様は承諾してくれるかな?
「――――どこまで捻くれた性格をしているのよ。そんな事で同族と上手くやっていけるの?」
俺の要求を聞いた氷の魔人の返事が、これである。
やれやれと首を振りながら腰に手をあて、俺を睨んでくる。
女性から説教されるのが好きな男性なら、泣いて喜びそうだ。
「まあ、無理にとは言わん。魔王様と敵対するつもりはないからな」
「大丈夫と思うわ。確かに人族にとっては切り札となる代物だけど、あなたが使う分なら問題ないでしょう」
俺もれっきとした人族の一員なのだが。
「まったく、それならそうと普通に頼めばいいのに。回りくどい事この上ないわ。本気で怖かったのよ?」
「散々愚痴りながら、回りくどい催促をしてきた奴の言葉とは思えんな」
もしかして、俺と彼女とは似ている部分があるのかもしれない。
ポンコツ相手に振り回されるってところが、特にな。
「男の愚痴は見栄。女の愚痴は愛嬌よ」
妙に人間臭い事を言いやがる。
男の愚痴は、答えの要らない無駄話。
女の愚痴は、答えが決まっている爆弾だと思うがね。
「それじゃあ早速、魔王様にお願いしてくるわ。数日後、またここに来てくれるかしら?」
「……了解だ」
お互い用件だけなら三分で終わる話を長々としてしまった。
これだから、話し上手な相手と会話するのは面倒なのだ。
「…………ついでに、もしもあいつらに会ったら、一応準備中だと伝えてくれ」
「――――ええっ、伝えておくわ!」
「偶然会った時でいいからな。むしろ忘れてもいいからな」
「必ず伝えるわ!! だから、ちゃんとあの子達との約束を守ってよ?」
「……検討しよう」
やれやれ、俺も焼きが回ったかな。
まあ、いい歳こいたおっさんだから、子守ぐらいはしないといけないのだろう。
こうなったら、覚悟を決めるしかないようだ。
「はぁぁぁ…………」
嬉々として飛び去っていく氷の魔人を見送りながら、深い溜息が出る。
子守は、苦手なんだがなぁ。
◆ ◆ ◆
―――― 数十日後 ――――
約束は――――――まだ果たされていない。
 




