魔に属する少女達との語らい③/氷の魔人、哀願す・前編
予感があった――――。
後付けの理由なら、何とでも言えよう。
ただ、後から彼女と話した内容を思い出してみると、偶然と呼ぶには出来すぎな出遭いだった。
「はじめまして、魔人の天敵さん?」
言葉通りの意味のはずなのに、何故か『女の敵』と言われた気がした。
自意識過剰も程々に。
「……まさか、こんな所で会えるとはな」
驚きと焦りを隠しつつ、精一杯に強がってみせる。
人類の敵である彼女に弱みを見せるのは危険だ。
「私は『氷の魔人』。よろしくお願いするわ」
暇つぶしに氷雪地帯で秘湯を探していた俺に声を掛けてきた相手は、――――そう、四体目の邂逅となる魔人であった。
「……ご丁寧に、どうも」
フレンドリーな挨拶だったが、名乗るのを躊躇ってしまう。
魔族に名前を覚えられても、ろくな事はないだろうからな。
とは言っても、既に存在が知れ渡っているようなので今更だが。
「あらまあ、名乗りも握手もお預けなのね。残念だわ」
彼女はその名に相応しく、氷で作られた長い髪、水色の目、白い肌をしていた。
氷の結晶を組み合わせたような服を着ており、露出は低いが所々透けて見える。
ポンコツトリオの幼児体型とは違い、すらっと伸びた手足。
いかにも大人の女性らしい体型と余裕を持っている。
冷たい属性に反して、隣に住む気安いお姉さんみたいな魔人である。
「この辺は、魔人の住処ではないと思っていたんだが?」
基本的に魔人は、高ランクの魔物がたむろする森やダンジョンの最奥にボスとして構えているはず。
ここは魔物が少ない地域だから想定外だ。
「ええ、そうよ。いつもは少し離れた氷のダンジョンに居るけど、あなたの気配を感じたから出てきたの」
「……わざわざご苦労な事だ。それで、通りすがりの善良な旅人に何用かな? 俺の方は、あんたにもダンジョンにも用がないのだが?」
「あらまあ、噂通りつれないのね」
魔族を好意的に扱う者など居ないと思うのだが。
それよりも――――。
「――――うわさ?」
「そうよ。あなたの雷名は魔人中に轟いているわ」
「……魔人は全部で十体程だと聞いているが、どれだけ限定的な噂だよ。そもそも噂されそうな心当たりはないのだが?」
「これまで誰も傷つけるのさえ出来なかった魔人を三人も倒しておいて、どの口が言うのよ」
「その三体以外に会った事がないのだが?」
「その子達が言いふらしているから、あなたを知らない魔人なんて居ないわ」
やっぱり、あの三馬鹿のせいか。
今度とっちめねば。
「俺については、どんな風に伝わってるんだ?」
「非常識、鬼畜、冷血漢、女ったらし、それに――――」
「…………」
「――――嘘つき」
「……おい、最後は褒めてオチを付けるべきだろう?」
とっちめるの止めだ。
消去してやる!
「あらまあ、あの子達の惚気話が聞きたかったのね。もちろん沢山あるわよ?」
「――――言うなよ、絶対言うなよ。言ったらアイテムに変えて売っぱらうからな」
「そんなに嫌がらなくてもいいでしょう。あなたの脅しは洒落にならないから怖いわ」
「安心してくれ。脅しじゃないから」
「はいはい。噂通り照れ屋なのね」
だから言うなって。
くそっ、上手くあしらわれている。
これだから、人生経験の豊富そうな女性は苦手なのだ。
いや、無垢な少女の方が得意という訳でもないのだが。
そうなると、女性全般が苦手な駄目人間になってしまう。
所詮オトコとオンナは分かり合えない定めなのだろうか。
「それで、魔人様がいったい何の用だ?」
居心地が悪いので、さっさと用件を済ませて帰ろう。
「もちろん、あの子達についてよ」
「まあ、それ以外に共通点がないよな」
なるほど、俺の下僕になってしまった三馬鹿を不憫に思い、抗議しに来た訳か。
あいつらもそうだが、魔人連中は仲が良いようだ。
「ちょうどいい。俺も面倒、もとい手に余り困っていたんだ。あいつらの従僕化を解除してくれたら、のしを付けて返品しよう」
「……そんなの出来る訳ないでしょ。まったく、とんでもない事を平気で言うわね。びっくりしたわ」
魔族にとって得のある提案をしたのに、何故非難されるのか。
「私の用件は、あの子達を遊びに連れて行く約束についてよ」
「……そういや、そんな約束をしてたかな」
「まさか、本当に忘れていたの?」
「仕方ないさ。人という生き物は、本能的に嫌な事を忘れるように出来ているんだよ」
「……あなた、聞きしに勝る非道っぷりね」
「そう言うあんたは、冷酷非情と名高い魔人にしては、仲間想いの過保護だな」
「残念ながら、そんな美談ではないわ……」
氷の魔人は、頬に手をあてて首を傾げ、疲れたようにため息をついた。
そんな気取った仕草が絵になっている。
美人って得だよな。
「私達って、基本暇なのよね」
せっかく感心していたのに、駄目なOLみたいに愚痴りだしたぞ、おい。
「私達が守る深淵エリアに辿り着けるヒトなんて殆ど居ないのよ。だからいつも、他の魔人と集まって談話しているわ」
ますますOLっぽい。
ある意味、魔王様という社長の下で働くキャリアウーマンだから、似たようなものか。
「最近の話題は、あなた一色よ。魔人と互角に戦うどころか、三人も倒したんだから当然だわ」
そこでポンコツトリオの出番って訳か。
まあ、決まったエリアから出られない、話題に飢えた彼女達にとって格好の刺激なんだろうさ。
「あの子達のはしゃぎっぷりったら、それはもう凄いのよ。やれマスターがどうしたの、マスターがなんて言ったのって、同じ話題を延々と繰り返すのよ」
同じ話題を繰り返す人って、結構多い。
特に上司や酔った客先に多いから、毎回初めて聞くフリをするのが大変なんだよな。
「同じ話題でも、私達は楽しんで聞いていたわ。ヒトとの接触が少ない魔人は話題に乏しいから、きっと何でも良かったのよね。…………そう、思っていたんだけど」
今まで余裕綽々で喋っていた氷の魔人のトーンが、いきなりダウンした。
そして、俺のせいだと言わんばかりに睨んでくる。
「……最近のあの子達の話は、愚痴ばかりなのよ」
「…………」
ふん、何故陰口を叩かれている本人が責められにゃならんのだ。
「あなたの悪口だけならいいのよ。それはそれで盛り上がるから」
おい。
「……でも、他の魔人があなたの悪口を言ったら怒り出すのよ。それに、自分の事を責めだしてね。あれが駄目だった、もっとこうすれば良かったってね」
「…………」
「そりゃあもう、端から見るのも可哀相なくらい落ち込んでいるわ」
……どうやらそいつらは、俺が知っている魔人とは違うようだ。
あいつらが反省なんてする訳ないし。
「それが延々と続くものだから、段々と他の魔人まで同調して意気消沈しちゃったの」
「…………」
「そして今では、魔人全体がノイローゼ気味なのよ。まさかこんな形で、魔族の存続が危ぶまれるとは思いもしなかったわ」
何故だ。
何故ファンタジックな世界にまで来て、しかも奇天烈な存在そのものである魔人を相手に、愚痴を聞かされにゃならんのだ。
「……愚痴ってのは、話すのも聞くのも嫌なんだが」
「でも、大概はあなたのせいでしょう?」
なんでだよ。
話題を提供しているだけ感謝しとけよ。
「…………」
「…………」
黙って正面から見つめるのは止めろ。
俺は誰かと目を合わせるのが好きじゃないんだ。
「――――それはそうと、あなたには忠告しておきたい事があるわ」
「……なんだ?」
急に話題を変えるのも止めろ。
「魔王様とやり合うのは止めてよね。きっとあなたでも、魔王様には敵わないわ」
「ふん、ご忠告に感謝だな。まさか魔人に心配されるとは思わなかったぞ」
「別にあなたの心配なんてしてないわ」
「ならば何故、そんな忠告をするんだ?」
「魔王様と戦ったら、あなたは殺されてしまう。だからきっと、あの子達はあなたを助けようとするわ。――――例え自分を犠牲にしてでもね」
「…………」
俺がポンコツトリオを従属化しているとはいえ、命令系統の最優先は魔王のまま。
格下の魔物には攻撃命令が出せるが、同格以上である魔人と魔王に対しての攻撃命令は受理されない。
……しかし、それが本人の意思に基づくものであれば、この限りではない。
「あなたが自爆するのは勝手だけど、あの子達まで巻き込まれるのは困るわ。私達は、一応姉妹みたいなものだしね」
「…………」
「どう? 可愛いでしょう、あの子達って」
くそっ、だから俺は――――。
「分かった分かった。約束を守ればいいんだろう」
「そうよ。ようやく伝わったわ」
どれだけ回りくどい催促だよ。
迂遠さを好む俺への当て付けだろうか。
全てお見通しとでも言いたげな視線が腹立たしい。
これだから、年上の女性は苦手なのだ。
「そもそも俺は、約束を破った訳じゃないぞ?」
「でもまだ、あの子達を街に連れて行っていないでしょう?」
「確かに約束はしたが、時期は決めていない。一年後でも十年後でも問題ないはずだ」
「……あなたって、本当に意地悪なのねぇ」
しみじみ言うな。
「だいたい、なんで人類の街なんて見たいんだ? 魔人がそんな事して楽しいのか?」
「ふふっ、分かっているくせに」
「いいや? さっぱりだが?」
「……本当に分からないの? 案外にぶいところもあるのね」
「俺は察しが良すぎる主人公より、にぶい主人公の方が好きなんだよ」
察しが良すぎては、嫌みになるからな。
好意への鈍さは、主人公の必要条件だと思う。
いや、俺が主人公になる必要性は全くないのだが。
「結局、何だっていいのよ」
「ん?」
「あの子達は、ただあなたと遊びたいだけなのだから」
そんな理由は――――聞きたくなかった。
「……子供か」
「見た目通りでしょう?」
「数百年も前に生み出されたと聞いているが?」
「年齢は関係ないわ。特に女はね」
「そうなのか、おばあちゃん?」
「――おば、おばっ、おばぁ!?」
「耳が遠くなっているようだな、ばばあ」
「ばっ、ばばぁぁぁあああっ!?」
おお、まさしく鬼ババアだ。
これまで余裕こいていた仮面が剥がれているぞ。
しかし、魔人も年齢を気にするのかよ。
容姿といい、妙なところで人類に似ている難儀な種族だ。
「おお怖い怖い。さすがは泣く子も大泣きする魔人様だな」
「あなたね、性格が悪いにも程があるわよ!」
「それが俺のチャームポイントだからな」
だから直すつもりはない。
「はあ、あの子達が苦労するはずだわ」
「いやいや、苦労しているのは俺の方なんだが?」
「……それには同情するわ」
どうやら魔人の中でも、三馬鹿は一際らしい。
「同情するなら、もっとまともな奴とチェンジしてくれ」
「嫌よ。そんな事になったら、毎日泣きっぱなしで鬱陶しくて仕方ないわ」
「……あんたも大概酷いな」
そこは嘘でもフォローしとけよ。
「誰だよ、あんなメンドクサイ性格にしたのは」
「創造主は魔王様だけど、あの性格を確立させたのは間違いなくあなたよ」
「俺はちょっと弄った程度だぞ?」
「その弄り方が問題なのでしょうね。ふふっ、その非道っぷりもあの子達にとっては魅力なのかもしれないわ」
「そんなドMな変態はお断りだ」
「……あなたも、大概メンドクサイ性格しているのね」
「それが俺のチャームポイントだからな」
どんな欠点でも、チャームポイントと言っておけば可愛く聞こえるから不思議である。
「……まあ、約束については、程々に善処しよう」
「本当にお願いするわ。――――ええ、本当にね」
またしても氷の魔人は、しみじみと言うのであった。




